珠子の目
一月も今日で終わる。
「この間、おせちを食べたばっかりなのに早いわねぇ。もう一カ月が過ぎようとしてるのよ」
源の部屋で、操が元太を抱っこして呟く。
「元太、すっかりお利口さんになって」
「そうなんです。ぐずるのは、お腹が空いてる時と眠い時、おむつが気持ち悪い時なので大分体が楽になりました」
鴻の顔色も表情も明るくなって、操はほっとした。
「それでも、息抜きは必要だから、コウちゃん、外に行きたい時は言ってね、その間元太はこっちで見てるから。それから欲しいものがあったら買ってくるし」
「はい。ありがとう、お義母さん」
その時、インターホンが鳴った。
「こんにちは。ネットスーパーです」
「今、開けます」
鴻が返事をすると
「ママお手伝いするよ」
珠子も玄関に向かった。
配達された品物をキッチンに運び冷蔵庫や小さなパントリーに納めていく。
「珠子」
「なあにママ」
「いつも本当にごめんなさい」
鴻が突然頭を下げた。
「何?どうしたの?」
珠子が驚いて持っていたウインナーの袋を落としそうになる。
「珠子が甘えたい時にママは何もしてあげられなかったでしょ。あなたは生まれた時から私たちの手を煩わすことなくいい子にしていたのに、それなのに、私はあなたをお義母さんに託してしまったの。元太は自分の手元で育てているのに。ママのことを嫌いになっても仕方がないと思ってるわ」
鴻がしゃがんで珠子と向かい合うが、やはり目をしっかり合わすことができない。
「ママ、私はママが大好きよ」
珠子は優しく言うが鴻は首を横に振る。
「未だに、あなたと目を合わせられない私はママ失格ね」
「そんなこと言わないで」
珠子はウインナーの袋をテーブルに一旦置くと鴻に抱きついた。
「私はママのお腹にいたんだよ。ママの子どもだもん」
「そうよ。珠子は私の大事な大切な子どもよ」
鴻も珠子を抱きしめる。
「それにね、ママ、毎日は会えなくても傍にいるんだよ私たち。いつでも会えるし、お話できるでしょ」
「そうね。一つ屋根の下に住んでいるんだものね」
「うん、そうだよ。さっ、ママ、荷物しまっちゃおう」
珠子はテーブルに置いたウインナーを冷蔵庫に入れた。
午後、自分たちの部屋に戻った操と珠子はお茶を啜ってまったりしていた。
「姫、キッチンでコウちゃんとどんなお話したの?」
操が聞いた。珠子は俯く。
「あのね、ママがね、私が甘えたい時に傍にいなくてごめんねって。元太は普通に面倒を見られるのに、私は傍におけなかったって言ってた」
「………」
操は自分で聞いておいて、珠子の返事に何も返すことができなかった。
「ミサオ、私の目ってそんなに怖いの?」
珠子はこちらをじっと見つめた。
「姫の目は、とても綺麗で力強いわ」
操も見つめ返す。
「もしかしたら見つめられた人は、その人の内面が姫に悟られそうで不安になるんだと思うの。どんなに善い人でも、心の中に何かしら暗いって言うか闇の部分を持っていると思うのよ。姫と見つめ合うと、それを見透かされるんじゃないかと怖くなるのかもね」
「私、そんなことしないよ」
「わかってるわよ。でも、そのくらい姫の目にはパワーがあるってこと。この間スカウトに来た桐山さんも姫の視線に戦意喪失したひとりね」
操の話に珠子は考え込んだ。
「よく、話す時は人の目を見て話しなさいって言うけど、私はそうしない方がいいのかな?」
「そんなことないわ。相手の目を見て話していいのよ。多分、目を合わす相手によって見る力の加減をした方がいい場合もあるってことかな」
「そうなんだ」
珠子が力無く言う。そんな彼女を優しく抱きしめながら操が話した。
「今の姫は、そのままでいいのよ。眼力のコントロールは、大人になれば加減できるわ。経験した私が言うんだから間違いない」
「そうだね。ミサオが言うんだからね」
珠子は少し安心したようだ。
そこへ孝が何かを持ってやって来た。
「タマコ、おばあちゃん、ロシアケーキ風クッキーを持ってきた」
彼の手には、ドーナツのような円形に絞り出した形のバタークッキーの真ん中にジャムが飾られたものが並んだ皿があった。
「あら、懐かしい。私が子どもの頃、こういうのを手土産にいただいたわ。これも、もしかして」
操が目を細める。
「そう、お母さんが焼いたの。最近お菓子作りにはまってるみたい。試食してくださいって」
孝が皿をテーブルに置いた。
そして、
「タマコ、食べるだろう」
皿からクッキーを取ると珠子に手渡した。
クッキーを受け取りながら、珠子は孝をじっと見つめた。
「タマコ、どうした?おれの顔に何かついてるか?それともにらめっこ?」
孝も珠子をじっと見返した。
「にらめっこなら負けないぞ」
と、言いながら笑ってしまった孝に聞いた。
「タカシ、私がタカシのことをこうやって見てても、何でもない?」
「うん。何でもないけど、ちょっと照れる」
孝はそう言って顔を紅くしながら笑った。
そっか、と言って珠子も嬉しそうに笑った。