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怪しい影

金曜日の夜、神波柏は仕事を終えて車で帰宅した。アパートの敷地に愛車のミニバンを進めようとした時、男とすれ違った。


「誰だ?」


一瞬だが、ヘッドライトに照らされたアパートの敷地から出てきたその人物は、ここの住人ではなかった。

敷地内の駐車場に駐めた車から降りると柏は建物を見渡した。

夏至に近づき日が長くなったので午後七時を過ぎても周りの様子はそこそこ確認できる。アパートに向かって歩いていると二階の通路に背の高い人物が立っていた。

柏が見上げて声をかける。


「こんばんは」


「こんばんは」


上からも挨拶があった。

柏は階段を駆け上がりその人の傍へ行った。背の高い彼より更に上背のある魚住だった。魚住は208号室の住人で、強面で取っつきづらそうなルックスだが老人や子どもに優しい男だ。


「あの、何か気になる事でもありました?ええと魚住さん?」


柏が聞いた。

この場所からは、建物の北側に面した敷地と入居者専用駐車場が見渡せる。各部屋の玄関はこちら側なので住人の出入りするためのゲートがある。


「はい魚住です。自分は、ちょっと前に帰ってきたんですが、なんか怪しい動きの人が敷地内にいたもので。ここの住人かとも思ったんですけど、神波さんのところの様子を覗っているように見えたので」


「また、タマコにつきまといか…」


「いえ。あなたの、ええと…柏さん?でしたっけ」


「はい、神波柏です。母のところじゃなくてウチですか」


「おそらくなんですが。102号室の辺りをうろついていましたよ。私がここの階段を上ろうとした時、目が合って慌てて敷地から出ていったんだと思いますよ」


「さっき俺の車とすれ違った奴か」


柏は小さく呟いた。


「魚住さん、気にとめてくださってありがとうございます。俺も気をつけます。おやすみなさい」


「おやすみなさい」


挨拶をして二人はそれぞれの住まいへ帰った。


「ただいま」


柏が部屋の玄関扉を開けると


「おかえりなさい。お疲れさま」


月美が出迎えた。


「月美、しばらくの間、玄関の鍵を常にかけておいてくれないか。俺は自分で開けて入るから」


扉にロックをしながら柏が言った。


「どうしたの?何かあった?」


月美が通勤鞄を受け取りながら不安そうな顔をする。


「不審者がうろついているみたいだ」


柏は月美の肩を抱きながら部屋の奥へ入って行った。


「また、珠子ちゃん狙われてるのかしら」


「それがさ、今回はウチみたいなんだ」


「えっ、どういうこと?」


「わからない。さっき二階の魚住さんと会ってさ、知らない奴がウチの様子を覗ってたのを見たって言われた」


「気味が悪い」


「タカシには恐怖感を与えたくないけど戸締まりの注意はしておくか」


「そうね。それにしても我が家の何を探っているのかしら」


「ま、本当にウチなのか、実は母さんのところを探っているのかわからないけど用心に越した事はないからな。俺、後で隣に話してくる」


「ええ。お義母さんの耳に入れておいた方がいいわね」


「ところで月美、おかえりのチューがまだだ」


と柏がおねだりをする。何しろ二人はまだまだ新婚気分なのだ。




「母さん、俺。こんばんは」


柏がインターホンに声をかける。操が玄関扉を開けて招き入れた。


「こんな時間にどうしたの?」


奥のソファーに柏を座らせると、珠子のお気に入りなのよと操は言いながら山野園の水出し緑茶をテーブルに置いた。


「おっ、この冷茶美味いじゃん」


柏が一気に飲み干したので、操が冷蔵庫からお茶のポットを持ってきてグラスに満たした。


「ありがとう。タマコはグルメだな」


「そうよ。姫はお茶一つとっても味にうるさいの。ところで何かあったの?」


操に聞かれて、柏の顔が急に強張った。


「さっき魚住さんと会ったんだけど、ここの住人じゃ無さそうな奴がさ」


「うん」


「俺んちの様子を覗ってたらしい」


「あんたの部屋を?」


「ああ、魚住さんはそう言っていた。俺も車でここの敷地に入った時、知らない奴とすれ違った」


「あんたの知らない人なの?」


「チラッと見ただけだからな。顔は男としかわからなかった。魚住さんに見られて慌ててここから出ていったんじゃないかな」


「心当たりは無いの?」


「無い。少なくとも、俺も月美も思い当たらない。母さんの部屋と勘違いしてるかもな」


「まあ、あんたのところよりウチの姫の方が可能性はあるかも」


「とにかく、お互い気をつけた方がいいと思ってさ」


「そうね」


「ところでタマコはもう寝たのか」


「まだ寝てないよ!」


浴室の方から跳ねるように珠子がやって来た。


「カシワ君、こんばんは」


柏の隣にポンと座ると


「どうしたの?」


珠子は彼を見上げた。


「明日さ、俺たちとショッピングモールに行かないか」


「行く!タカシも一緒でしょう?」


「もちろん。あいつがタマコに何かお礼をしたいんだって。高熱で扁桃腺が辛いときのゼリーは感動ものだったみたいだ」


柏が珠子の頭を撫でる。


「母さん、タオルちょうだい。こいつの髪、結構濡れてる」


「姫」


操がタオルを柏に渡し、軽く珠子を睨む。柏に髪をぐしゃぐしゃと拭かれながら珠子はペロリと舌を出す。


「カシワ君の声がしたから、急いで来ちゃった」


「しょうがない子」


珠子が可愛くて仕方ない操は髪を拭かれている孫を優しく見守った。


「タマコ、明日十時ごろ迎えに行くから」


と言って、玄関に立った柏は帰っていった。




翌日、孝の元気な声が珠子を呼んだ。

玄関扉を開けて操が顔を出す。


「タカシ君、元気になって良かったわ」


「おばあちゃん、ゼリーありがとう。凄く美味しかった。喉が楽になって助かりました」


「あれは姫がタカシ君に食べさせたいって言ったの。もうすぐ、あの子が出てくるから待っててね」


姫!と操が奥に声をかけた。


「お待たせ!」


水色のワンピース姿の珠子が出てきた。ポニーテールにした髪は、孝が作ったトンボ玉の髪ゴムで括られていた。


「タマコは本当にシロクマが好きだな」


と言いながら孝は珠子の背中に背負ったシロクマリュックを撫でた。


「ぬいぐるみ背負って暑くないのか?」


柏に聞かれて


「ちょっと暑い」


珠子は苦笑いをした。


「それじゃ、いってきます」


珠子と孝は手を繋ぎ、その後ろに柏が続き三人はアパートを出て行った。


「いってらっしゃい」


「気をつけてね」


操と月美が見送った。

敷地を出てすぐ、珠子が立ち止まった。


「どうした?」


孝が珠子を見る。


「ごめん。何でもない」


珠子は無理矢理笑顔を作り、孝の顔を見上げる。

それを見た柏は、眉間に皺を寄せた。

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