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珠子のライバル

「凄い人波、さすが有名美大ね」


「珠子、ばあばと私の手をしっかり握って」


「三人でお出かけ、初めてね。楽しいな」


操と珠子と鴻は幅をとって申し訳なく思いながら、並んで手をつなぎキャンパス内を歩いていた。

学祭の看板が設置された正門を入って少し進んだ辺りから屋台がびっしり並んでいる。美大だけあって斬新なデコレーションのドーナツやボリューム満点で悪魔という名のホットサンド、怪しい色味の飲み物や単純な構造なのにやみつきになりそうな玩具など個性的な模擬店がひしめいていた。


「あっ、リョウ君」


珠子は女の人と話をしている高田涼を見つけて、操と鴻を引っ張りながら走り出した。

珠子たちに気づいたのか涼が顔をこちらに向けた。


「リョウ君、こんにちは」


珠子の声に、涼と話していた女性もこちらを向いた。


「あら、咲良(さくら)ちゃん」


操が微笑む。彼女は、205号室の金子咲良、現在高校二年生。親元を離れ『ハイツ一ツ谷』から学校に通っている。


「大家さんこんにちは」


ほんのりメイクをした咲良は普段見かける制服姿の彼女より大人びて見えた。

珠子は涼の傍に駆け寄った。涼はしゃがんで珠子と目線を合わせると


「よく来てくれたね。ありがとう」


優しい笑顔を向けた。珠子は顔を真っ赤にしてもじもじしてしまう。

涼は顔を操たちに向けた。


「こんにちは。足を運んでくださってありがとうございます。でも外出して大丈夫ですか。この間、大変だったんですよね」


ホームセンターでの事を言っているのだろう。


「家に閉じこもっていてもね。今日は、コウちゃんも一緒だし、とにかく姫がリョウ君のところに行くって張り切っていたから、ね」


操は話しながら鴻を見た。


「高田さん、いつも珠子がお世話になってます。母の神波鴻です」


鴻がお辞儀をした。


「初めまして、ですよね。こちらこそタマコちゃんにお世話になってるんですよ」


涼が珠子や操たちに顔を向けて話していると、咲良がちょっと不満気な表情で服を引っ張った。


「高田さん、校内を案内してくれるんですよね」


「そうだね。皆さんも一緒にいかがですか。僕の作品展示もあるので」


「私、リョウ君と一緒に行く、案内してください」


珠子が相変わらず茹でだこみたいな紅い顔で言うと


「姫、私たちはもう少し外を回りましょう」


操が珠子の手を取った。えっ、と睨む珠子を珍しく無視して


「それじゃ」


涼と咲良から三人は離れていった。


「ねえ、何でリョウ君と行かなかったの。私案内して欲しかった」


珠子はご機嫌斜めだ。


「先客がいたからね。咲良ちゃん二人で回りたがってたわ。私たちは後で案内してもらいましょう」



昼過ぎ、珠子は涼と手を繋いで展示室を見て回った。最初に入った部屋の正面を見て珠子は釘付けになった。

花や樹木、身近な動物、文字や音符が飛び交う真ん中に頬杖をついた珠子がじっとこちらを挑むように見ている大作が展示されていた。


「これ僕が描いたやつ。この間タマコちゃんにモデルをお願いしたデッサンをイメージした例の課題作品。良い評価を貰えて展示することになったんだ」


少し照れながら涼が珠子を見る。


「凄いわ。リョウ君。写真撮って良い?」


操と鴻はスマホに絵画とそれを見ている珠子を収めた。その後もグループ作品のオブジェや、操が見たがっていた日本画の展示を鑑賞した。

珠子はずっと涼と手を繋いでいられたのが嬉しくてずっと満面の笑みを浮かべていた。




アパートに帰ってきた三人。


「コウちゃんウチでお茶してく?」


「済みません。この後ちょっと用事があって。珠子またね」


「うん」


「それじゃまた」


鴻と別れた操と珠子が部屋に戻ろうとするとそこに206号室の上田聖子(せいこ)が立っていた。


「大家さん、どうも。ご相談したい事があるんですけど」


「上田さん、こんにちは。中へどうぞ」


聖子を部屋へ招き入れた。


「そこに座って」


ソファーに腰を下ろした聖子に


「ペットボトルですけど、どうぞ」


珠子がお茶をテーブルに置いた。


「ありがとうございます」


聖子の向かい側に操と珠子が座った。


「で、どうされました」


「あの……隣の金子さん、咲良ちゃんの事なんですけど」


「ええ」


「私、実家が咲良ちゃんの実家と近所で彼女のお母さんとも仲良しなので、お目付役って言うか連絡を取り合っているんですけど、最近咲良ちゃん、進路でお母さんと揉めているみたいなんです」


「咲良ちゃんは初等教育科に進むために今通っている高校を選んだと伺ってますけど」


「はい。彼女の実家は保育園を経営されていて、後継者と言いますか…彼女もそのつもりで大学附属の高校に通うためにここで生活してるんですが」


「ええ」


「咲良ちゃん最近、進路を美大に変えたいって。それもデザイン科ではなく絵画の方を考えているみたいで」


「おや、さっきも美大の学祭で会ったわ」


「そうですか。多分一時的な憧れなんじゃないかと」


「そうね、ああいう大学は実技試験もあるからね。それに将来の事を考えると」


「はい。SNSで高田涼さんが話題になっていたのを見て感化されたみたいです。でも高田さんはお父様が有名な画家なので言い方が悪いですけど絵が売れたり有名になるチャンスがあるじゃないですか。でも咲良ちゃんは先の事を考えたら今のまま進むのがベストだと思うんです」


「確かに」


「あの、これから彼女と話をしようと思うんですですけど」


「ここで話をしても良いわよ。二人っきりで面と向かって話し合うの気まずかったりするでしょう。私は何も言わず見守っているから」


「ありがとうございます。早速連絡取ります」


しばらくすると咲良がやって来た。


「いらっしゃい。さあ上がって」


「おじゃまします」


部屋に入ってきた咲良は珠子と目が合ったが無言で奥の聖子の方へ向かった。


「咲良ちゃん、あのね」


聖子が口を開くと


「進路の事でしょう。今まで通りの大学に進むわ。美大は…無理なのわかっている。ちょっと絵を描くのが得意ってだけで受かるわけがない」


咲良の言葉に


「そうなのね。良かった」


気が抜けたようになった。


「咲良ちゃん、リョウ君と話をしたんでしょ」


操がお茶のペットボトルを咲良に渡した。


「はい。私、まだ子どもでした。憧れだけで何も考えて無かった」


「憧れを持つのは大切よ。でも咲良ちゃんは小さな子供たちから頼りにされる先生になりたかったんじゃないかしら。ここに越してきたとき目をキラキラさせて私に話してくれたわね」


操は遠い目をした。


咲良は恥ずかしそうに言った。


「私、絵を描くことじゃなくて、絵を描いた人に憧れたんだと思います」


「ちょっと待ってください」


突然珠子が割り込んできた。


「私もリョウ君大好きです!」


咲良は一瞬驚いた顔をした。そして珠子をぎゅっと抱きしめた。


「じゃあ、私たちライバル同士ね」


「う、うん」

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