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日射しの中の珠子

「ミサオ、さっきね、私が生まれた時のことを思い出したの」


鴻が自分の部屋に戻って操と二人きりなると、珠子は話し始めた。

操はソファーに腰を下ろすと珠子を膝の上に乗せた。


「その時のことを教えて」


「うん、私ね、生まれてすぐに泣かなかったの」


「そうそう、あの時は私たち立ち合った家族は気が気でなかったし、産院のスタッフはかなりばたついていたわね」


「あの時ね、私は飛び出した新しい世界に感動していたの。あの場所とそこにいた人たちから明るくて暖かい雰囲気を感じたから。それで声をあげることを忘れていたの。そしたら誰かが『声を出して』って言ったの。聞いたっていうより頭の中で聞こえたの。そしてね『私の分も生きて……そして…』って。私は慌てて大きな声をあげたんだ」


操は珠子を後からぎゅっと抱きしめた。


「姫の頭の中の声は、同じ時におかあさんと一緒に亡くなった赤ちゃんだったのかな」


「うん。そうなのだと思う。それとね…」


「ん?それと」


「ああ、言えない。その子と約束したから」


「そうか」


「その子の望みを叶えてあげたい」


「やっぱり、分娩室の前で呟いていたと言うおばあさんを探さないとね。そうすることで、もしかしたら姫の危機を無くせるかもしれないね」


「うん」


昼の日射しが珠子たちを包んだ。


「ミサオ、暖かいね」


「そうだね」


操は、珠子の小さな体をもう一度ぎゅっと抱きしめた。


「姫、私たちのところに生まれてくれてありがとう」




操は体の不調もあって、毎朝習慣にしているアパートの通路の掃除ができなかったので、夕方、箒で掃いていた。この季節は風に運ばれて枯れ葉が驚くほど溜まってしまう。

昔なら焚き火をして焼き芋を作れたのに、今はそんなことをしたら消防車に放水されかねないわね、などと考えながら集めた枯れ葉をゴミ袋に入れていった。


「こんばんは、大家さん」


振り返ると、106号室の秋川保子(やすこ)がスーパーの袋を提げて立っていた。


「秋川さん、こんばんは。今お帰り?」


「はい、買い物帰りです。大家さん、いつも掃除していただいてすみません」


「いえいえ、ただのルーティンなの」


操は枯れ葉でぱんぱんになった袋の口をきゅっと縛った。

秋川さんて小柄で細い人だなと、操は思った。細面の小さな顔は目の大きさを際立たせていた。ピアスホールはあるのかしらと思って耳を確認したかったが、ニット帽を深く被っていて見えなかった。


「顔に何か付いてますか?」


保子は不安気な顔をした。


「いえ、素敵な帽子だなと思って」


「恥ずかしい。私のハンドメイドだから(あら)だらけなの」


「形が秋川さんの顔だちにフィットしているわ」


「ありがとう。おやすみなさい」


自分の部屋に入った保子が閉めた扉をを見つめていた操は、入居者さんを疑うように観察するのは気が引けるなあと思った。


「晩ご飯の支度をしなくちゃ」


ゴミ袋と箒を隅の方に片付けると操も自分の部屋に戻った。


「姫、今夜は何食べたい?」


「ハンバーグ!目玉焼きが乗ってるの」


「了解」


「お肉混ぜるの手伝う」


「じゃあ、一緒に作りましょう」


操はこの愛しい孫娘と一緒に毎日過ごせる幸せを噛みしめながらハンバーグの材料を広げた。

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