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スカウト(1)

一月下旬の金曜日、操の部屋でソファーに腰を下ろした源の膝の上に娘の珠子がちょこんと座っている。


「パパ、お膝の上はちょっと恥ずかしいよ」


珠子がのけ反るように顎を上げて源の顔を見上げた。


「暫くの間、珠子に会えないだろう。抱っこさせてくれよ」


源が珠子を後ろからぎゅっとハグをする。


「今度ここに帰る頃には、珠子がもっとお姉さんになってこんな風にできないだろうから、今は俺の膝の上にいてくれ」


「わかった」


珠子は、源の体温を感じながら大人しくそこに納まった。


「で、母さん、あれから桐山って人は何か言ってきたの?」


湯呑みを持ってきた操に源が聞いた。彼女は向かい側のソファーに座り


「今のところは何にも。でも、あの時ここまでつけてきたのは確かだから、なんかいろいろ下調べしてやって来るかも」


と、憂鬱な顔をした。


「もらった名刺、写真撮らせて。もし、しつこくされたら俺の方でも対処するから」


操が置いた名刺を画像にして携帯電話に収めた源に、珠子が言った。


「パパ、心配しなくても大丈夫だよ。私はタカシのお嫁さんになるからモデルとかやりませんって、はっきり伝えるよ」


「そうか。孝君のお嫁さんな」


源が複雑な表情をした。



昼過ぎ


「珠子お姉ちゃん、時々ママと元太を見てやってくれな」


「うん。わかった」


源と珠子はお互いに耳打ちし合った。そして、みんなに見送られて、育休を終えた源は赴任先に戻って行った。




操と珠子は、遅い昼食を取りながら書道の道具を近いうちに見に行きたいねと話していた。

その時、インターホンが鳴った。嫌な予感に、操はゆっくりとモニターを確認すると残念ながら的中した。


「先日お話させていただきました、オフィス・カレンの桐山でございます。アポイント無しにお伺いして申し訳ございませんが、少しお話させていただけませんでしょうか」


「あの、話すことは何もありませんのでお引き取りください」


「そう仰らずに、どうかお話だけでも」


「お引き取りください」


「また、お伺いします」


モニターから桐山の姿が消えた。

操がふうーっと息を吐いた。ところが、いくらも間を置かずインターホンが鳴った。


「お話することはありませんから!」


モニターを見ないで操は声を荒げた。


「おばあちゃん?」


「タカシ君?」


「そう。タマコいる?」


「あー、ごめんなさい。すぐ開けるね」


玄関扉を開けると、顔をこわばらせた孝が立っている。


「おばあちゃん、なんか怒ってる?」


「違うの」


そう言いながら操は外を見回した。


「タカシ君がここに来たとき、誰かいなかった?」


「誰もいなかったと思うけど」


「そう。さあ入って。ごめんね。きつい言い方を聞かせちゃって」


「大丈夫だよ。お母さんがね、バスクチーズケーキを作ったから食べに来てくださいって」


「まあ、ごちそうになるわ。姫、いらっしゃい」


操が呼ぶと珠子が走って来た。


「あ、タカシ、いらっしゃい」


「タマコ、チーズケーキ食べにおいでって、お母さんが」


「食べる!食べる!」


珠子はサンダルを履いて孝の手を引っ張ると


「タカシ、行こう」


柏の部屋に先に入っていった。その後に戸締まりをした操がついていった。




「まあ、珠子ちゃんスカウトされたの」


月美がみんなの前に紅茶の入ったマグカップを置きながら言った。


「姫はこの数年の間にいろいろ事件に巻き込まれたから、あまり目立つ事はさせたくなくて、お断りしたんだけど、さっき家にまで来たから、再度断ったの。その直後にインターホンが鳴ったから、てっきりスカウトの人が戻って来たのかと思ってきつい言い方をしてしまったの、せっかく呼びに来てくれたタカシ君に。本当に、ごめんなさい」


操は改めて孝に頭を下げた。


「やめて、おばあちゃん。おれは何とも思ってないよ。それよりタマコのためにできる事があったら言って欲しい」


孝はチーズケーキを夢中で頬張っている珠子を見つめた。彼の視線に気づいた珠子は、なんとなく照れくさくなって、今みんな話している事と関係のないお願いをした。


「タカシ、文字を筆で書くの教えて」




月曜日の朝、いつものように珠子は外に出て、登校する孝を見送っていた。


「タカシ、いってらっしゃい」


大きく手を振り笑顔を向ける。


「いってきます。寒いから早く部屋に戻れ」


と、言いながら孝も手を振ってアパートの敷地を出ていった。

珠子は彼の姿が見えなくなっても手を振り続けた。

そして部屋に戻ろうと玄関扉のノブに手をかけようとした時、


「おはようございます」


後ろから声をかけられ、珠子が振り向いた。

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