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湖へ行こう(2)

「母さん、結構良いところなんだろ。今日の宿」


運転席の源がチラッと操を見た。


「そう。大奮発したわよ。タカシ君も来年は中学生だから、一緒に行けるかわからないし、そうすると姫も行かないって言いそうだから、頑張りました」


「珠子と孝君はそんなに仲が良いのか?」


源が元気のない声を出す。


「もう、ラブラブよ。この間もデートしたし」


「二人だけで出かけたのか?」


「そうよ。ずーっと手を繋いでね。姫を車道側には歩かせないのよタカシ君は。それにこの間は、ショッピングモールに出没した痴漢を二人が通報して逮捕に協力したんだから」


「そうか。本当に俺の出番はなくなりそうだな」


「そうね」


「だけど、珠子はまだ5歳だよ。孝君は六つも年下の女の子とよく話が合うな」


「何を言ってるの。あんたなんかコウちゃんが初めてウチに来た時からずーっと離れなかったじゃない。赤ちゃん用の布団に寝てたコウちゃんのところに、当時1歳のあんたは凄い勢いではいはいして、ずーっと傍で見つめてた」


「そうだったの?そんなに小さい頃から」


後ろから鴻が驚いた声をあげた。

鴻は、いつもボディガードのように自分を守ってくれた源の気持ちを、物心ついた頃から感じていたが、生まれて間もない時から気にかけてくれていたのが嬉しかった。


「さあ、覚えてないよ。そんなに小さかった頃の事なんて」


と言いながら、源の耳は紅くなっていた。

鴻は生まれて数カ月かの時に、当時の神波家の門の前に「鴻 四月八日誕」と記された紙切れが添えられた状態で置き去りにされ、操に拾われた乳児だった。そしてその後、神波家の養女として大切に育てられたのだった。


「コウちゃん、1歳だった源はね、0歳のあなたと初めて会った時から恋に落ちたのよ。片時もコウちゃんの傍から離れなくて、おむつ交換は私にしかさせなかったの。私の夫、つまり源の父親が交換しようとしたら阻止したのよ」


「やっぱり覚えてない」


源が小さな声で嘘を言う。




柏の車の中では、やはり先日の珠子と孝のデートの話で盛り上がっていた。


「母さんから聞いたよ。おまえたちの武勇伝。デートの最中に、タマコの友だちが変態野郎から被害に遭ってるのを助けたんだってな。だけどその子、男の子なんだろう」


ハンドルを操作しながら柏が言った。


「葵ちゃんはね、すっごく可愛いの。お肌が白くて、目がぱっちりで、まつげが長いの」


珠子が羨ましそうな顔をした。


「確かに、最近の男の子は可愛らしい子が多いわね」


月美もそう言いながら、今は男女関係なく気をつけないといけないのねと思った。


「おれ、その子からデートに誘われたんだよ」


孝がぼそっと言った。


「タカシは、男の子からもモテるのか」


柏がからかう。


「やめてくれよ」


孝が露骨に嫌な顔をする。


「あのね、葵ちゃんは体は男の子だけど心は女の子なの。私は女の子のお友だちだと思ってるよ。だけどタカシとデートするのは私だけだよ。ね、タカシ」


珠子に見つめられて、孝は顔を紅くしながら大きく頷いた。


「おまえら、本当にラブラブだな。月美、俺たちも負けてられないな」


と、柏が隣に座っている愛妻をチラッと見ると


「おバカ」


と、月美は笑った。


「あっ、左手に見えてきたの湖だよね。なんか海みたいだ」


孝が声をあげる。


「湖と海って何が違うんだっけ?」


珠子が孝に聞いた。


「海はしょっぱいけど、湖はしょっぱくない」


孝の答えに、そうだったそうだったと珠子が頷いた。


「着いたら、お水、舐めてみよう」


珠子は好奇心たっぷりに車窓に広がる湖を見つめた。




二台の車は無事に湖畔の宿に着いた。

みんな車から降りると、各々伸びをしたり深呼吸をしたりして、いつも生活をしているところとは違う空気を味わった。

車から荷物を下ろして、一行は宿の大きな玄関に向かった。孝が珠子のバッグを持とうとしたが、彼の回復したばかりの左腕を気にして、


「自分で持つから大丈夫だよ」


と、珠子は両手でしっかりバッグを持った。

まだ昼を過ぎたばかりだったので、フロントで荷物を預かってもらい、館内の食事処で昼食を取った。


「普通のランチでは絶対食べられないメニューだったな。母さん、大丈夫か?」


源が会計に向かおうとする操の耳元で聞いた。


「ふふふ、実はこれを持っているのだ!」


操がニヤッと笑いながら、財布から取り出した一枚のカードを源に見せた。

それは『上御得意様御紹介』と記され、二次元コードがプリントされたカードだった。


「何だそれ」


「美子さんからもらったの。これをレジで読み込ませると結構な割引価格になるのよ」


「柊のお義母さんからもらったんだ」


「そう。ここはね、石井家の常宿なのよ。だから、あそこの一家はここの上得意様で、そこから紹介された私たちは、その恩恵にあずかってるわけ。それでも決して安心価格ではないから、羽目を外し過ぎないでね」


「わかった」


源は頷きながら、柊は逆玉の輿だったのかと思った。

まだチェックインまで時間があるので、一行は湖へ行ってみることにした。

食事処を出て廊下を歩きながらロビーに着くと


「どこもかしこも凄い造りの宿だな」


建築士の柏は、柱や梁や壁の装飾をじっくり観察し、


「年季の入った建物だけど、今、これと同じもの造ろうとしても職人さんが揃わないだろうな」


ため息を吐いた。

広い玄関の反対側にも外に出られるガラス扉があり、そこを出ると目の前に美しい湖が広がっていた。


「青くてキラキラしてる!タカシ、もっと傍に行こう!」


珠子が興奮気味に叫んで孝の右手を引っぱった。

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