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プールでデート

「タマコ、明日プールに行かないか」


孝が湖畔の宿で買った万華鏡をゆっくりと回し見ながら珠子に言った。


「プール?どこの?」


「フラワ・ランド」


「あそこってプールがあるの?」


「今年の夏に、新たにオープンしたんだって」


「行きたい、行きたい」


珠子が興奮気味に孝に抱きついた。その反動で、万華鏡を持っていた手がぶれた。


「あっ、今、すんごく綺麗な柄だったのに」


孝が切ない顔をした。


「ごめん。嬉しくて興奮しちゃった」


素直に謝る珠子に


「でも、タマコに抱きつかれるのは、ちょっと嬉しい」


孝が頬を紅くして照れる。すると、珠子が流し目を彼に送った。


「ちょっとだけ?」


「おまえらさ、さっきから何イチャついてるんだよ」


見てらんないよ、と柏は呆れた。


「で、明日プールに行きたいのか?それなら連れてってやるよ」


車を出してやると柏が言った。


「いいよ。おれたちだけで行けるよ」


孝は珠子と二人で行きたいのだ。


「この間みたいにアクシデントが起きたら対処できないだろう、タカシ一人じゃ」


「幼児用の浅いプールに入るよ」


孝が『フラワ・ランド』のホームページを開いたタブレットを柏に見せた。そこには、新しくオープンしたプールゾーンの案内画像や動画がたくさん掲載されていた。


「ほら、水深五十センチの結構広いプールがあるんだ。ここでタマコにつきっきりで平泳ぎを教えてやろうと思って」


「電車で行くのか?」


「そう。電車で三十分ぐらい、そこから徒歩五分だって」


孝が交通案内を読んだ。


「せっかく行くんなら、おまえだって泳ぎたいだろう」


「あんなに凪いでいて綺麗な湖だったのに、タマコに泳ぎを教えてあげられなかったからさ、今度はちゃんと教えたいんだ」


「おまえは、いいヤツだな。わかった。気をつけて行ってこい。俺が入場予約と決済をしておくよ」




翌日、孝と珠子は手を繋いで『フラワ・ランド』のプールゾーンのゲートを入って行った。キッズプール専用の更衣室近くの広場で立ち止まると、孝は珠子見た。


「タマコ、着替えたらこの場所に集合な」


「わかった」


二人は、可愛らしい建物のピンクの扉とブルーの扉にそれぞれ入った。

そして、青いハーフ丈のスイムパンツを履いた孝が、


「タマコ!こっち」


赤地に白いドット柄のビキニを着けた珠子を見つけて、大きく手を振った。


「お待たせ」


「それじゃ、ゆっくり水に入るぞ」


「うん」


孝は珠子の手を取り、スロープを歩いて、足首、ふくらはぎ、膝と水に浸かって行った。

「湖より(ぬる)いね。人も少なくて、ぶつからないからいいね」


「温度管理してるのかもな。このプールは穴場だな」


完全に水に入ると、浮く練習をした。


「手を持ってるから、体の力を抜いてゆっくり倒れてみな」


孝の言う通りに珠子は前に倒れながら足を浮かせた。


「今度は、おれの手のひらとタマコの手のひらを合わせるだけにしてみよう」


「それで浮くのは怖い」


「大丈夫。ちょっとでも怪しかったら、すぐ手を握るから。おれを信用して、自分を信じて浮いてごらん」


孝はゆっくり時間をかけて、珠子が一人で浮けるように教えた。


「よし、この辺で一旦、水からあがろうか」


二人はスロープを上り、屋根のある休憩スペースへ向かった。


「喉が渇いただろう。何飲む?買ってくるから、ここで待ってて」


「一緒に行く」


「せっかく座るところを確保したから、タマコは席を取られないように、ここにいて」


「わかった。じゃあ、シュワシュワしたオレンジジュースが飲みたい」


珠子が言うと孝は頷いて、自動販売機へ向かって行った。

珠子は孝のために、右隣の椅子を自分が座っている椅子にピタッとくっ付けて、座面に小さな右手を置いた。


「お嬢ちゃん」


