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大晦日

大晦日の神波家は結構のんびりだ。

と言っても集合住宅にそれぞれ独立して住んでいるので各家庭でのんびり具合の差はある。


一番ゆったり過ごしているのは、やはり操と珠子のところだ。普段から小まめに掃除はしているので年末だからと言って特別な片づけなどは殆どやらない。操はアパートの共有部分をいつもより念入りにきれいにするが、それで年末の仕事は終了だ。後は夕方に年越しそばの用意と明日の雑煮の準備だけだ。


次にゆっくりしているのは柏のところだろうか。いや、のんびりしているのは柏と息子の孝だけで、妻の月美はずっと忙しく動き回っている。彼女は家事の要領がいい。掃除や整理整頓は操より丁寧に手早く毎日行っているので、今忙しいのは正月料理の仕上げである。

これまでの月美は女手一つで孝を育てるために、体調不良を押して朝から夜遅くまで働き詰めで家のことなど殆どできなかった。柏と出会って結婚してからは専業主婦になり、時々、柏の妹たちの家事代行を手伝う以外は家の中のことを好きなようにできるので、彼女は充実した日々を送っている。

明日は自分の手料理を神波のみんなに味わって欲しいので張り切って調理をしているのだ。

手伝おうか、と柏がキッチンに来てくれるが、あまり役に立たないのでやんわり断る。柏はただ月美にべったりくっ付いていたいだけなのだ。


珠子の両親の源と鴻はこの年末、片づけも新年の準備も何もやらない。いや、手を着けることができない。生まれたばかりの元太という暴れん坊に振り回されてヒーヒー言っている。

あまりにも騒ぐ新生児に、どこか異常があるのではないかと病院に通ったが医師からは健康優良児の太鼓判をもらった。今の彼らは交代しながら、ひたすら元太の面倒を見て過ごしている。


操の双子の娘たち、茜と藍は十二月に入ってから昨日の夜まで殆ど休み無しで家事代行の業務をこなし、大晦日の今日は爆睡で一日が暮れていきそうだ。




冬の日暮れは早いが、まだ明るさの残る午後三時を過ぎた頃、操と珠子が源の部屋を訪れた。


「コウちゃん、入るわよ」


「母さん、どうした?」


源が疲れた顔で元太を抱いて出てきた。キッチンに立った操を見て


「何か作りに来てくれたの?」


嬉しそうに言う。


「年越しそばの用意をするわ。いつもなら料理上手のあんたにご馳走になってたけど、今回は特別に私が作る。口に合わなくても我慢して食べてね」


「助かる。そば食べたかったよ。珠子も作ってくれるのか?」


操の隣りに立った愛娘に源が笑いかけた。


「うん。ミサオのお手伝いする。ああ、元太ぁ」


珠子が元太の頬に触ると、音の鳴る玩具を握って振り回している元太が大人しくなり、小さな声であーあーと言った。


「珠子、元太を揺り籠に寝かせるから、少し見ててもらってもいいかい」


源の頼みに珠子が笑顔で頷いた。

普段、元太は寝かせた途端、火が着いたように泣き出すので、彼が眠らない限り源と鴻が交代で抱き続けていた。

珠子が元太をあやして機嫌良くなっている間に源は操と並んで、そばの準備を始めた。


「源が手伝ってくれるんじゃ、天ぷらそばにする?」


「ああ、いいよ」


「材料が足りるようなら多めに揚げてくれる?そうしたら茜たちに持って行くわ」


源は冷蔵庫にある物を刻んで、あっという間にかき揚げの種を揚げ始めた。操はまだそばつゆ作りの最中だ。


「コウちゃんの体調はどうなの?」


「少しは眠れてると思うけど」


「せっかく一緒にいるのに夫婦水入らずって訳にはいかないのね」


「元太のための休暇だからな。仕事復帰したら鴻に頑張ってもらわなくちゃならないから、今のうちに少しでも体を休ませないと」


「私が手伝ってもいいけど、あの子は人を見るから大泣きされちゃうわね、きっと」


そう言って、操は元太にぎゅっと握られた頬に手をあてた。


「珠子が時々応援に来てくれると助かるんだけどな」


源の希望を操は切ない思いで聞いていた。

珠子は遠慮してここに一人では来ないだろう。

源がキッチンに立つとあっという間に年越しそばができあがる。


「鴻を起こしてくる」


源が寝室に向かった。操は食卓にそばを置いて、珠子と元太の様子をそっと見た。泣き声は聞こえず、時々あーあーと元太の機嫌の良さそうな声がする。

鴻が源と寝室から出て来た。


「お義母さん、気を使ってもらってすみません」


「いいからコウちゃん、冷めないうちに食べちゃって」


操は、やつれた鴻を座らせる。


「源も早く食べちゃいなさい」


「元太の声がしないけど」


鴻が揺り籠の方を見る。珠子の姿を見て


「珠子、こっちにおいで。お義母さんが作ってくれたおそばを一緒に食べよう」


声をかけたが、珠子は首を横に振る。


「元太が静かにしてる間に、ママ、ゆっくり食べて」


「お姉ちゃんありがとう。お言葉に甘えて、いただきます」


「母さんいただくね」


源と鴻はそばを啜り、久しぶりに一緒に食事をした。その間に操はキッチンを片づけながら、明日の雑煮の汁を作った。

そばを食べ終わった二人は、ゆっくり操の淹れたお茶を啜った。


「ごちそうさまでした」


鴻が立ち上がり揺り籠の方へ歩いた。


「珠子、ありがとう。久しぶりにゆっくり食べられたわ」


籠から元太を抱きあげると、鴻は珠子の頭を撫でた。珠子はコクンと頷き操の傍に行った。

操は珠子の手を握り、反対の手には源の揚げたものが入った皿を持って


「かき揚げもらっていくね。明日の朝、また来て雑煮を作るから」


玄関で言うと、元太をを抱いた鴻と並んだ源が軽く頭を下げた。


「母さん、珠子、ありがとう。明日の朝もよろしく。それじゃ、良いお年を」


「うん。良いお年を」


操と珠子は源の部屋を後にすると、隣りの茜と藍の部屋を訪ねてかき揚げを渡し、自分たちの部屋に戻った。


「姫、元太のお守りご苦労さま」


操が珠子を抱きしめると、彼女は見上げて言った。


「元太はお利口さんだったよ」


「それは、元太は姫のことが大好きだからよ」


それを聞いた珠子は、うふっと笑った。


「お腹空いたでしょう。急いで我が家の年越しそばを用意するわね」


「手伝うよ」


祖母と孫はきつねそばを作り


「いただきます」


向かい合って、そばを啜っていると、


「ミサオ、今年もお世話になりました」


珠子が箸を置いて言った言葉に操が驚く。


「姫…」


「ミサオ、来年もよろしくお願いします」


「こちらこそ、お願いします。って言うか、どうしたの?かしこまっちゃって」


「うん。深い意味はないよ。ただ、ミサオとずっと一緒にいたいだけ」


操は珠子の傍に行くと両手を握りしめて頬ずりした。


「ずっと一緒にいるわよ。こちらこそ来年もよろしくね」

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