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珠子、孝の荷物を取りに行く

「ミサオ、タカシはいつ戻ってくるの?」


珠子は壁に掛かっているカレンダーを見ながら操に聞いた。


「入院してからもうすぐ一週間ね。そろそろ退院するのかしら。でも、リハビリでしばらく通院をすることになるでしょうね」


「じゃあ、私が一緒に行ってお手伝いする」


「リハビリに姫の出番は無いわ」


「なんで?リハビリって手すりに掴まって歩く練習をするんでしょう。で、よろけたときに助けに入るの。私、傍で見守ってすぐ手を差し出すよ」


珠子が真面目に言うのを見て、操がクスッと笑う。


「姫、それってドラマか何かで見たの?タカシ君は左手を怪我したけど歩くのは問題無いと思うわ。多分手首や指の動きの状態を見ながら、専門の人に運動方法を教えてもらうの」


「専門の人がいるの?」


「うん、確か理学療法士って呼ばれる人だったかな。残念ながら、やっぱり姫の出番は無いかな」


操の話に珠子は残念そうな顔をした。

その時、インターホンから声がした。


「おはようございます。月美です」


操が、開いてるから入ってきて、と言うと月美が玄関に入った。


「お義母さん、今日って用事がありますか?」


「なーんにも無いわよ。どうしたの?」


「申し訳ないんですけど、小学校で孝の荷物を受け取ってもらえないかと。昨日が終業式だったんですけど、担任の先生から連絡があって教室が変わるので個人の持ち物を持って帰らないといけなくて」


「春休みが終わると六年生だものね、タカシ君」


「はい。私が取りに行ければ良いんですけど、これから主治医に今後の治療とリハビリについて話を聞くことになってるんです」


「いいわよ。私が今から小学校へ受け取りに行くから大丈夫よ。月美さんから学校と担任に連絡入れておいてね」


操が、任せなさい!と指でオーケーマークを作った。


「これから学校に連絡を入れます。よろしくお願いします」


月美が部屋を出ようとすると、珠子が聞いた。


「タカシはいつ帰ってくるの?」


「主治医の話があるってことは、もしかしたら明日か明後日あたり退院できるかもしれないわ」


「やったぁ」


月美の話に珠子は全身で喜びを表した。




三十分後、操と珠子はアパートを出ると、手を繋いで小学校に向かった。


「もう少しすると、こうやって姫と手を繋いで毎日幼稚園に通うのね」


「うん。ミサオ、よろしくお願いします」


「はい。歩道を歩くときも気をつけて行こうね」


そして、もう間もなく小学校の正門という辺り、孝たちが事故に遭ったところにさしかかった。


「えっ」


操と珠子が思わず足を止めた。


「これって……」


事故の痕も生々しいひしゃげたガードレールに立て掛けるように花束やペットボトルの飲料やお菓子が供えられている。供えたばかりなのか、花々はみんな瑞々しかった。孝以外の三人の内の誰かが助からなかったのだろうか。

珠子を見るとやはり顔が引きつっている。


「姫、学校で話を聞いてから手を合わせようね」


操は、繋いだ手をぎゅっと握りしめて珠子を見つめた。


「うん。わかった」


彼女は小さく頷いた。

そこから十メートルほど歩くと小学校の正門に着き、インターホンを押すと女の人の声がした。操が孝のことを告げて少しの間待っていると、元気いっぱいといった感じの女の人がやって来て門を開けてくれた。


「神波孝の祖母の神波操です」


操が名乗りお辞儀をすると、


「五年三組の担任でした花沢世衣(せい)です。あっ、六年生になっても神波君の担任ですので、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


操が言うと、珠子も続けて花沢先生にお辞儀をした。


「先生、タカシをよろしくお願いします」


「神波さん、こちらの可愛らしいお嬢さんはどなたですか?」


「孫の珠子です。タカシ君、いや、孝の従妹(いとこ)なんですけど、この子と彼は、とても仲が良いんです。彼が学校から帰ってくると、一緒にいることが多くて」


そんな話をしながら三人は校舎に入り、五年三組の教室へ向かった。


「ああ、だから神波君は掃除当番じゃない時はいつも急いで下校していたのね。珠子さんの顔を早く見たいから」


花沢先生は珠子に微笑んだが、操に顔を向けると笑みを引っ込めて聞いた。


「それで、神波君の怪我の状態はいかがですか?お母さんから話は伺ってはいるのですが」


「あの子は私たちが面会に行くと、とても元気そうにしています。でも左手の骨折と靱帯損傷で一人になると、かなり痛そうにしていると看護師さんから聞きました。もうそろそろリハビリを始めるかも知れません」


操が答えた。


「そうですか」


「あの、ここに来る途中に、事故現場を通ったんですけど、花や飲み物が手向(たむ)けられていたんですが……」


「ええ。意識不明だった二年生の女の子が治療のかい無く昨日亡くなったんです」


花沢先生はやるせない顔をして静かに伝えた。


「…………」


操は言葉が出せなかった。

教室の机と棚から孝の荷物を超ビッグサイズの袋に入れて、操はそれを肩にずっしりと感じながら掛けた。珠子は書道道具のケースを斜めにたすき掛けして右手に水彩の筆洗いバケツを提げると


「花沢先生さようなら」


挨拶をした。


「さようなら。珠子さん、神波君が早く良くなるといいわね」


花沢先生に言われて、はい、と頷く珠子の隣で、操も挨拶とお辞儀をした。


「それでは、新学期からも孝をよろしくお願いします」


「はい。こちらこそ。神波君の早い回復を願っています。彼のご両親によろしくお伝えください」


花沢先生は、そう言いながら操たちを正門まで送りだした。

学校を出て、例のガードレールの前で二人は立ち止まった。そして手を合わせると黙祷をして女の子の冥福を祈った。


「姫、行こうか」


「うん」


そこそこの重さがある孝の荷物を持ちながらも、操と珠子は空いている手を繋いで『ハイツ一ツ谷』へ帰った。

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