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七夕と花火

七月七日、今日は良い天気だ。梅雨シーズン中だが、最近はあまり雨が降らず、今夜は星空を見ることができそうだ。


「ミサオ、天の川見られるかなぁ」


休日の遅い朝食を食べながら珠子が言う。


「天気は悪くないから星は見えるだろうけど、天の川はどうなのかな。この辺りの空で見えるのかしらね。それより姫、口の端にジャムがついてる」


操が自分の口元を指さして汚れている場所を珠子に教えた。珠子は舌を出して横に伸ばすと、ジャムをなめ取った。


「取れた?」


「うん。大丈夫。姫はパンにジャムを乗せすぎなのよ」


「たっぷり乗ってる方が美味しいもん」


「そうかもしれないけど、食パン一枚にジャムの瓶の半分を塗りたくるって言うか乗せるのは多すぎない?」


「これからは瓶の三分の一に減らして塗ります」


珠子は残念そうな顔をした。




夜七時を回ったころ、柏の家族が建物の北側の敷地で花火の準備をしていた。

アパートの玄関と住人用の駐車場との間のスペースに、水の入ったバケツと花火セットと屋外用のライター、折りたたみチェアーと缶ビールやジュースの乗ったテーブルが用意された。


「準備万端じゃない。月美さん、カシワ、ありがとう」


操が珠子と元太を乗せたベビーカーを押す鴻を引き連れてやって来た。


「おばあちゃん、おれも手伝ったよ」


孝が珠子をチラ見しながらアピールした。


「そうそう。タカシ君、準備ありがとう。ね、姫」


操は慌ててお礼を言い、その後を珠子に振った。


「タカシ、ありがとう。花火初めてだから楽しみなんだ」


「タマコ花火やったことないの?」


「ミサオと手を繋いで見たことはあったけど、自分で花火を持つのは初めて」


「じゃあおれの隣でやろう」


「うん。火が出る棒を持つの、ドキドキしてる」


「大丈夫。最初は花火を一緒に持とうな」


孝の頼もしい態度に珠子は嬉しそうに頷いた。


「やだぁ。姫ラブラブね」


操がからかうと、


「おばあちゃん!」


孝が顔を紅くした。

月美が風向きを見ながら鴻に声をかけた。


「鴻さん、こっちなら煙や火薬の匂いが届きづらいと思います」


「ありがとう。元太が花火に興奮して騒ぐかも知れないけど」


「気にしないで大丈夫です。元太ちゃん、こんばんは」


月美はベビーカーの横にしゃがんで元太にも挨拶した。いつもと違う雰囲気を感じて元太がうーうーと声をあげた。


「お義母さんも鴻さんのところが煙くないですよ」


月美に手招きされて操も鴻の隣に来た。月美が折りたたみチェアーを三脚広げた。


「ここは婦人会席ね」


と言いながら操は椅子に腰を下ろした。


「まだ空が暗くないけど、そろそろ始めるか」


柏が花火セットの袋を開けて


「おまえたち、好きなやつ取って」


孝と珠子に花火を選ばせた。


「タマコ、ここをしっかり握って。いいか、火が噴いても手を離しちゃダメだよ」


孝がアドバイスする。


「火を点けるぞ」


柏がライターを近づけようとする。


「タカシ、ちょっと怖いかも」


珠子が表情を硬くする。


「タマコ、一緒に持とう」


孝が珠子の手に自分の手を重ねて柏に合図する。


「お父さん、点けていいよ」


花火に点火すると、ぼうっと炎が踊った後にシャーっとシャワーのような火の粒が勢いよく噴き出した。

珠子は驚きと怖さで手を離しそうになったが孝が彼女の手をぐっと握っているので火が消えるまで持っていられた。


「タカシありがとう」


「花火はね、しっかり持って、絶対人に向けないんだよ。そして燃え尽きたやつは水が入ったバケツにちゃんと入れる。できるか?」


