葵ちゃんが遊びに来た
「珠子ちゃん、今度遊びに行ってもいい?」
保護者のお迎えを待っている時、永井葵が聞いてきた。
「うん。ウチに来るのは構わないけど、葵ちゃんのお家ってどの辺なの?」
「商店街の近くだよ」
「じゃあ結構ウチのアパートと近いね。葵ちゃんのママが良いって言ったら、今日おいでよ」
二人が並んで座りながら話をしていると、葵の母親が先に迎えに来た。
「葵、お待たせ」
「ママ、今日さ、珠子ちゃんのお家に遊びに行っていい?」
「今日なんて、急でご迷惑じゃないの」
葵によく似た整った顔をした母親が言った。
「葵ちゃんのママ、こんにちは。神波珠子です。ウチは今日でも全然大丈夫です」
珠子が挨拶をしながら話をしていると、操も迎えに来た。
「姫、お待たせ」
「ミサオ、葵ちゃんとウチで遊んでもいいよね?」
「もちろん、いいわよ。葵ちゃんのお母さん、ほぼ初めまして。神波珠子の祖母の神波操です。葵ちゃんがウチの子と仲良くしてくださって嬉しいです」
操が挨拶をする。
「永井葵の母の永井レイラです。よろしくお願いします。あの、この子が今日お伺いしてもいいんですか?」
「はい、どうぞどうぞ。帰りはお宅までお送りしますから」
「はい、私とミサオで帰りは葵ちゃんのお家まで送ります」
操と珠子が同時にレイラに向かって言った。
「お二人、気が合うんですね」
レイラが微笑んだ。
「ママ、珠子ちゃんのお家に行ってもいいでしょう」
葵がレイラにお願いをすると、
「わかりました。神波さん、珠子ちゃん、この子がお邪魔したいと言うので面倒を見てやってください」
と言ってお辞儀をした。
「レイラさんもウチの場所を知っていた方がいいですよね。ここからだとウチのアパートは、葵ちゃんのお家への通り道になるので一緒に帰りましょう」
と操が言うと、四人は、ばら組の中山先生にさよならを言い幼稚園を後にして『ハイツ一ツ谷』へ向かった。
アパートに着くと、レイラは葵の黄色い帽子とバッグを手にして
「お世話になります。連絡をいただければ迎えに参りますので」
と、操に言った。
「大丈夫ですよ。葵ちゃんはお宅までお送りしますよ」
と、操が返した。
「お言葉に甘えさせて戴きます。葵、お行儀よくしてね」
「うん。わかった」
葵がコクンと頷いた。
「珠子ちゃん、仲良くしてくれてありがとう。よろしくお願いします」
「こちらこそです」
珠子は元気に言うと、葵と一緒にレイラに手を振った。
レイラは操にお辞儀をして帰っていった。
操の部屋に入った珠子と葵は、奥のソファーに並んで座ると、塗り絵をしたり、テレビのアニメを見たりして過ごした。
操はビスケットとココアを二人が遊んでいるテーブルに置くと
「葵ちゃん、あなたのお母さんは凄く綺麗な人ね。外国の方?」
正直な気持ちを質問した。
「私のママはハーフなの。おじいちゃんがオーストラリアの人なんです」
「そうなの。じゃあ葵ちゃんはクオーターなんだ」
「はい、そうです」
操と葵の話を耳にして、珠子が質問した。
「ハーフとかクオーターってなあに?」
「ハーフは半分て意味。葵ちゃんのママは日本人のお母さんとオーストラリア人のお父さんの子どもって事よ。クオーターは四分の一。葵ちゃんには日本人のおばあさん二人とおじいさん一人、それとオーストラリア人のおじいさんが一人いるって事ね」
操が説明すると珠子はちょっとの間考えて
「へえ。なんかカッコイイね。私はパパとママのハーフ?」
と聞くので、操は苦笑いした。
「うーん、まあ姫は源とコウちゃんの半分ずつなんだろうけど…」
珠子と葵と操が最近推しの芸能人の話をしていた時、インターホンから孝の声がした。
操が玄関の扉を開けて
「いらっしゃい。入って」
孝を招き入れると、並んでいた二足の小さな靴を見て彼が聞いた。
「誰か来てるの?」
「今ね、姫の幼稚園のお友達が来てるのよ。タカシ君はリハビリの帰り?」
「はい。例の鯛焼きをお母さんがお裾分けです、どうぞって」
「まあ、嬉しい!これ本当に美味しいのよね。奥に行きましょう」
操が孝の背中を軽く押す。
ソファーのところに顔を出すと、そこに座っている珠子が
「タカシ、お帰り」
孝に駆け寄り右腕に抱きついた。
「ただいま。友だちが来てるんだ」
「うん。前に話した葵ちゃんだよ」
珠子は腕に抱きついたまま孝を葵のすぐ傍に連れていった。
「葵ちゃん、私のカレシのタカシです。こちらは一番仲の良いお友達の永井葵ちゃん」
と、それぞれを紹介した。
「初めまして、永井葵です」
葵が孝を見つめながら挨拶をすると、その整った顔立ちに孝が緊張気味に
「神波孝です。タマコと遊んでくれてありがとう」
と言った。
茶色の袋の中に鯛焼きがちょうど四枚入っていたので、操はお茶を淹れて子どもたちのところへ運んだ。
「タカシ君のお母さんが差し入れしてくれたので、みんなでいただきましょう」
テーブルに鯛焼きと湯呑みの乗ったお盆を置いて、ソファーに珠子と葵、孝と操が向かい合って腰かけ、まだ暖かい鯛焼きを頬張り、さっき話していた推しの芸能人の話の続きを再開した。今ひとつ話に入れない孝は、三人が盛り上がっているのを黙って見ていた。そんな孝を葵がチラチラ見るので彼が聞いた。
「ええと、葵ちゃん、おれの顔に何かついてる?」
葵は首を横に振った。
「ううん。孝さんはカッコイイなあって思って」
「あ、ありがとう」
孝が照れくさそうにしていると、珠子が彼に向かってほっぺたをぷうーっと膨らませた。
午後四時を過ぎたので、外が明るい内に葵を家に送っていこうと、四人は外に出た。
「タカシ君、鯛焼きごちそうさまでした。月美さんにありがとうを伝えてちょうだい」
操が言うと、孝は頷きながら珠子の頭を撫でて柏の部屋へ戻った。
「さ、行きましょうか」
珠子と葵が手を繋いで二人のすぐ後ろを操が歩いて、葵の家へ向かった。商店街の一本手前の道を入ると、すぐに葵の家に到着した。
「わあ、可愛いお家!」
珠子が目を輝かせた。赤毛のアンに出てきそうな洋風な家で、レイラが庭の草取りをしていた。珠子たちに気づいて
「葵、お帰り。神波さん、送ってくださってありがとうございました」
お礼を言った。
「いえいえ、この後、商店街で買い物をするので、気にしないでください」
操は、手を左右に振った。
「葵ちゃん、また遊びに来てね」
珠子が手を振ると葵もバイバイと振り返した。
それじゃ、と挨拶をして操と珠子は手を繋ぐと葵の家から商店街へ向かった。
「姫、いいお友だちができたわね」
操が言うと、珠子は大きく頷いた。
「でも…タカシについてはライバルだなぁ」
と珠子が呟くと
「大丈夫よ。葵ちゃんは男の子だし、タカシ君は姫が可愛くて可愛くて仕方ないって態度だったわよ」
と言う操に、彼女はにっこりと笑顔を見せた。