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孝が作ったあったかいガラスの玉

午後三時を回った頃、操と珠子は柏の部屋にいた。

午前にこのアパートの住人である名取(じょう)の家庭菜園の草取りを手伝った珠子が、お駄賃に野菜をもらい柏の妻の月美におすそ分けした。それを受け取りながら、三時にケーキを食べに来てと彼女が誘ったのだ。


「お言葉に甘えておじゃましちゃった。月美さん、このお皿でいいかな」


操が食器棚から皿を出しながら言った。


「ええ。それをテーブルに置いてください」


月美ができたてのパウンドケーキを切りながら、操の出した皿に乗せていった。

月美と操がキッチンにいる間、珠子と孝はノッシーのケージの前にいた。ノッシーは孝と彼の父の柏が飼っているリクガメだ。ケージの中を我がもの顔で勇ましくのっしのっし歩き回っているホルスフィールドという種類のオスのリクガメである。

孝が珠子と出会ったきっかけは、この子だった。


「さっき、タマコがくれた小松菜をあげたらコイツ凄い勢いでパクパク食べてた。新鮮なのがわかるんだ」


孝がノッシーは美食家なんだなぁとケージを見ながら言った。


「私も食べるところを見たかったな」


羨ましそうな顔をした珠子に、


「あとでまた小松菜をあげるから、それまでここにいなよ」


長居をして欲しいので、孝は夜ごはんもここで食べてけばと勧めた。


「そこの仲良し二人組、こっちで月美さんのパウンドケーキいただきましょう」


操が珠子たちに声をかけると、はーい、と仲良し二人組はバタバタと食卓に移動してきた。

パウンドケーキはドライフルーツが入った、蜂蜜とほんのり赤ワインの香りがするものだった。


「柏君の飲み残しのワインを煮詰めたものを混ぜたんだけど、アルコールは飛ばしたから珠子ちゃんも食べて大丈夫よ」


「しっとりしていて、すっごく美味しいです」


珠子は、ちょっと大人の味!などと言って、もう一切れ食べたそうな顔をした。

月美は珠子の皿におかわりを乗せて、操の方を見た。


「珠子ちゃん、四月から第二幼稚園に通うんですね」


第二幼稚園は孝が通っている第二小学校の敷地の中にある公立の幼稚園だ。


「ええ、姫が急に行きたいって言ったの。タカシ君の学校と同じところに通いたいんですって」


と、操が言った。


「タカシも小さい頃そこに行ってたんでしょう?」


珠子が尋ねると、孝は首を横に振る。


「違うよ。お母さんが働いてたから、俺は保育園に通ってた」


「珠子ちゃんがこれから通う幼稚園は、みてくれる時間が短いの。それだと私はお迎えの時間が間に合わないから、もっと長時間預かってもらえる保育園に孝を通わせていたのよ」


と、月美が言い、そして操に聞いた。


「送り迎えはお義母さんがするんですか?」


「ええ、そう。ここは園の送迎バスのルートじゃないから」


「都合の悪い時は言ってくださいね。私が代わりに珠子ちゃんを連れて行きます」


月美が遠慮しないでくださいね、と言った。

孝もそれに続いて


「おれも帰りの時間が合う時は一緒に帰るよ」


と、珠子を見た。


「ありがとう。お世話になります」


操は頭を下げ、月美が恐縮する。


「お義母さん、やめてください。ところで、通園する時に持っていく手提げ袋とか巾着袋とか要りますよね。私に作らせてください」


月美は裁縫が得意で、過去に頼まれて袋物をたくさん作っていたのだ。


「ここに昔作った残りのキルト布が結構あるから、珠子ちゃんに布地を選んでもらいますね」


「ありがとう。助かるわ」


操はほっとした顔をした。


「ミサオは、お裁縫も料理も苦手だもんね」


珠子が笑いながら操を見る。操は、バラさないでと言って苦笑いをした。

ケーキを食べ終えると


「タマコ、おれの部屋に行こう」


孝が珠子の手を引く。

二人が食卓からいなくなると


「お義母さん、寂しいんじゃないですか?」


月美がお茶のおかわりを注ぎながら言った。


「私の本音はそうなんだけど、本来なら一昨年か去年から、ああいう所に通っているんでしょうからね。そろそろ孫離れしなくちゃね」


寂しそうな操の顔を見て


「お義母さん、ちょくちょくここにいらしてください。一緒にお茶しましょう」


月美が誘った。


「ありがとう。おじゃまするね」


操の表情が少し明るくなった。




自分の部屋で孝は学習机の一番上の引き出しを開けると、何かを取り出し、ベッドに腰かけていた珠子に手渡した。

それは小さなピンク色の袋だった。


「これ、くれるの?」


珠子は少し驚いた。


「開けていいかな?」


彼女が孝を見ると、彼は頷いた。袋を開けると、中に小さなガラスの玉が見えた。取り出すと小さな花のようなものが閉じ込められたガラスの玉が付いたヘアゴムだった。


「きれい!」


珠子はその小さな玉を親指と人さし指でつまんで窓からの陽射しにかざして見た。


「これ、もらっていいの?」


珠子が聞くと、孝は大きく頷いた。


「嬉しい、ありがとう!」


「幼稚園に行くとき髪に結べばいいよ」


孝は照れくさそうに言うと


「これ、タカシの手作りなの?」


珠子が聞いた。


「うん。少し前にお父さんとトンボ玉のお店に行ったんだ。そこで体験教室をやっていてさ、お父さんと一緒に作ったんだよ」


「タカシ、上手だね。大事にする!ミサオに見せてくる!」


珠子はキッチンへ小走りで向かった。


「ミサオ、見て!これ、タカシが作ったんだよ!」


操に孝からのプレゼントを見せると、結んでと頼んだ。


「素敵なトンボ玉ね。タカシ君は手先が器用ね」


操は小さな玉をじっくりと見た。ちょっと(いびつ)な形が暖かく感じた。


「それはね、珠子ちゃんが入院した時にね」


と、月美が話始めた。

それは珠子が駅のコンコースで事件に巻き込まれてICUで治療を受けていた頃に、たまたま柏が設計した店舗のオーナーから招待されて、孝は柏と一緒にそこを訪れた。その店がトンボ玉とガラス工芸を取り扱う店で、体験教室もやっており柏たちも付き合いで参加した。孝は珠子の全快を願って彼女のことを思いながら、ガラスを溶かしてトンボ玉を作ったのだった。それを持ち帰ったが、珠子に渡す機会を逃してしまい彼の机の引き出しで眠っていた。最近、珠子が幼稚園に通う話を聞いたので、月美に頼んでそのトンボ玉をヘアゴムにつけてもらったのだ。


「わざわざ姫のために作ってくれたものだったのね、これ」


珠子の髪をポニーテールにして孝の作ったトンボ玉が飾られた。

珠子は結んでもらった髪に手をやり、トンボ玉に触ると目の前に来た孝を見ながら言った。


「この飾りはとっても、あったかいの」

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