孝とデート
冬休みに入った孝は、珠子を誘いに操の部屋を訪れた。
「タマコ、迎えに来たよ」
急いで飾ったクリスマスツリーを眺めながら『ぶるうすたあ』のケーキを珠子と操と三人で食べていた昨日の夕方、
「タカシ、デートいつ行く?」
口の回りにクリームをつけた珠子が聞いた。
ツリーを飾り付けしていた時、珠子が父親とデートをした話を聞いて、孝が負けじと彼女をデートに誘ったのだった。
「明日から冬休みだから、その間に行こうな」
孝が答えると
「じゃあ明日、明日デートする!」
珠子が嬉しそうに言った。
「姫、そんなにあわてなくてもいいんじゃない。今の時期どこも凄く混んでるわよ」
珠子の口を拭きながら操が首を横に振る。
「タマコはどこに行きたいんだ?」
「タカシはどこに行きたいの?」
質問に質問で返された孝は、うーん、と考えてしまった。
「私はね、商店街に行って吉田のお肉屋さんでコロッケを買って食べながら公園に行ってブランコをして、商店街に戻って『ぶるうすたあ』のプリンちゃんをいい子いい子したいの」
珠子のプランに操が笑い出す。
「姫、素晴らしいスケジュールだわ。そのコースなら、人混みをかき分けなくてもいいし、迷子にもならないわね」
操はうんうんと頷いた。
「タカシ君、姫のお守り役をお願いするみたいで悪いんだけど、このプランでいいかしら」
操が孝に聞いた。
「おれはタマコと二人で出かけられるなら、それでいいよ。それじゃ、明日デートしような」
と孝が言うと、珠子はにっこり笑って頷いた。
翌日、迎えに来た孝の前に、柔らかな髪を縦に巻いて少しおめかしをした珠子が、暖色系のタータンチェックのワンピースに淡いブルーのボアジャケットを羽織って出てくると、くるりとターンをして見せた。
「なかなかお洒落じゃん」
「うん。デートだから、ね」
珠子が操を見上げて同意を求めた。
「タカシ君とデートできるのが嬉しくて張り切ったのよね、姫」
「そうだよ」
珠子はショートブーツを履いて振り返ると操を見た。操は両手で珠子の頬をそっと覆い
「気をつけていってらっしゃい」
と言って送りだした。
「いってきます」
孝が外に出ようとすると、操がカードケースサイズの小さなお財布を彼の手に持たせようとした。
「タカシ君、これでコロッケやプリンを食べて」
小さな声で孝に伝えると、
「お父さんから、お小遣いもらったから大丈夫です」
とお財布を受け取らず、笑顔で
「いってきます」
と言って、珠子と手を繋いでアパートを後にした。
いつものように、車道側を孝が歩き珠子の手をしっかり握って商店街を目指した。
枝だけになった桜並木を通り過ぎ、商店街の入り口の吉田精肉店が見えてきた。
年末だけあって、いつもより人出が多かった。
「天気が良くてよかったな」
孝が笑いかける。
珠子も笑顔を向けたが、
「タカシ、なんかつけられてる」
と、小さな声で言った。
「えっ」
振り返ろうとする孝を制して珠子が耳打ちした。
「多分、見守りたくてミサオが後ろから来てるんだと思う。気がつかない振りをしてくれる」
「わかった」
吉田精肉店に着くと元気な声が話かけてきた。
「タマコちゃん、いらっしゃい。今日、おばあちゃんは?」
「正子さん、こんにちは。今日はミサオはいないです」
と、珠子は少し離れたところの電柱の方をちらっと目をやりながら言った。
「タカシ、何食べる?」
珠子が聞くと
「おまえと同じのでいいよ」
と言ったので
「それじゃ、じゃがバターコロッケを二つください。歩きながら食べるので小さい袋に入れてください」
と注文した。
正子が紙の小袋に入れたコロッケを二つ珠子に渡すと孝が支払いをして、二人は公園に向かった。
「毎度あり。タマコちゃん、お洒落してたわねぇ」
ショーケースから身を乗り出した正子は、コロッケを熱っ熱っと言って並んで食べ歩いてる珠子たちを見送った。
