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リハビリの付き添い

今日の幼稚園は午前中で終わりなので、昼前に操が迎えに来た。


「姫、帰るわよ」


「はーい。中山先生さようなら」


「珠子ちゃん、さようなら。また明日」


ばら組の担任、山中ヒロミが大きく手を振った。

幼稚園の門を出ると、その先の小学校の前に孝が立ってこちらを見ていた。珠子が気づいて大きな声をあげた。


「タカシ!」


「タマコ」


孝が右手をあげる。


珠子が走って傍に行くと


「走ったら転ぶぞ」


あげていた右手を珠子の頭にポンと置いた。


「うん、わかった。タカシ、帽子は」


「バッグのいつものところに入ってる」


珠子は孝のショルダーバッグの前側にある大きなポケットに手を突っ込んで臙脂色と黄色のキャップを引っ張り出した。

珠子の幼稚園の制服と帽子とバッグの色を模したそのキャップの形を整えると、膝を曲げて突き出した孝の頭にしっかり被せた。

そして、彼の右手にしがみつくと


「タカシ、帰ろ」


と言って並んで歩いた。


「タマコ、車道側はダメだ。おれの左に並べ」


「はーい」


珠子は仕方なさそうに孝の左に移動してチラチラ彼の顔を見上げた。

後ろでその様子を見ていた操はクスッと笑いながら


「姫に振り回されてるタカシ君は本当に優しいわね」


と、小さく呟いた。


「タマコ、これからリハビリをしに病院に行くんだけど、おまえも来るか」


「行ってもいいの?」


「うん。あのさ、手首の運動をしながら、リハビリの先生といろんな話をしたんだけど、その時タマコのことも話したんだ。そうしたら先生が、おまえに会ってみたいって」


「私もタカシがリハビリをしているところを見たい」


珠子がそう言うと、孝が振り向いて操に聞いた。


「おばあちゃん、午後にタマコを連れて病院に行ってもいいかな?」


「タカシ君とその先生が良ければ、私は構わないけど」


と、操が答えた。




昼食後、孝が珠子を迎えに来た。


「タマコ、行けるか」


インターホンの声に、珠子と操が玄関の外に出てきた。


「タカシ君、姫は本当に邪魔じゃないの?」


「はい。先生もタマコに会いたいって言ってたし」


「あれ、月美さんは行かないの?」


孝の後ろに立っているエプロン姿の彼の母を見て操が聞いた。


「最近はこの子一人で通っているんです。珠子ちゃんを連れて行くのなら私も一緒に行くって言ったんですけど、ついて来なくていいって言い張るものですから」


月美は困った顔で答えた。


「大丈夫。隣の駅から歩いてすぐのところに病院があるから、二人で行けるよ」


孝が操と月美に向かって、はっきり言うと右手で珠子の手をしっかり握った。


「はい。二人で行けます。こうやって、ちゃんと手を繋いでいるから平気だよ」


珠子も大きな声で言った。


「わかったわ。姫、タカシ君が左手を怪我してることを忘れないでね。二人とも気をつけていってらっしゃい」


「いってきます」


孝と珠子は声を揃えて言うと、手を繋いでアパートの敷地を出ていった。


「お義母さん、孝が我がままを言ってすみません」


月美が恐縮する。


「そんな、謝らないで。タカシ君は自分がリハビリを頑張っている姿を姫に見せたいのね、きっと。姫はデート気分なんでしょうけど」


と、操は笑った。




病院で受付をすませると、孝たちはリハビリ棟の待合スペースで名前を呼ばれるのを待っていた。リハビリルームは壁の一面がガラス張りになっていて、珠子たちのいる待合スペースから中の様子が見えるようになっていた。


「神波さん、神波孝さん」


濃紺のリハビリスタッフ用ユニフォームを着た女の人が孝を呼びに現れた。すらりとして髪の毛を後ろできゅっと一つに纏めた綺麗な女の人だった。珠子は、そのきりっとした立ち姿が彼女の叔母の(あかね)(あい)みたいだなと思った。


佐田(さだ)先生、こんにちは」


孝が倚子から立ち上がり珠子を紹介する。


「今日は前に話をしたタマコを連れてきました」


佐田が二人の前に立つと珠子の顔を見た。


「あなたが珠子さんですか」


「はい。初めまして。神波珠子です。タカシがお世話になってます」


佐田が一瞬驚いた顔になり、すぐ笑顔になった。


「理学療法士の佐田です。しっかりしたお嬢さんですね。それじゃ神波さん、運動を始めましょうか」


「こいつも部屋に入っていいですか?」


「特別に許可します。珠子さんもどうぞ」


「はい!」


元気よく返事をすると珠子は孝の右手を引いて佐田の後に続いた。

左手首と肩をゆっくり動かしたり、重りをゆっくり持ち上げたり、指を動かしたりと孝が佐田の指示に従って、筋肉や関節の腱を鍛えた。

腕を動かしながら、佐田が珠子に聞いた。


「珠子さんが神波さんを引き止めたから、事故に遭ってしまった彼の被害が小さく済んだって聞いたんですけど」


珠子は悲しそうな顔で首を横に振った。


「もっと、しつこくタカシを掴んでいれば大怪我をしなかったんです」


孝が手首を指示通り動かしながら、それを否定した。


「違うんだ。おれ、遅刻をしたくなくて結構走っちゃったんだ。遅れてもいいから歩いていたら巻き込まれなかったと思う」


二人の話を聞いていた佐田が優しく話をした。


「起きてしまった事は変えられないけど、その経験を教訓にすることはできるわね。神波さんはかなりの回復を期待できるし。珠子さん、彼はとても真面目にリハビリを頑張っているの。早く左手を治して、どちらの手でもあなたと繋ぎたいんですって」


「タカシは私と手を繋いで、必ず車道側を歩いてくれるんです。でも今は車道の左側を歩く時、手を繋げないです」


珠子の話を聞いて佐田はうんうんと頷いていた。

カルテを確認しながら、最後に少しだけ肘の曲げ伸ばしをして今日のリハビリは終了した。


「神波さん、手首は確実に良くなっていますよ。肩と肘は、骨折で固定しているために運動不足になっているので関節が固くならないように動かしています。これからもこの調子で頑張りましょう」


佐田の言葉に孝は、はい、と元気に返事をした。


病院を後にして孝と珠子は並んで駅に向かっていた。


「タカシ、リハビリ頑張っているね」


珠子が感心しながら孝を見る。


「だってこの道を駅に向かうのに手を繋げないだろう」


確かにこの道を病院に向かう時は手を繋げたが、帰りは繋げないのでただ並んで歩いている。


「おれ、おまえの手を握るの好きなんだ。なんか癒される」


孝が真面目な顔で珠子を見る。


「うん」


珠子は嬉しそうに恥ずかしそうに頷いた。

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