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パンクしないために

柊と美雪の子どもが生まれた翌日、操の部屋に孝がやって来た。


「タマコ、いるか」


玄関で孝が呼びかける。

珠子が小走りで出てきた。


「いるよ。どうしたの?」


「これからお父さんと、美雪さんと千春ちゃんのお見舞いに行くんだけど、タマコも一緒にどうかなと思って誘いに来た」


孝の誘いに


「もちろん行く!」


間髪入れずに珠子が返事をした。


「ミサオにも声をかけてくる」


一旦奥に引っ込んだ珠子が戻ってくると


「ミサオ、今日は遠慮しておくって。私、支度をするからちょっと待ってて」


孝に伝えて、また姿を消した。

そして、キルティングのジャケットにシロクマのリュックを背負って出てきた。


「お待たせ。タカシ行こう。ミサオ、いってきます」


珠子がショートブーツを履いていると、操が現れ、孝に姫を頼むねと言った。

柏のミニバンのサイドシートに月美、後部座席のジュニアシートに珠子、その隣に孝が座り車は発進した。


「タマコ、おばあちゃん少し機嫌悪いの?」


孝が珠子を見て聞いた。


「なんで、そう思うの?」


彼女がチラッと孝を見る。


「なんとなく、いつもと雰囲気が違う気がした。今までだとタマコが出かける時、ずっとおまえに付きっきりで、あれは持ったかとか、これに気をつけてねとか言うのに今日は目も合わせなかった」


孝が言うと、珠子は、


「うん」


と力無く頷いた。


赤信号で車を止めると


「タマコ、何やらかした?」


柏が一瞬振り向いた。


「うーん。喧嘩したんじゃないよ。ただ…」


信号が青になり、車は走り出した。


「ただ、どうしたの」


孝が覗き込むように珠子を見る。


「ミサオに酷いことを言っちゃった」


「何を言って怒らせたんだ」


珠子は首を横に振る


「悲しませちゃった」


「じゃあ、帰ったら一緒に謝ってやるよ」


孝が手を目一杯伸ばして珠子の頭を撫でた。




産院に着いて車を駐車場に駐め、みんなは降りるとマスクを着けた。

そして外来が休診で人の殆どいないエントランスロビーの一角にあるカウンターで病棟に入る受付をした。

エレベーターで病棟階に上がり、美雪のいる部屋の扉をノックした。

返事があったので扉を開けると、


「来てくれてありがとう」


柊が笑顔で迎えた。


「四人いっぺんに入って大丈夫か?」


柏が確認する。


「大丈夫。みんな入って」


柊が招き入れた室内は大きな出窓とアイボリーの壁でとても明るかった。

ベッドで上体を起こしていた美雪がこちらを向いて微笑んだ。


「いらしてくださって、ありがとうございます。こちらへどうぞ。千春の顔を見てあげてください」


柏を先頭に、孝、珠子、月美が美雪のベッド周りに進んでいった。珠子と孝が千春の小さなベッドを覗いた。


「千春ちゃんは目がくりくりしてる」


車の中で元気のなかった珠子が明るい顔つきになった。


「小さい手。ほっぺたが可愛い。綺麗な顔」


孝も笑顔になる。


「だろう。千春はミユキに似て美人なんだ」


柊は親バカ全開だ。

月美が、可憐な花々の小さなバスケットを出窓に置いて


「美雪さん、柊さん、ご出産おめでとうございます。体調はいかがですか。退院するとき荷物にならないように小さなフラワーアレンジメントを持ってきました」


挨拶をした。


「月美さん、ありがとうございます。私も千春も元気です。ヒイ、見て、お花。可愛くて綺麗」


美雪は陽射しを浴びて鮮やかな色で出窓を彩る花に目を細めた。


「ヒイラギ、美雪ちゃんのご両親は?」


柏が聞くと、


「さっきまで、お義父さんもお義母さんもいたんだけど、出産の立ち合いからずっと付き添っていたから、一度帰ってもらった。少し休んでもらわないとさ。みんな、小さい倚子だけど座って」


