表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/240

湖へ行こう(1)

「パパ、お帰りなさい」


珠子は、父親の源が『ハイツ一ツ谷』の敷地に入って来たのが見えた途端、走り出して抱きついた。


「珠子、暑い中で待っていてくれたのか」


操の部屋の外で珠子は、父の帰りを今か今かと待っていたのだ。源の顔を見るのは七カ月ぶりだ。


「凄く久しぶりだから、早くパパに会いたかったの」


源は引いていたスーツケースから手を離すと、珠子を抱き上げた。


「うっ、珠子、重くなったな」


正直な源の感想に、珠子は頬をふくらます。


「パパ、前も言ったけど私は背が伸びたの。こういう時は、大きくなったな、でしょう」


「ごめん、ごめん。レディに対して失礼な発言だったな」


「わかれば、よろしい」


と言って、珠子は地面に下ろしてもらった。


「珠子、二階に来るか?」


源が尋ねたが珠子は首を横に振り


「ママと元太とゆっくり過ごして」


と言うと、手を振って操の部屋に戻った。

残された源はため息を吐くと、スーツケースを抱えて階段を上った。




「姫、源は帰ってきたの?」


キッチンから操の声がした。


「うん。パパ帰ってきた。ミサオ、聞いて。パパったら私を抱き上げて、重くなったなって言うの。酷いでしょう」


珠子は、女心がわかってないのよねと、愚痴をこぼす。


「ホント、わかってないわね。でも、久しぶりに姫の顔を見て照れたのかもね。私は毎日一緒にいるから、いつもと同じに感じるけど、半年以上も会ってないとね、きっと姫が凄く大人になったなって感じて照れているのよ」


操は珠子のほっぺたをツンツンと突いて笑った。


「そうだよね。パパったら照れてるのよね」


珠子は自分にそう言い聞かせた。


「姫、明日は朝早いから、今のうちに荷物を用意しておいて」


「うん。わかった。今回は三泊するんだよね」


「そうよ。来年はタカシ君も中学生になって、みんな揃うかわからないから三泊四日の大奮発したわよ」


ハイシーズンだから、結構な散財だわと思いながら操が答えた。


「えっ、中学生になるとタカシは旅行に行かないの?」


珠子の顔が曇る。


「もしかしたらだけど、部活をするようになったら、私たちとは行けなくなるかもね」


「タカシが行かなかったら、私も行かない」


「そんなふうになると、段々参加者が減って家族旅行はなくなるのよ。だから、みんなで行ける今年は、思いっきり楽しもうね」


「わかった。支度してくる」


珠子は荷物を準備しに寝室に向かった。その後ろ姿を見て、


「いつまで、みんなと旅行に行けるのかしらね」


操が独り言を呟く。




翌日早朝。

珠子は姿見の前で、全身コーデのチェックをしていた。


「完璧!」


「姫、準備はできた?」


操が寝室に顔を出す。


「あら、素敵!姫はフリルのついたワンピースがよく似合うわぁ」


孫が可愛くてたまらない操は、相変わらずベタ褒めだ。

そうこうしている内に、


「タマコ、準備できたか」


玄関を開放していたので、孝が部屋にあがって呼びに来た。


「うん。行けるよ」


珠子が自分の着替えなどが入ったバッグを持って姿を現した。

麦わら帽子をかぶり、オレンジ色の細かいギンガムチェックの生地に白いレースがあしらわれたワンピースを着た珠子を見て


「可愛い…」


孝が見とれていた。


「タカシ」


「タカシ!」


目の前で珠子が呼ぶ。はっと我に返った孝は、いつの間にか傍に来ていた珠子に驚く。


「今日のタマコは凄く可愛いよ」


慌てた孝が言った。

それを見て、私はいつも可愛いけどと言いながら、満更でもない顔をして珠子は玄関でサンダルを履き


「タカシ、私のバッグ持ってきてね」


と、頼んだ。

その様子を見ていた操は


「タカシ君、完全に姫の尻に敷かれてるわね」


と、笑った。

外に出ると、源と柏の車が並んで停まっていた。


「珠子、おはよう。パパの車に乗るんだろう」


源が珠子に、おいでおいでと手で呼び寄せた。


「パパごめん。タカシと一緒の車に乗るね」


珠子は源に軽くハグをして、隣の柏の車の後部ドアを開けた。


「兄さん、タカシの勝ちだな」


と、笑いながら柏は珠子を抱き上げて、ジュニアシートに座らせた。

操の部屋から珠子のバッグを持って出てきた孝が、


「タマコのお父さん、おはようございます」


挨拶をして珠子の反対側のドアを開けて車に乗り込んだ。


「源、ドンマイ」


がっくりと肩を落とす源の背中を軽く叩きながら、操が慰めた。

柏の車には、ハンドルを握る柏とその隣に月美が座り、柏の後ろにジュニアシートを取り付けて珠子が収まり、その隣に孝が座った。

源の車には、サイドシートに操が、その後ろに鴻が座り、運転席の後ろに取り付けたチャイルドシートに元太が固定された。


「源、完全に敗北したわね。タカシ君に」


運転席に座った源に、さっきは慰めてくれていた操がダメ押しをして笑った。


「まっ、めげずに安全運転でお願いします」


「はーい。出発しまーす」


ため息を吐きながら源は車を発進させた。

その後ろから柏の車がついて行く。


「タマコのお父さん、元気がなかったな」


孝が珠子を見た。


「源兄さんは、おまえに負けたんだよ」


柏が笑いながら言った。


「意味がわからない」


孝が首を傾げると、珠子が言った。


「パパがどっちの車に乗るか聞いたから、タカシのいる方って言っただけだよ。タカシと一緒に行きたかったから」


それを聞いて


「そうか。おれと一緒に」


孝はニヤニヤした。


「孝、鼻の下がでろーんと伸びてるわよ」


月美が振り向いて言うと、柏が前を向いたまま大笑いした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