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退屈なゴールデンウィーク

珠子が幼稚園に通うようになって初めてのゴールデンウィークも後半になった。


「ミサオ、退屈だね」


ソファーに仰向けになって珠子がため息をつく。


「元太の顔でも見に行く?」


操がサワードリンクの素を仕込みながら提案した。

珠子は起き上がり、キッチンに行くと首を横に振った。


「パパが帰ってこなかったから、ママのところには行かない」


珠子の父、源は去年の十月に生まれた元太のために育休をたっぷり取ったので、今回のゴールデンウィークはこちらに帰ってこなかったのだ。

そして、珠子と母の鴻はあまり相性が良くない。と言うか、お腹を痛めて生んだ我が子の珠子に対して、鴻は怯えているのだ。それは、珠子の持つ特別な力のせいで、本人も自覚し仕方ない事と理解している。


「ところでミサオは何をしているの?」


珠子は、操がガラス瓶に氷砂糖と皮を剥いて輪切りにしたキウイとレモンの絞り汁とリンゴ酢を入れて蓋で密閉しているところを見つめた。


「サワードリンクを作っているの」


「サワードリンク?」


「こうやってガラス瓶に入れて揺らさずに置いておくの。底の氷砂糖が溶けたら、水や炭酸水で割って飲むのよ」


と、言いながら操は瓶を野菜室に入れた。


「ミサオって、去年もこういうドリンクを作っていたっけ?」


「今年初めて作った。ご近所さんからキウイをたくさんいただいてね。月美さんとコウちゃんと茜たちにも配ったんだけど、まだ熟してないから結構酸っぱいの。リンゴと同じ袋に入れておくと早く熟すんだけど、今、ウチにリンゴがないからね。それに姫は、そのままだと食べてくれないだろうから、割って飲むジュースの素を作ってみたの」


操はシンクを片づけながら珠子を見た。確かに珠子にとってキウイは相当酸っぱい果物だろう。

シンクを片づけ終わってタオルで手を拭いている操に、珠子が抱きつく。


「ミサオ、退屈です」


「姫の大好きなタカシ君は?」


「親子三人でお出かけしちゃった」


悲しそうに珠子が言う。


「そう。たまには親子水入らずも大事よね」


「ミサオ、私たちも水入らずでどこかに行こうよ」


「そうね。姫は行きたいところある?」


「うーん。どこも浮かばない」


情けない声で珠子が答える。


「それじゃいつものように商店街でお買い物する?」


「プリンちゃんのお店も行きたい!」


「構わないけど混んでいて店内でゆっくりできるかわからないわよ」


「わかった」




操と珠子は手を繋いで商店街に向かった。街路樹の足もとに四角く刈り込まれたツツジの白やマゼンタ色の花が目に眩しい。


「いい天気ね」


「歩くと、暑くなってくるね」


「姫、喉が渇いた?」


「うん。山野園の冷たいお茶も飲みたいね」


「それも、いいわね。ところで今夜は何を食べようか」


「コロッケ!」


「それじゃ、たんぱく質が足りなそう。トンカツとかどう?」


「脂身がなぁ。ちょっと苦手だな」


「じゃあ、奮発してヒレカツは?」


「それなら食べられそう。甘いソースをかけてパンに挟んで食べたい」


「いいわね。それにしましょう、夜ごはん」


二人は商店街の入り口に店を構える吉田精肉店に顔を出した。


「いらっしゃい。ミサオさんたちは、相変わらず仲良しさんね」


ここの主の嫁で、主より偉い正子が元気に話しかける。


「マサコちゃん、こんにちは。まだ五月なのにこんなに暑くなっておかしな気候ね」


「ホント、この暑さは異常よねぇ。タマコちゃん、幼稚園は楽しい?」


「はい。私と同じ年の子どもがたくさんいて面白いです」


「へえ、面白いんだ」


正子が不思議そうな顔をしたので、操が珠子の話の補足をする。


「姫は、ずっと大人に囲まれて過ごしていたから、幼稚園のお友だちと過ごすのはとても新鮮に感じるんだと思うわ」


珠子は操の顔を見上げて、うんうんと頷いた。


「マサコちゃん、ヒレカツ二枚と筋取りの鶏ささみを四本とロースハムを百グラムお願い。ゆっくりこの辺を回るから帰りにもらうわ」


操は会計を済ませると


「それじゃ、あとでね」


珠子の手を取って商店街の奥へ進んで行った。


「ミサオ、プリンちゃんのところ、混んでるね」


珠子が、大好きなベドリントンテリアのプリンが看板犬をしているスイーツカフェの『ぶるうすたあ』の前で、残念そうな声を出した。

ここは、開店当時は前の店(アジア雑貨店だったらしい)のままの店構えで、通りから店内が見えない造りだったが、今は正面がガラス張りになって店内がまるまる見えるようになった。おかげで満席なのと注文カウンターも結構な人数が並んでいるのが確認できた。


「さすがゴールデンウィークだね。姫、帰りに何かテイクアウトしようね」


操は珠子の肩を抱きながらカフェを通り過ぎた。


「ミサオ、お茶飲みたいね」


「山野園に行こうね」


「うん」


お茶と海苔の店、山野園に入ると、


「お茶葉の匂いだ」


珠子が深呼吸した。


「いらっしゃい。タマコちゃん」


店主の山野祐子が出てきた。


「こんにちはユウコさん。姫が山野園(ここ)の冷たいお茶が飲みたいんですって」


操が言うと、祐子は嬉しそうに透明なプラカップに入った明るい緑色の冷たいお茶を出してくれた。


「どうぞ。これはね水出しなのよ」


と、祐子が言いながらお茶を飲む珠子の表情を見た。


「すっごく美味しいです。色も綺麗」


「タマコちゃんにそう言ってもらうととっても嬉しいわ」


「ユウコさん、これってどうやって淹れるの」


一気にお茶を飲み干した操が聞いた。


「茶葉をティーバッグにしてあるから冷水ポットに入れて水を一リットルぐらい注いだら冷蔵庫で二時間ほど冷やして」


祐子の説明を聞いて珠子が操を見た。


「お家でもこれ飲みたいです」


「はい、了解。ユウコさん、これ頂いていくわ」


「ありがとうございます。おかわりをいかが?」


祐子が勧めると


「いただきます」


操と珠子が声を揃えた。

それから二人は、相変わらず混んでいるカフェで看板犬プリンに挨拶をしてフルーツサンドをテイクアウトすると、吉田精肉店でヒレカツなどを受け取り、アパートに戻った。


「ミサオと行くお買い物は、やっぱり楽しいね」


キッチンで買ってきた物を冷蔵庫に入れている操の背中に珠子が言った。

操は冷蔵庫の扉を閉じると、珠子に向き合い微笑んだ。


「私もよ、姫」


ゴールデンウィークの退屈だった一日が、いつもの充実した一日として過ぎていった。

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