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珠子の不安

夜中、珠子は目を覚ました。

滅多にこんなことはない。多分夢でも見たのだろう。内容は覚えていないが決して楽しい夢ではなかったのかも知れない。

何回か寝返りを打った。三月下旬の夜はまだまだ冷え込んでいるのに珠子は布団を剥いだ。

その気配に同じベッドで寝ていた操も目を覚ます。


「姫、どうしたの?」


体を珠子に向けて様子を見る。

シロクマのぬいぐるみを抱いて天井を見つめている珠子が


「なんでもないよ」


と答えた。


「布団も剥いじゃって。掛けてもいい?」


珠子が、うん、と言ったので操は起き上がり掛け布団を直した。


「ミサオ」


珠子が抱いていたぬいぐるみを枕の上の方に置いて、


「ミサオにくっ付いていい?」


体を操に向けた。


「いいよ」


操は珠子を抱き込んで柔らかな髪を撫でながら


「何か嫌な夢でも見た?」


と、聞くと、珠子は


「わからない。けど、そうかも」


操の腕に頭を乗せて胸元に顔をくっ付け目を閉じた。




朝、操の腕の中で目覚めた珠子は、操に見つめられていることに気づいた。


「おはよう、姫。あれからしっかり眠れた?」


「うん。ミサオにくっ付いたら気持ちが落ち着いたのかな」


「いつも爆睡してるのに、どうしちゃったのかしらね」


「わからない。どうしちゃったのかな」


起き上がりながら、珠子自身も首を傾げた。

その後、操はアパートの通路の掃除をして、珠子は電気ポットに水を入れ朝ごはんの材料を冷蔵庫から出した。


「あとはミサオにお任せしよう」


と言いながら珠子は南の窓辺立った。そこから、まだ低い位置にある朝日に照らされた、枯れ草色の中で少しだけ新芽が顔を出している芝生の庭を眺めた。

操が掃除を終えて部屋に戻ってくると、それと入れ替えに珠子が孝の登校を見送るために外へ出た。

風は殆ど感じられないが、気温はまだまだ低い。上着を着ればよかったなと思った珠子に、操が玄関扉を開けてキルティングのジャケットを手渡してくれた。ありがとう、と言って受け取ったジャケットを羽織った時、孝が出てきた。


「タカシ、おはよう」


珠子は笑顔で孝を見たのだが、急にその笑みを消した。


「おう。おはよう。いつも見送ってくれてありがとう」


「うん」


「まだ寒いから、もう部屋に戻りなよ」


「うん」


「あれ、今日のタマコは元気がないな。どうかしたのか?」


孝が珠子の顔を見つめた。珠子も見つめ返す。

夜中に目を覚ました理由を彼女は今知った。


「タカシ、学校まで私と一緒に行こう」


「どうしたの?とりあえず、おれ行くわ。いってきます」


歩きだそうとした孝の手を珠子が小さな手で掴んだ。


「タカシ、私も一緒に行く」


「どうした、幼稚園は四月からだろう。遅刻しちゃうから手を放して」


「遅刻してもいいから、ちょっと待って」


「タマコ……何か感じるのか?」


「うん」


「これから、おれに何か起こるのか?」


「必ずじゃないけど、心配なの」


「そうか。わかったよ。気をつけて行くから」


「うん。車に注意して、一日中」


孝は珠子の手をそっと離すと


「わかった。いってきます」


手を振りながら出かけていった。珠子は手を振らずに、軽やかな足取りで歩いていく彼の姿をじっと見つめた。

珠子は急いで部屋に戻ると、操に早口で訴えた。


「ミサオ、大変なの。タカシが危ないの!」


突然そう言われた操は珠子と向かい合い、彼女の小さな肩に手を置いた。


「姫、落ち着いて話を聞かせてくれる」


珠子は頷き、深呼吸をして声を出した。


「今、タカシを見送った時、感じたの。そしたら夜中に見た夢も思い出した。歩いている人に車が突っ込んできたの。救急車のサイレンと赤い光とたくさんの人が集まってザワザワしてた」


一気に話して、息を吸い込んだ珠子は大粒の涙をぽろぽろこぼし、


「ミサオ、タカシに何かあったらどうしよう」


嗚咽で苦しそうに言った。


「タカシ君に伝えた?」


「うん。車に気をつけてって」


操は壁の時を見て、


「姫、これから行ってみる?」


ジャケットを羽織った。


「行く!ミサオ、ありがとう」


二人は部屋を出て、小学校への通学路を歩いた。

五分程歩いた時、ドーン、ガシャーン、と耳の奥に響く音と地響きのような嫌な感じの振動があった。操と珠子は顔を見合わせて、急ぎ足で先に進んだ。

そこは小学校の正門まであと十メートル程のところだった。スクールゾーンのその場所は登校登園の時間帯は車両の通行禁止になっていたが、軽自動車がそこに進入し、小学生たちが学校に向かっている歩道に突っ込んだ。一瞬の出来事で多くの子供たちは立ちすくみ、そしてみんな泣き出した。

事故を起こした車の前には倒れた数人の子どもとその周りに散らばったスニーカーやランドセル、車の破片と白煙、舗装された地面に溜まった血が、事故の惨事を物語っている。近所の人々が集まり、誰かの通報で救急車と警察車両のサイレンが近づいてきた。

操たちもその場所に着いた。珠子は小さな体で人々の間を縫って進み、事故現場を目の前にした。

頭から血を流して倒れている女の子、ふくらはぎの辺りが不自然に腫れあがって動けないでいる男の子、服が擦り切れて座り込んで泣いている男の子、そして、やはり地面に座って右手で左手を庇い覆っている男の子──孝がいた。

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