そこへリゾートで着けるようなサングラスと大きめのマスク姿のいかにも怪しい女が正子の前に立った。
「何やってるの、ミサオさん」
正子が大きな声をかけてきた。
「しーっ。マサコちゃん、お静かに」
操がマスクの前に人差し指を立て、小声で言った。
「こんなのじゃ、私ってわかっちゃう?」
「ミサオさん、バレバレ。しかも怪しい」
正子が笑う。
「タマコちゃんたちを見守っているの?」
「そう。初めてのデートだから」
「ああ、だからあんなにお洒落をしてたのね。髪が縦ロールだったもの。一緒にいた男の子、口数は少なかったけどずっとタマコちゃんのことを見てエスコートしてたわよ。近所の子どもさん?」
「二人とも私の孫よ」
「あら、そうなの」
「ええ。あ、あの子たち見えなくなっちゃった。じゃあマサコちゃん、またね」
「ミサオさん、サングラスだけでも取った方がいいわよ」
わかった、と言ってサングラスを外した操は珠子たちを追って公園に向かって歩いていった。
「タマコ、食べ終わったコロッケの袋をよこせ」
孝は渡された小袋を丸めると上着のポケットに突っ込んだ。
冬休みに入って、さすがに公園には普段より多くの子どもが遊んでいた。ブランコも順番待ち状態だった。
「どうする、タマコ」
「うーん、ベンチに座る」
二人は陽当たりの良さそうなベンチに腰を下ろした。
「寒くないか?」
「うん。タカシは大丈夫?」
「ここは太陽が眩しいけど暖かい」
「うん」
と言いながら珠子は両手を擦り合わせていた。
「手袋を持ってこなかったのか」
「うん」
「こんなに冷たくなって」
孝は珠子の小さな手を両手で擦った。
「ブランコはまだ乗れそうにないから、今度また来ようよ」
「そうだね。じゃあ、プリンちゃんのところに行こうか」
「よし、行こう」
二人は公園を出た。遠くで誰かがくしゃみをしている。
商店街に戻ると『ぶるうすたあ』の扉を孝が開けて店内に入り後ろに珠子が続いた。
「いらっしゃいませ」
店主の江口カナの声がした。
それと同時にグレーの巻き毛の小型犬が跳ねるように珠子にアタックした。
「プリンちゃん元気だった」
しゃがんだ珠子の顔をペロペロ舐めた。そしてプリンと呼ばれた犬は体の向きを少し変えてジャンプすると孝の腕の中に収まった。
ちょうどお茶の時間で店内は満席だ。
「珠子ちゃんと、ええと…」
カナがプリンを抱いた孝を見た。
「おれは、神波孝です」
「ああ、孝君ね。二人ともこっちに来てくれる」
珠子と孝とプリンは厨房横のカナの休憩スペースに案内された。
「今、満席なの。狭いけどここだったら、プリンを抱いたままで飲食していいわ。今回だけだけどね」
カナは笑顔でそう言うと厨房に消えた。
ベドリントンテリアのプリンは孝の膝の上が気に入ったらしく、大人しくそこでお座りをしていた。カナがプリンアラモードを二つテーブルに置いた。
「あ、代金を払います」
孝が慌てて言うと
「もう、お代はいただいてるから大丈夫よ」
ゆっくりしていってね、とカナはレジカウンターの方に行ってしまった。
「プリン邪魔じゃないの?」
ぬいぐるみみたいに孝の膝の上にちょんと座っているテリアを見ながら珠子が聞いた。
「うん。ワンコなんて滅多に抱っこできないから、ちょっと嬉しい」
孝が嬉しそうな顔をした。彼のその顔を見て珠子も嬉しい気持ちになった。
「ごちそうさまでした。プリン、バイバイ」
珠子と孝はカフェを出ると手を繋いでアパートへと帰った。
「ただいま」
二人が操の部屋に戻ると、くしゃみをしながら操が出てきた。
「おかえり。デートは楽しかった?」
操はまだ手を繋いでいる二人に問いかけた。
「凄く楽しかった!」
珠子と孝は声を揃えた。
そして、珠子が言った。
「あのね、ずっと見守ってくれた少し怪しい女の人がいたんだよ」
二人は顔を向かい合わせて、くすっと笑った。