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珠子と鴻

「コウちゃん、このキーマカレーいける」


操は結構な勢いでスプーンを口に運んだ。


「良かった!珠子、辛くない?」


鴻がドリンクヨーグルトのグラスをテーブルに置きながら聞いた。


「美味しいよ、ママ」


その言葉に鴻は微笑みながら、珠子の唇のへりに付いた黄色いごはん粒を摘まみ取って自分の口に入れた。


「スパイスの割合教えて」


「はい。メモにして後でお渡しします」


切り貼りした文字の不気味な封筒を見た翌日、操と珠子は鴻に呼ばれて201号室を訪れていた。

キーマカレーが上手にできたので一緒に食べて欲しいと誘われたのだ。


「ごちそうさま。あー美味しかった」


「お粗末さまでした」


お互い微笑み合ったのだが、刹那、操は少し緊張した面持ちになった。


「コウちゃん、ご馳走になった後にこんな話を聞いてもらうの心苦しいんだけど」


「お義母さん?」


「姫、ちょっとの間、あっちのソファーで座ってて」


「はい」


珠子が向こうに行くと、操はエプロンのポケットから封筒を取り出した。


「昨日ねポストにこれが入っていたの」


鴻は封筒と中に入っていた紙と写真を凝視した。


「何これ」


「私もそう思ったわ」


「お義母さん、警察に届けましょう」


「そうね。もちろんそうする。でも警察は何かが起きないと捜査してくれないでしょう。だから、そうならないように私たちが姫を守るしかないの」


「はい」


「それでね、コウちゃんに思い出してもらいたい事があって」


「はい」


「産院から今に至るまで、何か気になる事がなかったかしら」


「ええ…と」


「今すぐじゃなくていいから。じっくり思い出して。どんなに些細な事でもいいから何かあったら教えて欲しいの」


「わかりました。珠子を授かった時から最近まで思い出してみます」


「コウちゃん、よろしくお願いします」


操は深く頭を下げた。


「お義母さん、頭を上げて。珠子は源と私の大切な子どもです。こちらこそ、いつも感謝しています。これから外出する時は声をかけてください。私もできる限りお供します」


「ありがとう。それじゃあ早速なんだけど、明後日の午前中、付き合ってもらってもいいかしら」


「ええ、もちろんです」


「フリーペーパーの表紙用の写真撮影があるの。一緒に行ってくれる?」


「はい。是非」


キーマカレーのレシピメモをもらった操と珠子は鴻の部屋を出ると階段を下りていった。


「大家さん、こんにちは」


挨拶されて振り向くと106号室の秋川保子(やすこ)が立っていた。


「こんにちは。お出かけですか」


「ええ、商店街まで」


「いってらっしゃい」


珠子が手を振った。


「珠子ちゃん、バイバイ」


保子も手を振った。




夜、源から電話があった。


──母さん、俺。鴻から連絡をもらった。


「うん。ごめんね」


──母さんが謝ることじゃないよ。こっちこそ面倒かけてすまない。これからも珠子を頼みます。


「ええ、もちろんよ。これからは出かける時、コウちゃんに助けてもらうわ」


──ああ、そうしてくれ。必要な時はいつでも俺に連絡してくれよ。母さんいつもありがとう。それじゃお休み。


「お休み」




翌々日、臙脂(えんじ)色に手毬柄が描かれたアンサンブルの着物を着た珠子は操と鴻と共に氏神様の社にいた。艶のある柔らかな髪を結ってもらい目尻と唇に紅をさした顔は、僅かに色香を漂わせていた。

編集者でカメラマンの津田健一が見つめるファインダーの中で、朝の光を纏った珠子は白いオーラを発しているように映った。

手を合わせてお参りする姿やおみくじを結びつけるところなどを撮影し、最後は記念に操と鴻が加わってスリーショットを撮ってもらった。


「お疲れさまでした」


「珠子ちゃん今回も凄く良かったよ」


津田に褒められて珠子は恥ずかしそうにうつむいた。

駐車場に止めた津田のワンボックスカーの中で自分の服に着替えメイクを落とし、いつもの身軽な4歳児に戻った珠子は、車内の物入れの上に何冊か置かれてあったフリーペーパーを見つけた。ハロウィーンの魔女姿の珠子が正面を見つめている表紙の秋号だ。着替えを手伝っていた操はそれを手に取った。


「これ、やっぱり可愛いわね、姫。そう言えば私たちも製本したてのをいただいたのに、いつの間にか無くなってたわね。これ分けてもらおうか。津田さんいいですか」


「どうぞ」


「ありがとうございます」


アパートまでその車で送ってもらった。


「次回も、よろしくお願いしますね珠子ちゃん」


津田が手を振った。


「こちらこそよろしくお願いします」


珠子たちも手を振りながら見送った。


「コウちゃん、こっちでお茶しない」


操が扉の鍵を開けた。


「はい、お邪魔します」


三人はソファーに座って、操の淹れた珠子がお気に入りの山野園の緑茶を啜ってくつろいだ。


「はいフリーペーパー、一冊ずつね」


「私、前にいただいたのをファイリングしてあるのでお義母さん二冊とも持っていてください」


「いいの?それじゃありがたく」


操は一冊を珠子のアルバムに挟み、もう一冊を手に持って表紙をじっくり見ることにした。


「お義母さん、前に製本したてのをもらって、それをみんなに見てもらいたくて入居者さんたちに回覧板みたいに回しましたよね」


「ええ、適当に入居者さんに渡して見ていただこうと……でも一冊も戻ってこなかったのよ」


「うーん、少し引っかかりますね」


「何だか疑心暗鬼になっちゃうね」


操と鴻の話している姿をじっと見ていた珠子は二人に向かって言った。


「ミサオもママも、深く考えすぎ。私を心配してくれるのはありがたいです。でも、あまりに悩んでいるのを見ると心苦しいです」


「そうよね。何事もどーんと構えないとね」


操は珠子の頭を撫でた。


「ママ」


珠子が鴻を見た。


「なあに」


「抱っこして」


珠子が両手を広げて鴻の前に立った。鴻は素早く抱き上げて


「珠子」


ぎゅっとした。

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