遂に現れた
柏の奢りでプリンを食べることになっていた珠子たちだったが、孝のことを探ろうとする人物に気づき、到着して間もないショッピングモールから『ハイツ一ツ谷』にすぐ帰ることになった。
「ねえ、お父さん、どうしたの?何が起こってるんだよ」
帰り道、孝が柏に詰め寄った。
孝と手を繋いでいた珠子が、彼に説明をした。
「タカシ、あのね、タカシのことを調べようとしている人がいるみたいなの」
「おれのこと?」
「うん。アパートを出た時から、私たちをつけて来た人がいたの。ショッピングモールでも、その人がタカシに近づこうとしていたから、私は何がしたいのか、その人の考えていることを感じ取ろうとしたの」
「それでタマコは体力を使い果たしちゃったのか。すまないな。それで何か感じたのか?」
孝が珠子を見た。
「うん。ただね、その人は誰かに命令されて孝のことを調べていたの。命令したのは、なんか偉い人みたい」
「やっぱりわかんない。何でおれなんだ」
珠子と孝の会話を聞いた柏は奥歯をぐっと食いしばって、怒りが爆発しないように堪えていた。孝に探りを入れさせたのは、月美に酷いことした男の父親だと確信したからだ。
アパートに戻り、柏の部屋には柏親子と操と珠子が、ノッシーのケージの近くに置かれたソファーに座っていた。
「タマコちゃん、私と孝のせいでプリンを食べ損なっちゃったのね。ごめんなさい」
冷たいルイボスティーをテーブルに置きながら月美が謝った。
「月美さんが謝ることないです」
珠子が言った。
「そうだ。月美も孝も被害者なんだから」
いつになく柏は苛立ちを露わにした。そして、いつもの穏やかな声のトーンに戻して月美に聞いた。
「俺たちが出かけている間、ここで何か変わった事はなかったか?」
「ええ、お義母さんが来てくれたし」
月美は操を見た。
操は月美に優しい顔を向けたが、突然立ち上がると玄関に行きロックを音を立てずに解除した。そして一気に扉を開けた。
そこには操より年上に見える身なりの良い老紳士が驚いた顔で立っていた。扉が突然開いたことに焦ったようだ。
「他人の家の前でずっと様子を覗うのは、あなたのような紳士っぽい出で立ちにはそぐわないわね。目的は何です?」
操はさめた声で言った。
その後ろに柏が眉間に皺を寄せて立っている。
「あんたが命令して、俺たちの後を鼈甲眼鏡につけさせたのか」
怒りを押し殺して話す柏は凄味を感じさせた。
部屋の奥では、珠子が人さし指を立てて唇に当ててから、月美と孝の間で二人と手を繋いで息を殺していた。
玄関では老紳士が名刺を二枚、高級な素材の名刺入れから取り出して、操と柏に渡して謝罪の言葉を述べた。
「失礼な行い、お許し下さい。私は朝比奈万蔵と申します」
「その朝比奈さんがウチに何の御用ですか」
操が相手の目をじっと見ながら聞く。その目力に圧倒されて朝比奈は固まった。
「私の質問にお答えいただけないんですか」
操が目を合わせたまま、朝比奈に詰め寄る。
朝比奈の少し後ろに秘書と思われる頭の切れそうな女と腕力に自信のありそうな男が控えているのが見えた。こちらに近づこうとしたので、操は朝比奈越しにその二人に一瞥をする。途端、顔を恐怖に歪めた二人はその場にフリーズした。
操は目線を朝比奈に戻すと、
「あなたのバカ息子が亡くなったのはご愁傷さまでした。でもね、ウチに、よくもその面を出せましたね。図々しいにもほどがある」
言い放った。
「なぜ……」
朝比奈が声を出したがすぐに口ごもった。
「なぜお宅のバカ息子が亡くなったことを知っているのか、と言うこと?それは秘密よ。ただ私が言いたいのは、私の大事な嫁と可愛い孫に、金輪際近づくな!調べるな!爺面するな!ですわ」
操は目を怒りでメラメラと燃えるように光らせながら笑顔を浮かべた。
すると、体を恐怖で強張らせながら朝比奈が土下座をした。
「お願いです。どうか月美さんと孝君に一目会わせて下さい。お詫びをさせて下さい」
と言った男に、今までのやり取りを動画で撮っていた柏が、思わず怒鳴った。
「ふざけるな!」
朝比奈は柏の方を向いて頭を地面につけた。
「お願いです。どうか一目だけ」
「お帰りください」
操がさめた声で伝えた。