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七夕飾り

孝が朝比奈万蔵と直接話をしてから一週間が過ぎた。

その間、先方から孝への接触や尾行は無かった。それでも心配だったので登下校には月美が付き添って行った。

金曜日、珠子が操と幼稚園の正門を出ると先の方で孝と月美の姿が見えた。


「タカシ!」


珠子が手を振り大きな声で呼んだ。そして、操の手を放すと孝に向かって走り出した。


「タマコ、走るな!」


孝が叫ぶ。珠子は勢い余って孝にぶつかって止まった。孝は彼女を抱きとめたまま、バランスを崩して後ろに倒れそうになる。何とか踏ん張って転ばないで済んだ。


「タマコ、走っちゃダメって言っただろう。おれがひっくり返ったら、おまえも怪我をしちゃう」


「ごめんなさい。タカシを見たら嬉しくなっちゃって」


珠子が反省をする。

操も追いついて、


「姫」


と、珠子を軽く睨んだ。


「なんか、前にもこんなことがあったな」


と言いながら孝が少し膝を曲げてランドセルの横にぶら下げた巾着袋を珠子に見せた。


「この袋に帽子が入っているから出して」


「うん」


珠子が巾着を開けて中から水色と黄色のキャップを引っ張り出すと、孝の頭にしっかり被せた。水色の制服と園指定の黄色いバッグと帽子の姿をした珠子。これで二人はお揃いの色味を身に着けたことになる。そして、孝が車道側に立つと軽量のギブス代わりの装具を装着した左手で珠子の右手を掴んだ。


「タカシ、左手大丈夫なの?」


「思いっきり振らなければ大丈夫。手を繋いで帰ろう」


「うん」


珠子は凄く嬉しいと言った。


「タカシ君、ランドセルを背負えるようになったのね」


操が若い子は怪我の回復が早いのねと感心した。


「お義母さん、孝は前にも増して珠子ちゃんが大事なんだと思います」


月美が先を歩く二人を見て言った。


「そうなの?姫がその話を聞いたら喜ぶわ」


「孝が言ったんです。おれはまた珠子ちゃんに救ってもらったって」


「ん?姫は何かしたかしら」


「この間、朝比奈に面と向かって話をした時なんですけど」


「ええ、あの時のタカシ君は凄く弁が立ってたわね。小学生に見えなかった」


「あの日の朝、珠子ちゃんが孝に何か耳打ちしたんです。私にはあの子に何の話をしてくれたのかわからないんですけど、その後の孝は顔つきが変わったんです」


「姫は何を伝えたのかしらね。暗示でもかけたのかしら」


「わかりません。孝もその時の珠子ちゃんの言葉を教えてくれなかったので。それからのあの子は、益々珠子ちゃんに夢中みたいです」


「まあ、姫ったら魔性の少女ね」


操は自分で口に出した言葉に苦笑いした。


「そう言えば、柏君が会社から笹の枝を持ってきたんです。これから飾り付けをするので、お義母さん、予定がなかったら珠子ちゃんとウチに来てください」


月美が誘ってくれたので、操は二つ返事で頷いた。

アパートに戻ると柏の部屋の玄関先に、一メートル程の笹が立っていた。


「うわー、笹!いい匂いがするね」


珠子が声をあげる。


「ホントだ。おれが学校に行く時には部屋の中にあったんだけど」


孝が驚いた顔をする。


「姫を迎えに、ここを出る時は無かったのにいつの間にセットしたのかしら」


操も首を傾げた。


「柏君が少し前に立てたよって連絡をくれたんです。用があって外出したら、ここの前を通ったので寄ってくれたみたいです。なので早速、珠子ちゃんたちを誘いました」


と月美が言う。


「それじゃ、すぐに伺うわね」


操は返事をすると、自分の部屋へ入っていった。

着替えが終わった珠子は


「ミサオ、タカシのところに早く行こう」


操の手を引っ張る。


「わかった。それじゃ、これを持ってくれる」


珠子に一口サイズにカットされたバウムクーヘンの袋を持たせると、戸締まりをして柏の部屋を訪ねた。


「いらっしゃい。入って入って」


孝が嬉しそうに珠子の手を引っ張った。


「タカシ、ちょっと待って。月美さん、ミサオがこれどうぞって」


珠子がバウムクーヘンを渡すと、月美が操を見て笑う。


「お義母さん、いただきます」


「後で食べましょう。おじゃまするわね」


操も部屋にあがり子どもたちについて行った。


「なかなか立派な笹だわね。いい場所に立てたわ」


「柏君は、入居者さんが見られる場所にって言って玄関先のあそこに立てたみたいです」


月美が得意気に言い、その雰囲気が微笑ましいなと操は思った。

部屋の奥では孝と珠子が折り紙や色短冊を広げていた。短冊状に切った折り紙を輪にして繋げた鎖を孝が作ると、それを見て


「私も作る」


珠子が真似をした。


「タマコ、似た色を繋げるとおしゃれだぞ。おれは青い色の鎖を作るからおまえはピンクな。ハサミで手を切るなよ」


「わかった」


珠子は濃いのや薄い色味をした折り紙を長方形になるように切ると、孝の作業をチラチラ見て真似をしながらピンク系の鎖を作った。


「二人を見ていたら、私も作りたくなっちゃいました」


月美が目を輝かせているので、


「あなたも童心に返って作ってらっしゃいな。私はお茶の準備をしてるわ」


操が向こうで一緒に工作するのを勧めた。

孝と珠子に混じって月美は、折り紙を四枚並べたぐらいの柔らかい薄紙に器用にハサミを入れていった。


「月美さん、何を作っているの?」


珠子が不思議そうに見つめる。


「できた。いい、見ててね」


月美が薄紙を斜めに引っ張り伸ばした。


「うわー。網だ!タカシ、網だよ」


珠子が感動する。


「本当だ!凄い」


孝が驚いた顔をしたのを見て、月美はうふふと笑った。

提灯や、金銀の折り紙で星を作り、玄関先に持っていくと笹に飾り付けた。折りたたみ式の踏み台を置いて、それに乗った珠子が折り紙の鎖を笹に引っかけた。まんべんなく飾り付けると、


「後は、短冊に願い事を書いてぶら下げましょう」


月美が言い、みんな部屋に戻った。

おやつに一口バウムクーヘンを食べながら、四人で短冊に向かった。


──みんな健康でありますように


──みんな幸せでいられますように


──おいしいものがたくさん食べたいです


──珠子に迷惑をかけない


「タカシ、何これ」


孝の短冊を見て珠子がふくれた。


「何って、おれはいつもおまえに助けてもらってるから、これ以上迷惑をかけたくないんだ」


孝が言うと、


「私は今まで一度も迷惑って思ったことないよ」


珠子が頬を膨らませたままの顔を向ける。


「タカシ君、姫はね、あなたが幸せでいてくれるのが嬉しいの。そのためにこの子が行動することは、辛いことじゃないのよ。迷惑をかけてるって思われたのが悲しいんじゃないかな」


操が言うと、更に孝に耳打ちした。それに頷いた孝が筆ペンで達筆に書くと、その短冊を珠子に見せた。

それを見て、珠子は顔の筋肉をデレデレに緩めた。


──珠子がおれのお嫁さんになりますように

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