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夏の予定

「ミサオ、去年、潮干狩り行ったね」


土曜日、珠子が昼のニュースで遠浅の海岸が映し出されたのを見ながら、ソファーからキッチンの操に大きな声で話しかけた。


「姫、冷やし中華できたわよ。赤しそジュースもあるわよ。綺麗な色でしょう」


食卓に冷たい麺の皿と鮮やかな赤紫色の液体で満たされたグラスを置きながら、珠子を呼んだ。だが、珠子の話が聞こえなかったのか潮干狩りに一切触れなかった。

珠子はテレビを消して、食卓の倚子に座ると操にもう一度同じ話をした。


「ミサオ、去年、潮干狩り行ったね」


操はチラッと珠子を見て


「いただきます」


と言って箸で醤油味の甘酢がかかった中華麺を持ち上げた。


「いただきます」


珠子も上に乗った錦糸玉子を口に運んだ。


「潮干狩り…」


珠子が更に言うと、


「今、シーズンね」


やっと操が話題に乗ってくれた。


「楽しかったね」


と、珠子が言う。つまり、今年もアサリを採りに行きたいのである。


「車が無いと行けないわね。私は免許も無いし。タカシ君も怪我が治ってないからカシワたちと行くのも無理だわ」


「そうだよね」


珠子は残念そうな顔をする。


「夏休みに、どこか水辺に行きましょうか」


あまりに落胆した孫を見て、操は思わずそんなことを言ってしまった。


「どこ?どこに行くの!」


珠子が前のめりに聞いてくる。


「いや、何も決めてないんだけど。姫が、あんまりどこかに行きたそうだったから」


操は珠子の喜ぶ顔が見たいのだ。


「そうだ。姫、あなたがどんな所で何をしたいか考えて私に教えて。そうしたら、できるだけその希望に添えるようにプランを練るわ」


「わかった!夏休みのお出かけを考えるね」


珠子が瞳をキラキラさせて操を見る。


「よーく考えて決まったら教えてちょうだい。でも、その前にちゃんとお昼を食べてください」


珠子の嬉しそうな顔を見て、操は思わず目尻を下げた。彼女にとって孫の笑顔は何にも代え難く尊いのだ。

冷やし中華を食べ終えて、操お手製の赤しそジュースを少しだけ酸っぱそうな顔で飲み干すと


「ごちそうさまでした。美味しかった」


お腹を擦りながら珠子は立ち上がり、皿を両手で持って残っているタレをこぼさないように、ゆっくりとシンクに持っていった。


「グラスは私が片づけるから、そのままでいいわよ」


操が言うと、


「はい」


珠子は元気よく返事をして


「タカシのところに、お出かけの相談をしてくる」


と、言いながら玄関へ消えた。




珠子は手を上に伸ばして、柏の部屋のインターホンを押した。


「タカシいる?」


玄関の扉が開いて柏が顔を出した。


「タマコ、いらっしゃい。入って」


「おじゃましまーす」


「タカシは自分の部屋で昼寝してるから、起こしておいで」


柏に言われて、珠子は頷くと孝の部屋へ向かった。

部屋のドアが開いていたので、珠子はそっと覗き込んだ。ベッドで大の字になって孝が爆睡していた。

珠子の後ろに柏がやって来て、小声で言った。


「あいつの寝顔、可愛いだろ」


「うん。少し口が開いていて、可愛い」


珠子も小声で言う。


「鼻をそーっと摘まんでみな」


柏に言われて、珠子が孝の鼻を摘まんだ。

フガっと音を立てて息をした孝が目を覚ます。

覗き込んでいた珠子を、まだ焦点の合わない目つきで彼が見た。


「タカシ、起きて」


「タマコ…」


と、言って孝はまた目を閉じようとした。珠子は透かさず、孝のほっぺたにチュッとキスをする。


「タマコ」

彼は驚いて目を覚ました。


「チューで目を覚ますなんて、眠れる森の王子様だな」


二人の様子を部屋の入り口で見守っていた柏が笑う。


「タカシ、夏休みどこへ行きたい?」


寝ぼけ(まなこ)の孝に、珠子が食い入るように聞くと、逆に聞き返された。


「急にどうしたの?」


「去年、潮干狩りに行ったでしょう。今年も行きたいって言ったらタカシの怪我が治ってからにしなさいって、ミサオに言われちゃった」


「なんか、ごめん」


自分の怪我で珠子が遊びに行きたいのを我慢するのは申し訳ないと、孝が謝る。


「違うの。そうじゃないの。夏休みならちょっと大変な予定でも大丈夫かなって、どこに行って何をしようかって、タカシと考えたかったの」


「そうか。じゃあ、お父さんも一緒に考えようよ」


すっかり目覚めた孝が、珠子の後ろに立っていた柏を見た。


「そうだな。今のうちに決められれば、夏期休暇の取得がスムーズにできるな」


と言って、柏はタブレットを手にした。


「キッチンに行くぞ。月美の意見も聞きたいからな」


三人は食卓に座ると、作り置きのおかずを作っている月美の背中を見つめた。

背後に感じた視線に月美が振り返る。


「何?みんなの目力ビームを凄く感じたんだけど」


「あのさ、夏休みにみんなで出掛けようと思って。お母さんの行きたいところを聞きたいんだけど」


孝がお伺いを立てた。


「私はみんなの行きたいところでいいわよ。珠子ちゃん、お義母さんはなんて言ってるの?」


「ミサオは私が行きたい場所と何をしたいかが決まったら教えてって言ってるの」


「だったら、お義母さんもここで一緒に話し合ってもらったら」


月美が言うと、柏は操に連絡を入れた。


「なんか大事(おおごと)になってるみたいね」


操がやって来て、珠子と柏を見る。


「せっかくみんなで出かけるんだから、しっかり計画を練らないとな」


柏が子供のような笑顔で言う。


「姫は海に行きたいんでしょ」


操が珠子に聞く。


「海じゃなくてもいいよ。ただ、夏は凄く暑いから水に触りたいなって思ったの」


珠子の希望に、孝がタブレットを触って


「今年は湖に行こうよ」


と、提案した。


「みずうみって、どんな海?」


珠子が、何?と言った顔をした。


「海じゃないよ。目の前に広がる感じは海みたいだけど、水はしょっぱくないし」


孝が説明すると、舌なめずりしながら珠子は興奮気味に言う。


「しょっぱくないの?味を確かめたい!どんな味なんだろう!みずうみ行きたい!」


と、言うことで今年の夏は湖に行くことに決まったのだった。

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