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対峙

「お父さん」


朝比奈万蔵を追い返し部屋の奥に戻った柏の前に孝が走り寄った。


「タカシ、不安な思いをさせて申し訳ない」


柏は孝の肩を抱いてソファーに座らせ、自分は向かい側に腰を下ろした。そして、孝の顔をしっかり見つめて言った。


「タカシ、これから話すことはタカシにとってとても辛い内容だと思う。だけど最後まで聞いてくれ」


孝も柏を見つめ返して頷いた。隣に座っている珠子が孝の手を取りそっと握った。


「最近、アパートの敷地に入り込んで、この部屋の様子を覗ってた奴がいたんだ。さっき、ショッピングモールに行ったときも後をつけられていた。そして、今ウチに来た奴は…」


柏は話すのを止めて、孝の並び、珠子の横に座っている月美を見た。彼女は黙って頷いた。柏も頷き話を続けた。


「今さっきここに来たのは、生物学的考えた時の……孝の爺さんだ」


「じいさん?」


「遺伝子検査をしたら、おまえとあの爺さんには血縁関係があるってことだ。だけど俺は認めない。孝は俺と月美の子どもで、俺の肝っ玉母さん操の孫だ」


と言って柏は隣に座った操を見た。


「そうよ。タカシ君は私の大切な孫で、あのジジイとあなたは何の関わりもないわ」


操が苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「なぜ…なんで今になって孝のことを。これまで一度も私たちのことに関わろうともしなかったのに」


月美が力なく言う。


「最近、亡くなったのよ。あの男の一人息子が」


操の話に月美が一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を消した。


「そうだったんですか。でも私には一切関係のない話です」


「そうね。私たちには関わりのないことよ。そして、自業自得で、あの男にはもう家族がいないのよ。寂しい寂しいって顔に書いてあったのを感じて、いい気味だと思ったわ」


と言った操は、珠子と同じように相手のことを感じ取ることができる。玄関先で対峙した朝比奈の背景や考えていることが手に取るように感じられたが、操に言わせれば、ただの身勝手なジジイだ。


「このまま、あいつが引き下がるとは思えない。俺は、もしあいつが孝に接触したら許さない」


柏の憤りは大変なものだった。


「お父さん」


孝が何かを決心したような顔をする。


「お父さん、俺がそいつにさ、おまえなんかに今後も会いたくない関わりたくないって直接言ってもいいかな。そいつ、お母さんに酷いことをした奴なんでしょう」


「月美だけじゃない。孝にも酷い仕打ちをしたんだ。あいつはな、あいつは月美を厄介払いするように外に放りだしたんだ。自分の息子の悪行を無かったことにするためにな」


柏は吐き捨てるように言い、


「俺はあんな奴におまえを会わせたくない」


孝の意見を却下した。

みんなの話を黙って聞いていた珠子が口を開いた。


「カシワ君、カシワ君とタカシで朝比奈という人にはっきり言った方がいいと思う。タカシの気持ちをはっきりわからせれば、その人諦めるよ。反省をするかどうかわからないけどね。大体、その人はそれ以上はつきまとえない。どうしてかって言うと」


そこまで言った珠子が操を見た。操がその後を続ける。


「どうしてかって言うと、あの人は、もう長くないからよ」


「そうなのか」


柏が操を見る。


「ええ、だから急にタカシ君を探し始めたのよ」


「それだって、奴の身勝手だ。平和に暮らしている俺たちを引っ掻き回しやがって。月美と孝に嫌な思いをさせて苦しめる」


柏は辛そうだ。そんな彼を孝がじっと見て話した。


「お父さん、やっぱりおれは直接そいつに会って言ってやりたい。おれは、お父さんとお母さんの子どもで、そいつは赤の他人だって。だから、その時お父さんに隣にいて欲しい」


孝の決心は固く、柏は


「わかった」


と、頷くしかなかった。


後日、操が朝比奈から渡された名刺に手書きで記されたプライベート用の携帯電話の番号に連絡を取り、今度の週末に一度だけ孝に直接会わせてもいいと伝えた。




土曜日、操が指定したカフェに孝と柏、朝比奈万蔵と女秘書が向かい合って席に着いた。

ここは、神波家が毎年初詣に訪れる神社のすぐ近くにある店で、過去に柏と珠子が珠子を亡き者にしようとした大島かの子と対峙した店だ。

店の奥まった席で操と珠子と月美が柏たちの様子を覗っていた。

お互い無言でお辞儀をした後、注文をした飲み物が届くまで、四人は一言も口をきかなかった。やがて店のスタッフが飲み物を運びテーブルに置いて下がると、朝比奈が口を開いた。


