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孝とデートふたたび(1)

珠子が一人で幼稚園に行こうとして辿り着けなかった日の夜、操と珠子は一緒にお風呂に入った。


「ミサオ、背中を流すよ」


珠子がナイロンタオルを手に言った。


「じゃあ、お願いしようかな」


操は浴用椅子に腰かけた。

タオルにボディソープを乗せるとクシュクシュと泡立てて操の背中を上下に擦りながら、


「ミサオ、今日は本当にごめんなさい」


珠子が小さな声で謝った。


「姫、肩甲骨の間を強く擦ってくれる」


操は孫の謝罪が聞こえなかった振りをして注文する。


「このぐらい強くていい?」


「ああ、丁度良い。姫、上手」


その後、操は自分で体をさっと洗い流すと


「今度は姫の背中を洗ってあげる」


珠子の体を洗いシャワーをかけ、一緒に浴槽に沈んだ。


「ミサオが一緒だと、お湯が結構溢れてこぼれちゃう」


珠子が軽く苦情を言う。


「文句を言えるぐらい元気になった?姫」


操が横でお湯に浸かっている珠子の頬を人さし指で突く。


「姫、私はね、送り迎えが全然苦じゃないとは言わないわ。特に今は暑いからね。でもね、あなたと手を繋いで歩くのは私の喜びなの」


「私と歩くのが喜び?」


「歩くのがって言うか、一緒の時間を共有することが幸せなんだと思う」


「共有?」


「つまり、毎朝一緒に手を繋いで幼稚園に向かって歩くことが、私と姫がたくさん共有していることの中の一つになるのかな」


「でも、私が幼稚園に着いたら、操は一人で帰るんでしょう。その時は共有してないんだよね」


「そう、だから帰りは楽しくないです。つまり、私は姫と一緒にいたいってことよ」


操は正直に言った。そして珠子を見た。


「それから、姫に覚えておいて欲しいことがあるわ」


「なあに」


珠子も操を見つめた。


「私はどんな時も、姫を重荷とか、お荷物とか思ったことなんて一度もないからね。変に勘ぐって気を使わないこと」


「うん」


「わかったら、よろしい。のぼせそうだわ。姫、あがりましょう」


「うん」


二人は脱衣所で扇風機の風を浴びながらパジャマを着ると、キッチンに急いだ。

冷蔵庫から水出し緑茶を出してグラスに注ぐと一気に飲み干した。


「ふぅー」


操も珠子も深く息を吐いて


「うまっ」


顔を見合わせ笑顔になった。




翌日、


「おはよう。珠子いる?」


インターホンから孝の声がした。

珠子が玄関に走って扉を開ける。


「タカシ、おはよう」


「おう、体調はもういいのか?」


「うん。大丈夫」


「じゃあ、もう少ししたら出かけないか。おれとデートしよう」


「タカシとデート!」


「うん」


「デートする!ミサオ、タカシとデート!」


珠子は興奮気味に、玄関に出てきた操に話す。


「タカシ君、おはよう。姫をよろしくね」


操が孝を見ると、彼は大きく頷いた。


「一時間ぐらいしたら迎えに来る。今日は、ショッピングモールに行こう」


そう言って孝は帰った。




「そう言えば、もう左腕は治ったの?」


ひまわり柄のワンピースに麦わら帽子を被った珠子は、孝の左手を握って駅向こうのショッピングモールへ向かっていた。


「もう、大丈夫だって医者が言ってた。だから昨日もタマコを背負えたんだよ」


「そうか。昨日、私をおんぶしてくれたんだもんね。ありがとう。私がくっ付いていたから、背中が熱かったでしょう」


「ちょっとね。でもタマコだからいいんだ」


孝が照れたように言う。


「ねえタカシ、ショッピングモールに着いたら、プリン食べよう」


「おまえは、相変わらず食いしん坊だな」


「この間、食べられなかったからね。私が具合悪くなっちゃったせいで」


「あれは、タマコのせいじゃないよ。おれは、あの時、おまえに助けられたんだ。だから、本当のことを言うと、今日はプリンをごちそうしようと思ってここに来た」


「やったー!プリンプリン!」


珠子は孝の腕に抱きついた。


「タマコ、もう少し優しく抱きついてくれ。こっち左だから」


「あっ、ごめん。そっとぎゅっとする」


そう言う珠子が可愛いと思う孝だった。

そんな仲良し二人がショッピングモールに入ると、やはり夏休みの子どもたちが大勢いた。


「これだけたくさんの人がいるとタカシ推しのクラスメートに会ったりして」


珠子がキョロキョロ辺りを見回す。


「いたって無視すればいいんだ」


「うわぁ、タカシってクールだ」


「おまえ、おれをからかってるだろ」


「わかった?あれ、葵ちゃん」


クスッと笑いながら珠子が先の方の一点を見つめる。そこには珠子の友だちの永井葵が中年の男の人に手を引っぱられて歩いているように見えた。

それを見ていた珠子の顔が急に険しくなる。


「タマコ、どうした。何か感じるのか」


「うん」


珠子が頷いた時、モール内にアナウンスが響いた。


──5歳の永井葵ちゃん、お母様が一階案内所でお待ちです。


このアナウンスを無視するように男は葵を引っぱって行く。先にはトイレの案内プレートが天井から下げられていた。


「タカシ、葵ちゃんが危ない」


珠子が走り出した。孝も後に続く。

男は急ごうとしているのか、葵を引きずるように通路の奥へと引っぱって行き姿が見えなくなった。

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