柊はスタッキングされた丸倚子を持ち上げてベッドの周りに置いていった。

四人は倚子に腰を下ろすと、柊が千春をベッドから抱き上げ美雪に渡し、つんつんと逆立った柔らかい髪をそっと撫でる姿を見つめた。暖かくてのんびりした時間が流れた。




お見舞いの帰り道、


「お昼、どこかで食べていくか」


柏がみんなに聞いた。


「たまにはいいわね。珠子ちゃん、外でごはん食べてもいいかな。お義母さんには何かテイクアウトしましょう」


月美が顔を後ろに向けて珠子に聞いた。


「はい」


彼女は小さく返事をした。

孝のリクエストで中華のファミレスで食事をして、操に餃子と春巻きとごま団子をテイクアウトした。




車がアパートに着き、みんな降りると、


「タマコ、おばあちゃんのところに一緒に行くよ」


孝が、操への持ち帰りの点心を手に言った。


「タカシありがとう。でも、私一人で大丈夫」


珠子は点心が入った袋を受け取ると、


「カシワ君、月美さん、ごちそうさまでした」


と言って操の部屋に立った。


「ただいま」


インターホン越しに珠子が言う。

玄関扉が開いて操が顔を出した。


「姫、お帰りなさい」


「ただいま。これ、お土産。カシワ君と月美さんから」


珠子は、ふわりと中華の匂いがする袋を操に渡した。


「いい匂いね。後で月美さんにお礼を伝えるわ」


と言いながら、珠子のリュックと脱がせた上着を、お土産の袋を持ったのと反対の手で受け取り奥に消えた。

珠子もショートブーツを脱いで操の後をついていった。

操は点心が入った袋を食卓に置き、寝室へ向かった。珠子もそれに続く。


「ミサオ」


珠子が呼びかける。


「どうしたの」


操が振り返った。


「ミサオ、昨日の夜、酷いことを言ってごめんなさい」


珠子は深く頭を下げた。


「私に向かって言ったんじゃないでしょ」


そう言って操はシロクマのぬいぐるみを手にすると珠子に渡した。

受け取ったシロクマをぎゅっと抱きしめた珠子は昨夜のことを回想する。



パジャマでベッドに入り、まだ眠くなかった珠子は抱きしめたシロクマに向かって話しかけたのだった。


──ねえ、聞いてくれる。今日ね、千春ちゃんが生まれたの。二カ月ぐらい前には元太が生まれて、元太も千春ちゃんも普通の可愛い赤ちゃんだよ。タカシも普通の男の子なの。でもね、私は普通じゃなかったの。私も普通がよかった。ミサオの初めての孫だったからかな?もし、私がミサオの孫じゃなかったら普通の子どもだったのかな──


そう囁いた。


「シロくん、どう思う?」


珠子が抱きしめたぬいぐるみに言っているのを、寝室の入り口で操は聞いていた。それに気づいた珠子は慌てた。操は悲しそうに


「姫、ごめんね」


と言って、そこから姿を消したのだった。



シロクマを抱きしめたまま珠子は操を見つめた。


「ミサオ、ミサオの孫なのが嫌なんじゃないし、私、ミサオが大好きだよ」


涙がぽろぽろこぼれる。やがて、いろんな感情がごちゃ混ぜになり、呼吸ができなくなるほどの号泣になった。


「姫、泣かないの。姫はなんにも悪いことを言ってないわ」


操がしゃがんで珠子を抱きしめる。


「私、酷いことを言った」


珠子の言葉に操は首を横に振り、彼女の耳元で囁いた。


「シロクマに聞いて欲しかったんでしょ。誰でもお腹の中にいろんな気持ちを溜めてしまうの。それを時々外に出さないと…」


「出さないと?」


「パンクしちゃうわ。そうなったら大変でしょう。姫が私を大切に思ってくれているのは、ちゃんとわかってるから」


「うん。私はミサオの孫だから、パパもママもカシワ君もヒイラギ君も月美さんもタカシもミユキちゃんも元太も千春ちゃんも、みんなに会えたんだものね」


「姫」


「ミサオ、私、幼稚園に行こうかな」


「えっ」


「幼稚園に行きたい」


涙を小さな手で拭って、珠子ははっきり言った。

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