「初めまして、朝比奈万蔵です。孝君」


そう言いながら、朝比奈が孝に向かって手を差し出す。孝は姿勢を変えずに軽く会釈をした。ばつが悪そうに彼は手を引っ込めた。そして、話を始めた。


「孝君、君に会えて嬉しい。君は落ち着いていて賢い少年だ。こうやって見ているだけでわかる。君は学校の成績も優秀なんだろう。さすがは朝比奈の血を受け継いだ子どもだ」


「おれは、あなたの血など受け継いでいません」


孝が静かに言った。


「おいおい、何を言ってるんだ。田沼、あれを」


朝比奈に言われて、田沼と呼ばれた女秘書は鞄から角2サイズの封筒を取り出し彼に渡す。そこから書類を引き出すと孝の前に置いた。朝比奈と孝の血縁関係を証明する書類だった。


「あんた、タカシのサンプルをどうやって採ったんだ!」


抑えた声のトーンで柏が詰め寄った。


「私どもには様々なものを入手する手段がございます」


田沼という秘書が無表情な顔で話す。


「孝君、私の家族は君しかいないんだ」


朝比奈は、柏には一切目もくれず孝だけを見つめて言った。


「おれは、あなたの家族ではありません」


孝も相手の目をじっと見て言った。


「そんなことを言わないでくれ。私のところに来れば欲しい物は何でも手に入るぞ。君は何が欲しいんだ。最新ゲーム機か?最新スマホか?」


「そんなものいりません」


「それじゃ君の望みを言ってみなさい」


「あなたと二度と関わらないことです。おれは小さい頃から貧しくてもお母さんが頑張って育ててくれたのをわかっています。あなたはあなたの息子と共に、おれのお母さんに酷いことをしました。本当はあなたになんか会いたくなかったけど、直接言いたいことがあるので来ました」


孝は自分の感情を押し殺して丁寧な言い方をした。


「関わらないとは手厳しいな。確かに君が生まれた頃のことは私にはわからなかった」


「今回みたいに必死に調べなかったんですか?あなたには、いろんなことを入手する手段があるんでしょ」


孝の話に朝比奈は何も言わなかった。

そして、孝が話を続ける。


「あなたがおれなんかにわざわざ話を持ちかけるのは、あなたの息子が死んだのと、あなた自身の期限が限られたからだ」


「どこから私の体のことを…」


朝比奈の顔色が変わる。


「おれにも、おれなりに入手する手段があるんです」


孝は少し笑みを浮かべる。


「君の発言は小学生とは思えないな。さすがは私の血筋だな」


と言う朝比奈の声は力がなかった。

そこへ孝がたたみ掛ける。


「おれの心と体は、お母さんのDNAと、ここにいるお父さんとお母さんの愛情でできている。あなたは、おれをつくっているものの中に一つも無い!」


「孝君……」


「おれはあなたに名前を呼ばれたくない。あなたは身勝手だ。おれのことを何とかしようと考える前に、なぜおれのお母さんに謝らないんだ。あなたとあなたの息子が酷い目に遭わせたですよね、おれのお母さんを!あなたはあなたの会社では偉い人なんでしょうが、おれからすれば、人として最低だ!」


「孝君……」


「おれはもう、これ以上あなたと話すことはありません。二度と会いません」


孝は立ち上がると隣の柏を引っ張った。席を立った柏は注文伝票を掴むと孝の肩を抱いてその場を後にした。




その帰り道、孝と柏は手を繋いで歩いていた。


「お父さん、黙っておれに話をさせてくれてありがとう」


「そうじゃないよ。タカシ、おまえがあんなに弁が立つとは思わなかったよ。俺が口を挟む隙がなかった。さすがは俺の子だ」


「おれも自分で驚いたんだ。なんか、タマコが乗り移ったんじゃないかと思った」


「そうか。俺もタカシも月美もタマコも母さんも、みんなで家族だな」


「うん」


柏と孝は微笑み合った。

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