珠子の制服
珠子が臙脂色の上着を着て、黄色い帽子をかぶり黄色いショルダーバッグを斜めがけして、操の前に立っている。
「ホント、姫は何を着ても似合うわね」
操は相変わらず珠子をベタ褒めする。
「ミサオ、これから私はこの格好で幼稚園に行くの?」
「そうよ。その服を着て幼稚園のマークが付いた帽子とバッグで通園するのよ。この間、体験入園した時にみんなこの上着を着ていたでしょう」
「確かにそうだったね。でもこの何とも言えない色の上着を着ちゃうと、可愛いフリルのブラウスが見えなくなっちゃう」
珠子はため息をついた。もし、孝と帰りが一緒になったとき、この地味な赤いような茶色いような上着じゃ全然お洒落じゃない。季節は春なのに、これは秋の色味だ、と軽く落ち込む。
「ミサオ、本当にこの服を着ないといけないの?」
「そうよ。それは制服と言って、姫が第二幼稚園の園児だっていうしるしなの」
「そうなんだ」
「小学校に上がるまでの一年間ね。あ、でも夏服もあるのよ。だから、その服は寒い季節だけで暑くなったら水色の半袖の服を着ていくの」
水色の上着も姫は似合うわ、と操は相変わらず褒めちぎる。
「ふーん。仕方ないな」
彼女はぶつぶつ言いながら帽子とショルダーバッグを取り、臙脂色の上着を脱いだ。
「ミサオ、お茶飲む?」
気分転換がしたくなった珠子は電気ポットでお湯を熱くしてお茶淹れる準備をした。
「お茶、飲みます。淹れてくださーい」
操は彼女の脱いだ上着とバッグと帽子をハンガーに掛けながらお願いした。
自分たちの湯呑みにお茶を注ぎお盆に乗せて珠子がソファーにゆっくり向かっていると、インターホンから孝の声がした。
「タマコ、いるかぁ」
操は珠子からお盆を受け取ると、返事をするよう促した。
彼女は玄関へ急ぐと開錠して扉を開けた。
「いらっしゃい。あがって」
孝は靴を脱いで珠子と一緒に操のいるソファーのところへやって来て、
「おばあちゃん、これ」
茶色い紙袋を渡した。
「お母さんが、暖かいうちにどうぞって」
操が受け取った袋を開けると
「あら、美味しそう!これ皮が薄くてパリパリしてるタイプね。私こういうの大好き!早速いただきましょう。まだ熱いから持つとき気をつけて」
中に入っていた鯛焼きを珠子と孝に渡し、自分も手にした。
「リハビリの帰りに店の前を通ったら甘い匂いがして、お母さんが我慢できなかったみたい」
孝が熱々の鯛焼きを頬張りながら、月美が店に吸い寄せられた様子を思い出して頬を緩めた。
珠子にはやはり熱すぎたのか、操に持たせて
「食べないでね」
と釘を刺しながらキッチンへ向かう。少しすると小皿とお茶を淹れたマグカップを持ってきた。
「タカシ、これあんまり熱くないから、すぐ飲めるよ。持ってる鯛焼きはここに置いてね」
と言いながら、珠子は孝の前にマグカップと小皿を置いた。
孝は右手の鯛焼きを皿に置くと、カップの取っ手を持ってお茶を啜った。
「ありがとう。マグだから片手で持ち上げやすい」
孝の様子を満足気に見守った珠子は操に持たせていた鯛焼きを受け取り頬張ると
「うーん、食べやすい温度になって美味しい」
幸せそうな顔をした。
「ホント可愛いな」
彼女の顔を見つめた孝の呟きを聞いて操もうんうんと頷く。
甘くて暖かいひとときを過ごした孝は、ハンガーに掛けてある臙脂色の小さな上着を見つけて傍に行った。
「タマコ、これを着て幼稚園に行くのか?」
「うーん。着たくないけど必ず着ないといけないんだって」
珠子が声のトーンを落とす。
「なんで着たくないの?きちっとしている感じがするよ」
「これを着てタカシの隣に並びたくないよ。これに黄色の帽子とバッグなんて、モミジとイチョウみたい」
「おれはいいと思うけどな」
孝は制服に身を包んだ珠子と一緒に帰る姿を想像した。
柏の部屋に戻った孝は
「お母さん、おばあちゃんが鯛焼き凄く美味しかったって。皮がパリパリであんこがたっぷりでサイコーって言ってたよ」
と、月美に言いながらミシンの隣の棚で端切れ布の束を見た。
「喜んでもらえて良かったわ。それで、そこで何をしてるの?」
月美が彼の後ろから様子を覗った。
「あのさ、第二幼稚園の制服みたいな色の布がないかなぁって思って探してた。あと、そこの帽子と似た黄色いのも探してる」
「私が探すわ。小さい布でいいの?」
「うん」
孝は、着るのを嫌がる珠子のために幼稚園の制服と帽子の色味が似ている布で何か身につけるものを作って欲しいと頼んだ。
「構わないけど、どうしたの?」
「あいつ、制服や帽子の色が気に入らないんだって。たまにおれと帰りが一緒になったら恥ずかしいって言うから、その時におれが似た色の何かを身につければいいんじゃないかなって」
孝の考えを聞いて、この子は珠子ちゃんのことが本当に大切なのね、と月美は思い彼に伝えた。
「お母さんに任せなさい」