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操の誕生日

「タカシ、先に書いてよ。あっ、あんまり綺麗な字で書かないでね。私の汚い字と差がついちゃうから」


珠子は孝の勉強机に座り、その横に孝が立っている。二人は柏が作ってくれたカードに向かってメッセージを考えていた。


「カードの真ん中辺りに、おれが『操おばあちゃん お誕生日おめでとう』って書いていいかな?それで空いてるところに、短いメッセージをたくさん書くのはどうかな。文章より書きやすいだろ」


孝が提案すると


「うん。ミサオ好き!とか、ミサオ大好き!とか、ミサオとっても好き!って書けばいいのね」


珠子がうんうんと頷く。


「最後にこれだけは少し大きく書かせて」


珠子がどうしても伝えたいひと言を書き終えて、二人の合作バースデーカードができあがった。




七月三日の水曜日、お昼で保育が終わって幼稚園からの帰り道、操と手を繋いで歩いている珠子が


「ミサオ、朝も言ったけど今日お誕生日でしょう。おめでとう」


祖母を見上げてお祝いの言葉を言う。


「ありがとう。私っていくつになったのかしら。自分の年を忘れちゃった」


「教えてあげるよ。ミサオは今日で六十…」


「思い出した。姫、もう教えてくれなくて大丈夫よ」


親切に年齢を教えようとした珠子の言葉を操は慌てて遮った。


「ミサオ、帰ったら月美さんが一緒にお昼を食べようって言ってたよ」


「あら、そうなの」


午前中に月美から直接誘われたのだが、操は初めて聞いた顔をした。

アパートに戻ると、珠子は急いで制服を脱ぎ、操の手を取って


「月美さんのところに行こう」


玄関へ引っ張った。


「姫、慌てないで」


小さな体で引っ張る珠子が、想像以上に力強いことに驚きながら操は隣を訪れた。


「こんにちは。月美さん」


「お義母さん、開いてるから入ってください」


月美の声と共に孝が玄関扉を開けた。


「おばあちゃん、タマコ、入って」


「おじゃまします。ん?とっても美味しそうな匂いがする」


操がクンクンと息を吸い込む。


「お義母さんも珠子ちゃんもお昼まだでしょう。一緒に食べましょう」


月美が食卓に、から揚げや青椒肉絲や回鍋肉に麻婆なすと中華サラダなどを並べていく。


「あら、私の好物ばかり!嬉しいわ」


「から揚げはムネ肉だし他のメニューも赤身のお肉を使っているので胃もたれしにくいと思います。だからたくさん召し上がってください」


「気を使ってくれてありがとう。早速いただきます」


「いただきます」


四人は席に着くと少し遅い昼の食事を堪能した。


「月美さん、美味しい。どのお肉も脂っこく無いのに、しっとり柔らかくてびっくりよ。後で方法を教えて」


操が感嘆の声をあげた。


「はい。お義母さんに喜んでもらえて良かった」


と、月美が笑顔を見せる。


「月美さん、ホント美味しいです。いくらでも食べられちゃう」


珠子は特に青椒肉絲が気に入ったようだ。それを見て孝が耳打ちをする。


「あんまり食べ過ぎるとケーキがお腹に入らなくなるぞ」


「大丈夫。ケーキは別腹だもん」


珠子も孝の耳元で言う。


「姫たちは、何を内緒話してるの?なんかイヤラシイわ」


操がニヤッと笑った。


「やらしい話なんかしてないよ」


孝が変に意識して顔を紅くする。そこで、月美が立ち上がり


「孝と珠子ちゃんがコソコソ話してたのはこれでしょう」


冷蔵庫からホールケーキを出すとテーブルの真ん中に置いた。ケーキの中心にキャンディーのような可愛いローソクが一本立っている。それに火をつけると、


「お義母さん、お誕生日おめでとうございます。子どもたちが歌い終わったら吹き消してください」


月美が部屋の灯りを消した。

珠子と孝がハッピーバースデーを歌い、操はふうっと火を消した。


「みんな、ありがとう。ローソクの数、気を使ってくれて嬉しいわ。正確に歳の数だけ立てたらせっかくのデコレーションがローソクだらけになっちゃうもの」


と、62歳になった操が自虐を言う。

日中なのであまり暗くは無いが部屋の灯りをつけて、月美が子どもたちに合図をした。

珠子と孝は、キッチンの隅に隠してあった花籠とバースデーカードを操に渡した。


「まあ、ありがとう」


操は満面の笑みで受け取った。

昨日、二人が花屋に出かけたことを知っている操だったが、愛する孫たちから手渡されるのはやっぱり嬉しい。そして、カードを見ると、真ん中に孝の達筆な『操おばあちゃん お誕生日おめでとう』の文字が書かれ、その周りにごちゃっと『ミサオだいすき』『おばあちゃん、いつもありがとう』『おばあちゃん遊びに行こう』『ミサオとってもすき』『おばあちゃん、いつまでも元気でいて』『ミサオちょーすき』などと書かれていて思わず目尻が下がってしまう。そんなメッセージの中に少し大きな文字で書かれ、ピンクのマーカーでラインが引かれたのを見て操は思わず目頭を押さえた。

『ミサオ、ずっとずうーっと、わたしのいばしょでいてね』

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