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三日目の湖

体調が落ち着いて、鴻と水辺に来た珠子は凪いでいる湖を見渡した。

この浜は、神波家が宿泊している旅館のプライベートビーチなのだが、彼ら以外に水に入って戯れている人の姿は数人しか見られなかった。なぜならここは超がつく高級老舗旅館のため、宿泊している多くが年配の裕福な客やお忍びの客で、あまり水辺で姿を見ることがなかったのだ。

そのため、まるで我が家の湖のように、みんなで湖水浴を満喫していた。

因みに操たちが、なぜこのような高級旅館に泊まれたのかと言うと、神波家の三男の柊が婿入りした先である石井家がここを常宿にしている上得意客で、そこからの紹介ということで、もの凄い割引価格で宿泊できたのだ。


岸からかなり離れたところにいた孝が、水辺の珠子に気づいて、結構な勢いで泳いで戻ってきた。


「タマコ、動いて大丈夫か?」


全身から水を滴らせた孝が珠子の両肩に手を添えて顔を見た。


「うん。大丈夫。ごめんなさい」


珠子は力なく小さな声で謝った。


「バカだな。気にするな」


孝が手をぶるんと振り、滴る水を払って珠子の頭を撫でた。そして鴻を見て言った。


「タマコのお母さん、彼女はおれが見るから、元太君と泳いでください」


孝の言葉に、鴻が珠子を見る。

すると珠子が、鴻を元太たちの方に向けさせて背中を押した。


「ママ、元太とパパのところへ行って、元太の泳いでいるところを見てあげて」


「珠子」


鴻が振り向きもう一度珠子を見る。珠子は更に押した。

そして鴻は元太の方へ水しぶきをあげて歩き出した。

残された珠子の肩を抱いて


「おれたちは膝ぐらいのところで水浴びをしよう」


孝が言う。


「タカシ、泳ぎたいでしょう。私はもう無茶なことをしないから、先の方に行っていいよ」


「もう充分泳いだよ。あとは浅いところでのんびりしたい。それに」


「それに?」


「タマコの可愛い水着姿をちゃんと見たいし」


照れながら孝が言うと、珠子はやっと笑顔になった。




夕刻、湖から戻った神波家は、柏と孝は大浴場に、源と元太は部屋のバスルームへ、そして女性陣は昨日利用したスパルームで日焼け後のトリートメントを受けに行って、例の花びら入りのバスタブに浸かった。


「今日のお湯ははぬるめで、お肌に優しいね」


珠子は操と一緒にバスタブに入っていた。


「姫、大分元気になったわね。よかった」


「うん。タカシがね、私のビキニが可愛いって褒めてくれたの」


「時間をかけて水着を選んだカイがあったわね」


操がニヤッと笑うと珠子が親指を立てた。


大浴場では、柏と孝がお互いの背中をそっと流し合っていた。


「タカシ、ヒリヒリしてないか?俺は結構来てる。昔は気にならなかったけど、さすがに肌の老化を感じるよ」


「おれも、お湯が沁みる。脱衣所にアロエのジェルみたいのがあったから塗ってみようかな」


「俺も塗る。ところでタマコと仲直りできてよかったな」


「別に喧嘩してないよ」


「あいつがヤケになって一人で泳ごうとして溺れたんだろう」


「まあ、そんな感じだけど」


「原因は何だったんだ」


「元太君」


「元太?」


「あの子の運動神経の良さが凄いなって思って、ずっと見ていたら急にタマコの機嫌が悪くなった」


「タマコは歩くのが遅かったからな」


「そうなの?」


「ああ。喋るのは凄く早かったけど、歩くのは2歳を過ぎてからだったな。だから運動とか体力の事にはコンプレックスがあるんだろう」


「おれ、タマコは体力がないんだからって言っちゃった」


「事実なんだから構わないよ。あいつもわかってるさ」


「でもさ、水着が似合って可愛いって言ったら、やっと笑ってくれた」


「だろうな。おまえに褒めてもらいたくて、お店で相当時間をかけて選んだらしいよ。母さんが言ってた。ホント、タマコはタカシに対しては絵に描いたような乙女になるんだな」


柏が、全くいじらしいよなと言って笑うと、孝は素直に喜んだ。


みんなが入浴を終えて食事処に集まると、個室のような小上がりのテーブルには宿泊最後の夕食の豪華な料理がところ狭しと並べられていた。


「なんかテレビの旅行番組で凄いゴージャスな宿に行ったレポーターが食べる料理みたいだな」


源が目を丸くする。


「だって、この旅館はそう言うゴージャスな宿だからね」


と言った操も本当に豪華なメニューねと驚く。


「ここさ、ヒイラギのところの常宿なんだろう」


なんかアイツスゲーなぁと柏が言う。


「そうよ。ま、ヒイラギが凄いんじゃなくて婿入り先の石井さんが資産家で凄いのよ。二カ月ぐらい前に美子さんと話す機会があってね」


美子さんとは、操の息子の柊と結婚した石井美雪の母親だ。

石井家は代々続く鰻の老舗『松亀(まつき)』を営んでおり、操たちが住んでいる近辺では超一等地に店舗と住まいを構えている。他にもいくつか不動産を持っているかなりのお金持ちだ。そんな石井家の重鎮と言ってもいい美子はとても気さくな人で操と話が合うのだった。


「美子さんとお茶した時に、姫が湖に行きたがってるって話をしたら、ここを紹介してくれてね。その場で予約してくれたの」


「二カ月前で、よく予約が取れたな。ハイシーズンの宿泊なのに」


普通、最短でも半年前だよなと柏が言った。


「上得意パワーなんじゃない。客室露天風呂無しのユニットバス付き部屋だけ空いてたから押さえてもらったのよ」


「客室風呂無しで良かったな。風呂有りの部屋なんて結構な値段だよな」


「風呂無しでも結構な値段ですけど」


この旅のスポンサー操が機嫌の悪い声を出す。

そして、大人たちは滅多にお目にかかれないごちそうと一緒にアルコールをしこたま飲んで気分がとても良いのか、だらだらとくだらない話が続いていた。元太はくたびれて座布団で大の字になって爆睡している。

珠子と孝は並んで大人しく食事をしていた。


「タマコ、この魚美味いぞ」


「うん。骨があると食べづらい」


「しょうがないな。これ切り身だから、そんなに骨がないんだよ。身と身の間にこうやって骨が並んでる」


孝が珠子の焼き魚の皿を自分の前に置いて説明をしながら綺麗に骨を取り除くと、珠子に皿を渡した。


「これなら食べられる」


珠子は美味しそうに魚を平らげた。


「タカシ、骨を取るの上手だね」


珠子が褒めると、孝は彼女の手を取り説明する。


「大体の動物や魚は骨があって筋があって筋肉がそこに乗っかってるんだ」


「うん」


「おまえの手だって真っ直ぐな骨があって、関節って言うグリグリした骨があって、それを支える靭帯があって、このぷにぷにした肉がある。魚も身に沿って骨があるから、そこを考えながらバラしていけば身から骨を外せる」


「ふうん。タカシってそんなに難しいことを考えながら魚の骨を取ってるの?」


「違うよ。タマコに説明するために言っただけ。あと、おまえの柔らかい手に触りたかった」


孝は恥ずかしそうに言いながらも、珠子の手を取ったままでいた。

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