葵ちゃんのこと(2)
幼稚園での時間が終わって、葵と賢助はそれぞれの母親の了承をもらって珠子のアパートに集まった。
「おじゃまします」
「どうぞ、どうぞ。二人ともあがって」
操が葵と賢助に奥のソファーを勧める。
「午前中に商店街のプリンちゃんのお店に行ってきたの」
と、言いながら『ぶるうすたあ』のクッキーサンドを皿に並べて麦茶と一緒にテーブルに置いた。
「プリンちゃん元気だった?」
珠子が聞くと操はにっこり笑った。
「ええ、相変わらず跳ねるように出迎えてくれたわ。葵ちゃん、また遊びに来てくれてありがとう。賢助君、姫と仲良くしてくれてありがとう。クッキー食べてね」
操が二人に笑顔を向ける。
「いただきます」
珠子たちはクッキーを頬張った。操の話を聞いて賢助が不思議そうに質問した。
「珠子ちゃんのおばあちゃん、なんで姫って呼ぶの?」
「私にとって、この子は姫様だからよ」
「姫様?」
「そう。お姫様。そのくらい可愛くて愛おしいってこと。賢助君も葵ちゃんも、ご両親は私と同じように思っているんじゃない。姫とか殿とかは言わないだろうけど」
操の話にそうなのかなぁと賢助は考えた。自分は母親に怒られてばかりいるような気がする。彼の様子を見て操が言う。
「賢助君、お母さんに、人の話をちゃんと聞きなさいって怒られる事が多くない?あと、周りをよく見て動きなさいって言われてるでしょう」
えっと、賢助が驚いた。
「お母さんから聞いたの?」
「いいえ。私は勘が良いの。お母さんは、あなたが転ばないように、怪我をしないようにって願ってるの。あなたの事が大切だから言うんだわ」
「確かに、落ち着きがないって言われる。珠子ちゃんのおばあちゃん凄いな」
「そんなことないわ。ただ私が感じるのは、あなたたちはご両親に愛されてるってこと。ところで、今日は葵ちゃんのことをお話するのかな」
操が三人の顔を見つめながら聞いた。みんなが頷く。
「珠子ちゃんのおばあちゃん」
葵が口を開く。
「どうしたの?」
「あのね、私、珠子ちゃんと賢助君に私の本当の事を聞いてもらったの」
「本当の事?」
「私ね、女の子になりたかったの」
「そうなんだ。良いんじゃない。今は男の子でもレディースの服を着たり、その逆もあるでしょ。肌のケアも私なんかより、よっぽど手入れをしている男子が多いし、私は葵ちゃんの気持ちを尊重するわ」
操の考え方に珠子はうんうんと頷きながら、葵に向き合う。
「でもね、葵ちゃん、無理にみんなに本当の事を言わなくていいと私は思うよ」
「うん」
「葵ちゃんの事をわかっているのは、おれたちだけでいいよ」
賢助も珠子の意見に賛成した。
「中山先生にも、私たちの秘密にするから、先生も内緒の話にしてって伝えたよ」
と、珠子はいった。
「珠子ちゃん、気を使ってくれてありがとう。私、いつも通りにしてる。賢助君、こんな私だけど仲良くしてね」
葵は二人の手を握った。
珠子は頷き、賢助は
「おれは、今まで通り葵ちゃんを可愛い男の子として接するよ。もちろん、オンナ男とは絶対言わないから」
今までゴメン、と謝った。
葵の話がまとまって、三人がクッキーサンドを食べていると、
「タマコ、いるか」
インターホンから孝の声がした。
操が玄関の扉を開けて、部屋に入った孝のもとに珠子が走り寄ると
「タカシ、リハビリ行ってきたの?」
彼の右腕にしがみついた。
「うん。関節の運動をしてきた。奥にお客さんがいるのか?」
「幼稚園のお友だちが来てくれたの。クッキーサンドがあるよ。一緒に食べよう」
珠子が孝をソファーのところへ引っ張っていった。
「孝君、こんにちは」
葵が挨拶をすると、隣の賢助もコクンとお辞儀をした。
「こんにちは」
と挨拶をしながら、友だちって二人とも男の子じゃないか、と孝はお腹の中で文句を言いながら珠子を軽く睨むと、彼女は、なあにと彼を色っぽい眼差しで見返す。
「タカシは私の彼氏なの」
右腕を抱きしめたまま珠子が言うと、葵は羨ましそうな顔をした。葵と同じひとりっ子の賢助は、こんなお兄さんがいたらいいなと憧れの視線を送った。
「あの、孝君」
葵が、もじもじしながら孝を見る。孝が葵に顔を向けると、
「あの、私も珠子ちゃんみたいに孝君と仲良しになれますか?」
葵は勇気を出して聞いてみた。
「あ、ああ」
孝は、友人ではなく仲良しと言われた事に戸惑って変な返事をしてしまった。その様子を見ていた賢助も孝に向かって言う。
「おれ、孝君をお兄さんみたいに思ってもいいですか?」
「あ、ああ」
人見知りな孝は、賢助の言葉にも口ごもって上手く返事ができなかった。
ただ、珠子が葵をじっと見て
「残念だけど、葵ちゃんは私と同じくらいの仲良しにはなれません。何でかって言うと、タカシの彼女は私だけだから。葵ちゃんは可愛くて美人だけど、お友だちで我慢してください」
孝の右腕を更にぎゅっと抱きしめた。
「わかった。それじゃ孝君、普通にお友だちになってください」
「あ、ああ」
結局、孝は同じ返事しかできなかった。