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珠子の家族と孝の家族(1)

『ハイツ一ツ谷』の202号室。

今朝そこでは、神波家の双子の姉妹である茜と藍そして彼女たちと一緒に仕事をしている山口月美(つきみ)が、これから伺うお宅とそこでの作業の打ち合わせをしていた。彼女たちの業務は家事代行で、茜がスケジュール表を確認する。


「これから伺うのは、一丁目の渡辺様。十時スタート正午終了で内容は水回りをきれいにします。浴室・洗面台・キッチンの流しとトイレの清掃です。私と月美さんで行います」


「藍は四丁目の江口様、十一時スタート十三時半終了で庭の草取りと掃除、ベドリントンテリア・グレイちゃんの散歩、いつものコースです」


「了解」


藍が小さな手帳にメモをする。


「午後は十三時から一丁目の花村様で、おかずの作り置き八品リクエストありで十五時終了、私が担当します」


「十六時から私と藍で一丁目の林様、食事会用に見栄えの良い料理とデザートを十品以上調理するのと片付けで、二十時終了予定。以上です」


茜が予定を言い終わると、藍が小さなマドレーヌとフィナンシェを器に入れて持ってきた。


「お母さんのところからくすねてきた。出かける前に食べよう」


「一口サイズは食べやすいね。お母さんこれにはまっているんだ」


「うん。そうみたい。たくさんあったからマイブームだと思う。ところで、月美さん、体調は大丈夫?今日は結構体を動かす仕事だからキツいよね」


月美は首を横に振った。


「大丈夫です。穴を開けたところが時々疼くくらいで、治療する前の体調不良は全く無いんです。神波の皆さんには本当感謝しています」


月美には10歳の息子がいる。名前は孝。彼は茜と藍の兄、柏と柊の友人で彼らが飼っているリクガメ・ノッシーの名付け親だ。孝が月美から虐待を受けているようだと柏と柊が彼らの母、操に相談してから月美と神波家の付き合いは始まった。

孝に対するネグレクトや暴力は、月美の体調不良からの失業・母子家庭貧困・彼女の精神疾患によって起きたことだった。虐待は、もちろん彼女の本意ではない行動だった。しかし、その時の彼女は追い詰められていた。具合が悪くてもお金が無い、病院に行けない、症状が悪化するという悪循環に陥る。そんな時、操が月美に会いに来た。

操は月美の代わりに役所で病気療養に関する手続きや母子家庭支援の事などを相談した。

月美は操のかかりつけの医師から総合病院を紹介してもらうと、大きな肝嚢胞(かんのうほう)が見つかり治療することになった。それは、普通あまり症状が出ないものなのだが、月美の場合は嚢胞が大きくなりすぎて他の臓器をかなり圧迫し、腹部の痛みや膨満感、吐き気や倦怠感や摂食障害を起こして体が衰弱していた。

病棟のベッドが空き次第入院し、いくつかの検査を経て経皮的ドレナージで嚢胞の中身を排出し、その後薬剤を注入する治療を受けた。今は体調も落ち着いて、少しずつではあるが茜と藍の仕事を手伝わせてもらっている。


「月美さん、そろそろ私たちは出発しましょうか」


「はい、よろしくお願いします」


茜たちが部屋を出る。


「いってらっしゃい」


藍が二人を送り出した。




昼過ぎ仕事を終えて戻ってきた月美が茜たちの部屋を出て階段を下りると、下から女の人が上って来た。お互いに会釈をした。

下には珠子と操が立って階段を見上げていた。珠子は小さな手を思いっきり振りながら二階に向かっている女性を見つめていた。

操は月美を見て微笑んでいる。


「月美さんこんにちは。仕事終わったの」


「はい。操さんこんにちは。珠子ちゃんこんにちは」


「タカシ君のおかあさんこんにちは」


「月美さん、時間があればウチでお昼食べてかない」


「いいんですか」


「たいしたものは無いけど寄ってって」


三人は101号室に入っていった。

野菜たっぷりの塩焼きそばとツナとワカメの酢の物で昼食を済ますと、


「ごちそうさまでした。美味しかった」


月美は食器を流しに持っていき洗い終わると席に戻り、操はお茶を淹れると湯呑みを月美に渡した。


「片付けありがとう。タカシ君は元気にしている?」


「はい、柏さん柊さんが呼んでくださって、リクガメに会いによくお邪魔しているみたいです。今日も夕方会いに行くんだって言ってました」


「ああ、そうなのね。だったら夜もウチで食べてらっしゃいな、タカシ君と一緒に」


「いえいえ、そんな甘えられません」


「いいのよ。たまには大家族気分を私に味あわせて」


そう言って操は鴻に連絡を入れた。


「もしもしコウちゃん、今夜こっちでご飯食べない。うん。タカシ君たちも一緒、じゃあ、二時間後に買い出し、うん、運転よろしくね。それじゃ後ほど」


電話でのやりとりを聞いていた月美は恐縮した。


「操さん、何か大ごとになってしまって」


「そんなこと無いわよ。ちょうど買い出しに行きたかったし、月美さんもいてくれれば荷物持ってもらえるでしょ。手伝ってね」


「はい、もちろんです」


「月美さん治療後の経過はどう?」


「おかげさまで、この間病院でエコー検査を受けて問題ありませんでした。これからも定期検診は必ず受けます」


「うん、月美さんが元気になって良かったわ。タカシ君もすごく明るくなったって柏たちが言っていたし」


「あの子には、酷いことをしてしまったので……」


月美はぽろりと涙をこぼした。その様子を見ていた珠子が言った。


「タカシ君、おかあさんを大好きだよ。前にね、カシワ君とヒイラギ君に背中を見られた時ね、おかあさんは悪くないってタカシ君が大きな声で言ったの。それを見て私、わかったの。おかあさんが本当に大好きなんだなって」


「ありがとう、珠子ちゃん」


月美は珠子の手を握った。そして、


「これはナイショの話なんだけど、孝は珠子ちゃんが気になってるみたい」


と言うと、操もニヤリとしながら珠子を見た。


「やっぱり、私も思ったわよ。タカシ君はノッシーと姫に会いに来てるんだなって」


「そんなことない!」


珠子はちょっと顔を紅くして不機嫌な声を上げた。

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