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買い物とスカウト

「ミサオ、お空が全部青いね」


珠子が上を向いて口角を上げる。


「本当ね。何処までも真っ青。雲が一つもないわ」


操も立ち止まって空を見上げた。

二人は手を繋いで商店街に向かっている。裸の枝振りが立派な桜並木を通り過ぎて歩道を進む。


「今日の晩ごはんはなあに?」


珠子が聞いたが、操は何にも決まってないの、と答えた。


「何を作ろうかな」


「ハンバーグ!私が捏ねるよ」


繋いでいない方の手で揉む仕草を珠子がする。


「つけ合わせは何にしようか。ブロッコリーと人参を焼こうかな」


「ミサオ、ニンジンは無しでお願いします」


珠子が俯いて小さな声で言った。

操は、じゃあ人参はすりおろしてハンバーグの種に入れることにしようと思った。

もう間もなく商店街というところで、二人は向こうからこちらに歩いて来た女の人に声をかけられた。


「突然すみません。あの、こちらのお嬢さんは神波珠子さんでしょうか」


その人はダークな色味のスーツにグレーのコートを羽織った三十代ぐらいに見えるキリッとした女性だった。

操は彼女の問いに答えず、逆に聞いた。


「あなたは、どちら様?」


「申し遅れました。私、オフィス・カレンの桐山(けい)と申します。タレント事務所でスカウト部門を統括している者です」


桐山と名乗った人物から名刺を渡された操は


「はあ」


と、気のない返事をした。


「こちらのお嬢さん、珠子さんは一昨年の秋からフリーペーパーの表紙モデルをされていましたよね」


「はあ」


操は同じ返事を繰り返した。


「私どもは、あの表紙の女の子を探していたんです。編集と撮影をしていた津田さんに聞いても一切教えてくれなくて」


桐山が名前を出した津田とは、一昨年の秋から去年の夏まで珠子が表紙モデルをつとめたタウン情報のフリーペーパーを制作している津田健一のことだ。彼は、珠子が車道に突き飛ばされそうになったり、ホームセンターで誘拐されそうになったりと事件に巻き込まれたことを知っているので、彼女の情報を一切口外しなかったのだ。

幼稚園に通っていない珠子は同世代の友人もいなかったので彼女の生活圏を絞ることができず、ローラー作戦で所在を探していたらしい。


「やっと、珠子さんとお会いすることができました」


桐山の笑顔を見て


「はあ」


操は再度同じ返事をした。


「ええと、珠子さん、こんにちは」


桐山は、すーっとしゃがみ珠子に目線を合わせた。


「こんにちは」


珠子もとりあえず挨拶をした。


「珠子さん、一昨年から一年間モデルさんをやって楽しかった?」


桐山の問いに珠子は無言で首を傾げた。


「いろいろな服に着替えてポーズをとるのって、どうだった?」


問われて、また首を傾げる。


「すみませんが、この子はモデルとか興味ないと思いますよ」


いい加減、この話を切り上げたかった操が少し苛立った声を出した。珠子も隠れるように操の後ろに移動した。

桐山は立ち上がり


「また改めてお目にかかります」


と言うと、すかさず操がきっぱり断った。


「お目にかかることはございません」


名刺も突き返そうと思ったが、今後何かあったときのために受け取ったままにした。

操と珠子は足早に商店街へ向かった。

入り口の吉田精肉店の前で


「ミサオさん、あの女の人になんか言われたの?」


店主の妻の吉田正子が声をかけてきた。


「うん、姫に勧誘っていうかタレント事務所のスカウトっていうか…。もちろん即断ったわ」


珠子の手をしっかり握り、操が言った。


「えーっ、スカウトなんて凄いじゃない!断っちゃったの?」


「ええ、この子、事件に巻き込まれたり何度も危険な目にあってるから、目立った事をやらせたくないの。本人も嫌がってるし」


「そうなんだ。タマコちゃんはモデルさんになりたくないの?」


正子が珠子の方に顔を向けた。


「はい。私の夢はタカシのお嫁さんです」


「ああ、年末にウチのコロッケを一緒に食べていた少年ね。ここからあなたたちの後ろ姿を見ていたけど、確かにラブラブだったわよ」


「はい。仲良しです」


嬉しそうに珠子が言った。


「でね、マサコちゃん。さっきの人が何か探りに、ここに来るかも知れないから、そうなったら姫のことは知らないって言ってくれる」


操が頼んだ。


「わかったわ。商店街(ここ)のみんなにも伝えておくわね。タマコちゃんはこの地域のアイドルだから、彼女を守らなくちゃね」


任せなさい、と正子は頼もしく言い切った。

そして操は、合い挽き肉と鶏むね肉とベーコンを買うと


「またね」


珠子と手を繋いで八百屋へ向かった。

商店街での買い物を済ませアパートへの帰り道、


「ミサオ」


珠子が操の手を強く握った。


「うん。わかった。住まいがバレても仕方ないか」


二人は、ずっとつけられているのを感じていた。


「ミサオ、私は今のままの毎日が好き」


珠子が顔を上げて操を見た。


「わかってる。大丈夫よ。姫、帰ったら美味しいハンバーグ作ろうね」


「うん。捏ね捏ね手伝うよ」


そう言う孫を抱きしめたい操だった。

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