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珠子の上着と孝の帽子

「タカシ、おはよう」


いつものように珠子は孝を見送るために外に出ていた。


「おはよう。おまえ、こんなことしていて大丈夫か。今日から幼稚園に行くんだろ」


孝は目の前で微笑む珠子を見つめた。


「だって、ほら、もうダサい上着を着たし、あとは黄色い帽子を被ってバッグを持てば、すぐ出かけられるもん」


珠子は悲しげに、くるっとターンをして見せた。


「その上着、悪くないよ。落ち着いた感じがいいと思うよ」


孝が褒めるが、彼女は不満気な顔を隠せない。そこへ孝の母、月美が出てきた。


「珠子ちゃん、おはよう」


「おはようございます」


「第二幼稚園の制服って、そういうのなのね。なかなかお洒落なデザインね」


月美に言われて、この制服の見え方は大人と自分とでは違うのかなと、珠子は思った。


「月美さん、タカシの付き添いですか?」


珠子が聞くと、月美は頷いた。


「今日まで送って行こうと思って。帰りは一人で帰るって聞かないから、行きだけね。珠子ちゃんも、いよいよ今日からね」


「はい」


「それじゃ、一足先に行ってきますね」


「タマコ、いってきます」


月美を伴って孝は学校に向かった。


「いってらっしゃい」


珠子は思い切り手を振った。


「私も、行かなくっちゃ」


そう言うと、カバンと帽子を取りに操の部屋に戻った。




孝がアパートを出た一時間後、珠子と操が部屋を出て幼稚園へ向かった。

繋いだ手を前後に振りながら彼女たちは歩道を歩いていた。


「姫、お友だちの名前覚えてる?」


操に聞かれて、一日体験でひまわり組の園児の何人かと一緒に遊んだり話をした時のことを珠子は思い出した。


「うーん、永井葵ちゃんはいっぱいお話したよ。あとは、スケベ…」


「すけべ?」


「一人ムカつく男の子がいたの。私をタマゴって呼ぶんだよ」


珠子が、ほっぺたをぷーっと膨らませた。


「タマコじゃなくてタマゴね。その子は姫と話すきっかけが欲しかったのかもね」


微笑ましい話だわねと思いながら不機嫌な珠子の顔を覗き込んだ。

やがて、ひしゃげたガードレールのところにさしかかり二人は立ち止まって手を合わせた。

幼稚園が近づくにつれ、保護者に手を引かれた園児たちが正門の中に吸い込まれるように入って行くのが見えた。

珠子たちも門に入ると、体験入園の時に担当してくれた中山ヒロミ先生がこちらに気づいて大きく手を振ってくれた。体験の時はひまわりのアップリケの黄色いエプロンを着ていたが、今日はピンクの布地にばらの花のアップリケがついたエプロン姿だ。

珠子も笑顔で手を振りながら先生の近くに行き向かい合うと挨拶をした。


「中山先生おはようございます」


「珠子ちゃん、おはようございます。ばら組へようこそ。これから、どうぞよろしくね」


先生が、お辞儀をすると


「よろしくお願いします」


珠子と操が声を揃えてお辞儀をした。

中山先生がエプロンのポケットから薔薇のイラストがプリントされた缶バッジと平仮名で珠子のフルネームが書かれた名札を取り出し、珠子の上着の左胸の辺りにつけてくれた。


「珠子ちゃん、神波さん、薔薇の絵のバッジはつけっぱなしで大丈夫です。名札はここで毎朝私がつけて、帰る時またここで私がはずします。朝、名札が私のポケットに残った時はそのお子さんが、ここに来ていないと言うことになるので、こちらにお休みの連絡が無い場合は私が保護者さんに確認を入れさせていただきます」