突然、知らないおじいさんから声をかけられた。みんなが水着を着ている中、開襟シャツに水着ではないハーフパンツ姿で立っている。


「はい」


「そこに座ってもいいかな」


初老の男が、珠子の手を置いている椅子を見た。彼女は周りを見回す。ここと同じような日陰に置かれた椅子はいくつも空いていた。


「ごめんなさい。ここにはカレシが座るの。少し先にも日陰になってる椅子がありますよ」


珠子が笑顔で答えた。


「そこがいいんだ」


男は椅子を強引に引き珠子の隣に座ろうとした。


「ダメ!ここはタカシが座るの!」


思わず大きな声を出した珠子の左肩を誰かが掴んだ。はっとして、そちらを見ると


「タマコ、あっちに行こう」


孝が珠子の左手を握って、その場所を離れた。


「大丈夫か?何かされたのか?」


「大丈夫。ほかにも日陰の席があるのに、タカシのための椅子に無理矢理座ろうとするんだもん」


珠子がほっぺたを膨らます。


「あれは、おまえの隣に座ろうとしたんだ。葵君のこともあるからな。変なヤツが寄って来ないように注意を払わないといけないな。タマコは葵君より可愛いから気をつけなくちゃな」


「葵ちゃんより私の方が可愛い?」


珠子は一気に笑顔になった。


「タマコが一番可愛いよ」


孝が小さな声で言うと


「もう、タカシは正直なんだから」


珠子が大きな声で返し


「そうだ。おれは正直者だよ。ここに座ろう」


二人は先ほどの席からかなり離れた日陰の椅子に座った。

アルミボトルのスクリューキャップを開けて、孝が珠子に渡す。


「結構炭酸が効いてるから、ゆっくり飲め」


「わかってるって」


そう言いながらボトルを思いっきり傾けた珠子は、ゴボッとおもいきりむせた。


「だから、ゆっくり飲めって言っただろう」


珠子の背中をトントンと軽く叩きながら、孝が呆れた顔をした。


「お嬢ちゃん」


突然、さっき珠子が確保していた椅子に座ってきた男がやって来て、ポケットティッシュを差し出した。


「鼻水が出てるよ。これで拭きなさい」


「親切にありがとうございます。手洗い場で、顔を洗うので大丈夫です」


孝がきっぱりと言い、珠子を促して席を立った。手洗い場に向かいながら


「タマコ、もう少しだけ泳ぐ練習をしたら、すぐにここを出ようか」


孝が言うと、


「せっかく来たのに、もう帰るの?」


珠子がふてくされる。


「プールゾーンに入場した時のおれのスマホで見せた二次元コードで植物園に入れるんだ。温室の中を歩いてみようよ」


「お花の中でデートするんだ!タカシ、それならすぐにここを出ようよ」


「もう少し泳ぐ練習をした方がいいんじゃないか」


「うーん。わかった」


二人は少し温くなった飲み物を飲み干して、ふたたびプールに入った。珠子曰く、カエルになったみたいだ!といったスタイルで、何とか十五メートルぐらい進むことができたので、本日の孝先生の水泳教室は終了となった。




プールゾーンを出た珠子と孝は、手を繋いでパーク内の植物園を回っていた。


「お花、いい匂いがするね」


珠子は深く息を吸い込みながら、食べたらどんな味がするかなと考えていた。

孝はさっきの変な初老の男がついて来てないか、周りを警戒しながら歩いた。


「タカシ、お腹がすいた」


グーっと珠子のお腹が鳴った。


「お昼食べ損なったもんな。タマコは何が食べたい?」


「焼きそば!」


珠子のリクエストに応えて、二人は軽食コーナーで焼きそばを食べた。


「美味しい!」


口から溢れそうなくらい焼きそばを頬張って、珠子はご満悦だ。


「泳ぐって腹が減るよな」


珠子に負けないぐらいに、孝も結構な勢いで焼きそばを平らげた。その後、ソフトクリームもあっという間に食べ終えると、また手を繋いで植物園内を回った。

サボテンの温室に入った途端、二人は足を止め固まった。

向こうから、初老の男がにこやかな顔をしてこちらに向かって来た。

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