「うん」


珠子は孝に教えてもらった通り、火が消えた花火をバケツに突っ込んだ。


「次はひとりでできるか?」


「もう一回、一緒にやって」


一つの花火を二人で持った。


「姫とタカシ君、ケーキ入刀の共同作業みたいね」


操が茶々を入れる。


「おばあちゃん!」


孝は操をジロッと見たが、その顔は満更でもなさそうだった。

そんな二人を見つめながら、


「月美さん」


鴻が話しかけた。操はさり気なく珠子の方へ行き子どもたちと一緒に花火を始めた。


「はい。鴻さん?」


あまり話しかけてくる事のない鴻に少し驚いたが、それを顔に出さずに月美が返事をした。


「月美さん、珠子がお世話になってありがとうございます」


「いえ、いつも孝が珠子ちゃんに助けてもらってるんです」


「この間、珠子が嬉しそうに月美さんのところへ伺う姿を見かけて、少しヤキモチをやいちゃいました」


「えっ?」


鴻の話に、月美はどう言葉を出していいのかわからなかった。


「変なことを言ってごめんなさい。私と珠子は実の親子なのにとてもぎくしゃくしてるんです。あの子をお義母さんに預けていることで月美さんも何か普通じゃないと思ってますよね」


「鴻さん、珠子ちゃんってとても不思議な力を持ってますよね。孝も私も彼女のおかげで救われたんです。孝と私が柏君と家族になれたのは、お義母さんと珠子ちゃんが尽力してくれたおかげなんです」


月美は鴻を見つめて微笑んだ。

元々口下手な鴻は黙って月美を見つめ返した。


「鴻さん、珠子ちゃんの眼力って凄いですよね。彼女のお母さんにこんなこと言うのは失礼かも知れませんけど、私は彼女としっかり目を合わせたこと無いです」


「そうなの」


「ええ。でも孝はよく見つめ合ってますけどね」


と言って月美は笑顔を浮かべて話を続けた。


「珠子ちゃんは鴻さんが大好きですよ」


「えっ」


「珠子ちゃんが話す言葉でたくさん聞くのは、操さんとママですよ。孝のこともよく言ってくれます」


「ママって言うんですか?」


「ええ。私の料理が気に入ると、ママに食べさせたいってよく言います。それ以外にも、操が、ママが、ってよく聞きますよ。彼女の中には常に鴻さんがいるんだと思います」


月美の穏やかな声に鴻がぽろっと涙をこぼす。それを見て月美はエプロンのポケットからタオルハンカチを出して鴻に渡す。


「鴻さん私ね、小さい頃から施設で育ったんです。ずっと辛くて寂しい思いをして生きてきたんです。でも孝が柏君たちと出会ってここに初めておじゃましたとき、家族ってこんなに賑やかでごちゃごちゃしていて暖かいんだって知りました。そして私は神波の家族が大好きです」


月美の声は小さくて、花火で盛り上がっている歓声にかき消されそうだったが、鴻の耳にはしっかり届いてタオルハンカチでずっと目元を押さえていた。


「ママ、どうしたの?」


持っていた花火が消えてバケツに突っ込むと、珠子が鴻たちのところに走ってきた。

嗚咽で声を出せないでいる鴻に代わって月美が言った。


「花火の煙が目に入っちゃったみたいよ」


珠子は鴻と並んで同じ方向に顔を向けながら


「ママ、目が痛いの?」


聞くと


「大丈夫よ」


鴻は答え、深呼吸をする。


「珠子、ありがとう。花火してらっしゃい」


珠子を孝たちのところへ行かせた。


「珠子ちゃんは常に鴻さんを気にかけているんですね」


月美の話に、鴻は笑顔で頷いた。

七夕の短冊に書いたことが叶ったのかな、と鴻は思った。


──ママ、すこしはなれてても、いつもいっしょ


──珠子とってもとっても大好きよ

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