先生が名札の説明をする。

操が、名札が点呼の役目になるのね、と納得した。




操をはじめ保護者が帰って、園児たちは教室に並べられた倚子に座った。中山先生がみんなの前に立つと挨拶をした。


「ばら組のみなさん、おはようございます」


「せんせい、おはようございます」


子どもたちも声を揃えて元気に挨拶をする。先生が、珠子をはじめ三人の園児をみんなの前に立たせた。


「みなさーん、みなさんは、ひまわり組の時から一緒のお友だちですが、今日からこちらの三人のお友だちがみなさんの輪に入ることになりなす。それじゃ自己紹介をしてもらおうかな。こちらから順番に自分の名前を元気よく言ってください」


中山先生が三人並んだ左の子どもから順番に両肩を軽くタッチしていき、肩に触れられた子どもは順番に名乗った。


「佐々木(もえ)です」


「神波珠子です」


出雲(いずも)あきらです」


三人が名前を言い終わると、倚子に座っていた子どもたちが端から順番に立ち上がって名乗っては席に着きを繰り返し、ばら組の仲間の自己紹介が終わった。

その後、園児たちは小学校と共有の体育館に移動して、園長先生のちょっと退屈なお話を聞いて、担任の先生たちの自己紹介があり、第二幼稚園の歌を歌い(もちろん珠子は口ぱくである)幼稚園の始業式は終了した。

ばら組の教室に戻って、珠子はすぐ永井葵に声をかけた。


「葵ちゃん、私のこと覚えてる?」


「もちろん!ひまわり組の時に、お友だちになろうってお話したじゃない」


「うん。良かった覚えていてくれて」


珠子と葵はお互いに好きな食べ物や好きなキャラクター、家で何をして過ごしているのかなどを話しながら、教室に置いてある玩具で遊んだ。そこに珠子と同じ今日からばら組に入った佐々木萌が加わって三人で一緒に過ごした。

今日は新学期の初日なので半日保育で昼前に保護者が迎えにやって来た。

珠子も操の姿を見つけて手を振った。中山先生に名札を返して、葵と萌に手を振りながら先生にもさよならを言って、操と手を繋いで幼稚園を後にした。

正門を出て小学校の正門の前を通り過ぎようとした時、


「タマコ!」


聞き馴染みのある声がした。

振り向くと孝が駆け寄ろうとしていた。


「タカシ、走っちゃダメだよ」


珠子に言われて自分が怪我をしていたことを思いだしたように、走らないで早歩きをした。立ち止まって待っている珠子と操が


「早歩きもダメよ」


と声を揃えて言った。彼女たちの言うことを聞いて歩いて傍に来た孝が、


「今日はおれも午前中だけの授業だったんだ。タマコ、このバッグの外側の大きなポケットの中のものを出してくれ」


と斜め掛けのショルダーバッグを珠子に向けた。珠子がポケットの中身を取り出すと、それはキャップだった。被る部分が臙脂色でブリムと呼ばれるつばの部分が銀杏のような黄色の帽子だった。


「タマコ、これをおれに被らせて」


孝が膝を曲げて体を低くして頭を突き出した。珠子が手にしたキャップを被せる。黙って二人の様子を見ていた操が。思わず声を出した。


「ペアのカラーコーディネートだわ!」


「タカシ、これどうしたの?」


珠子が彼の頭を見上げて聞いた。


「タマコが制服の色も形も好きじゃないって言っていたから、色だけでもお揃いならおまえが納得して並んで歩いてくれるかなって思った」


孝の話に感激した珠子は、左腕を彼の右腕に絡めて


「私たちどう?」


と操に尋ねた。


「素敵に決まってるじゃない!タカシ君、これどうしたの?」


「お母さんに相談したんだ。今日みたいに一緒に帰れる時、臙脂色と黄色のお揃いになるものないかなあって。そしたらこれを作ってくれた」


孝の話を聞いて、月美さんは本当に器用だなと操は感心した。


「タカシ、私のわがままのためにありがとう。帰ったら月美さんにもお礼を言わなきゃ」


「そんなのいいよ。タマコが笑顔でいてくれればそれでいいんだ」


孝の言葉に珠子は嬉しそうに彼の右腕にしがみついた。

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