昼寝とかき氷
暑い。
梅雨の時期はどこかに飛んでいき、今はもう夏の盛りだ。
「ミサオ、幼稚園に行く道が暑いです」
「そうね。まだ七月の初旬だものね。私が子どもの頃のこの時期は雨が降って、これから本当に夏の暑さがやって来るのかなって思うぐらい涼しかったの」
「それってどのくらい前の話?」
「五十年以上前」
「むかしむかしは今よりずっと涼しかったんだ」
「むかしむかしが引っかかるけど、そうだったのよ」
「早く夏休みにならないかな」
「夏休みに何をするの?」
「うーん、タカシの宿題を手伝ってあげるの」
「姫は去年も同じことを言って、タカシ君が来たら寝てたじゃない」
「去年は張り切って早く起きすぎて、タカシが来る頃に眠くなっちゃったの」
「そう。わかったわ。今年は手伝えるといいわね。それにしても本当に暑い」
操は右手で珠子と手を繋ぎ、左手で扇子を煽った。
「ミサオだけ扇子をを使うのはずるいよ」
汗でびっしょりの珠子が文句を言う。
「ごめん。幼稚園に着いたら、冷感シートで拭いてあげるね」
操は笑顔でごまかした。
珠子を幼稚園に送り届けてアパートに戻ると、操はキッチンの収納場所をあさり
「あったぁ」
かき氷器を見つけた。
「氷は…ある。あとはシロップね。そうだ、ゴールデンウィークに仕込んだキウイのサワードリンクを煮詰めてみようかな」
氷砂糖が溶けた薄い緑色のサワードリンクの瓶の蓋を開けてホーローの片手鍋に中の液を注いだ。それを弱火にかけて酸味を飛ばしながら煮詰めた。
「これで良し」
火を消して
「ああー、怠い。少し横になるか」
操は南側の窓のレースカーテンを引いてソファーに腰を下ろすと、ごろんと横になった。
どのぐらい時間が経ったのか、
「はっ、今何時!」
ソファーから慌てて起きあがった操は壁の時計を確認した。
「やばっ」
珠子を迎えに行く時間を三十分も過ぎていた。
とりあえず幼稚園に連絡を入れ、鏡で姿を確認すると戸締まりをして迎えに急いだ。
「中山先生、申し訳ありません!」
幼稚園の正門を入ったところから、操は大声で謝罪した。その間に、二回もつまずいて転びそうになった。
「神波さーん、走らなくて大丈夫ですよー」
靴箱の傍で珠子と並んで立っている、ばら組の担任の中山ヒロミが叫んだ。
「すぅ、済みません。はあ。はあ。はあ…ひ、姫ごめん」
顔中汗だらけの顔で操が声を絞り出した。
「神波さん、ちょっと座りましょう」
中山先生が傍にあった園児用の椅子を置いた。
「かなり小さいけど、腰かけてください」
と言って、中山ヒロミは教室の奥に引っ込み、戻ってくると水の入った紙コップを操に渡した。
「ゆっくり飲んでください」
「ありがとうございます。いただきます」
操は一気に飲み干した。冷たい水が、喉から体の中心を流れて行く。
「ごちそうさまでした。生き返りました」
「ミサオ、髪の毛がくしゃくしゃになってる」
珠子が不機嫌な顔を見せた。
「えっ。鏡見たよ」
操の言葉に、珠子がほっぺを膨らませて操の後頭部を触る。
「後ろがぐしゃぐしゃ」
「珠子ちゃんのおばあちゃんも、お昼寝したんですよね」
中山先生がフォローする。
「はい、三十分ぐらい横になろうと思ってたら三時間経ってました」
「こう暑いと体が怠いですよね。珠子ちゃん、機嫌を直して」
先生に言われて、珠子は
「はい。ミサオ、大丈夫?」
やっと優しい言葉をかけた。
「もう大丈夫。中山先生お世話さまでした」
操は椅子から立ち上がりお辞儀をした。
「気をつけて帰ってください。珠子ちゃん、また明日」
「中山先生さようなら」
珠子は手を振り、操と手を繋いで幼稚園を後にした。
道すがら、
「姫、ごめんなさい」
操が改めて謝った。
「ミサオ、どこか具合が悪いの?そんな風には私には感じないけど」
珠子が心配する。
「具合が悪いんじゃないの。夏バテよ。梅雨明け宣言してないのにね」
「ミサオ、冷たいものが食べたいね」
「姫、帰ったら冷たいの食べよう」
操の話に珠子の目が輝く。
「何?なに?ミサオ、早く帰ろう」
珠子が走ろうとするので
「姫、走るのは勘弁してぇ」
操は元気な孫にお願いした。
『ハイツ一ツ谷』に戻ると、
「ミサオ冷たいの、早く食べよう」
上着を脱いで手を洗った珠子が操に抱きつく。
「わかったわ。姫も手伝って」
かき氷器をテーブルに置いて、操が上部の容器に氷を入れて下にガラスの器を置いた。
そして、折りたたみ式の踏み台に珠子を立たせた。
「姫、上のハンドルを回して」
ガリガリガリ、珠子がハンドルを回すとガラスの器に、削られた氷が落ちてくる。
「わあ、ガラスに雪が降ってるよ」
興奮気味な声がキッチンに響く。
「まあ、姫は詩人ね」
親バカならぬ祖母バカである。
器にこんもりかき氷ができると、操が手作りのキウイシロップをかけた。
「赤じゃないの?」
珠子が首を傾げる。
「キウイ味よ」
「あんまり綺麗な色じゃないね」
「自然の色よ。さっ、食べよ」
「うん。いただきます」
二人は向かい合って地味な緑色のかき氷を口に運んだ。
「冷たい!ん?食べたことのない味だけど美味しい!」
珠子がガツガツ食べて、手のひらを眉間に当てた。
「うーん。頭がずーんとする」
「慌てて食べるから、冷たさに頭がびっくりしたのかもね」
操は笑いながら、姫に気に入ってもらえて良かったと、心の中でガッツポーズをした。
珠子はおかわりを求めながら操に言った。
「今日は、暑かったり冷たかったりで忙しいね」