珠子、デートに誘われる
柏の部屋のインターホンが鳴った。
「こんにちは。珠子です。タカシいますか」
玄関の扉が開いて孝が顔を出した。
「よっ、あれ、おまえ顔どうした?」
珠子の頬をじっと見る。珠子は、えへへと笑った。
「タカシ、こっちに来れる?手伝って欲しいんだけど」
珠子の頼みに、孝が頷く。
「いいよ。お父さんに言ってくるから待ってて」
「ミサオ、タカシが手伝ってくれるって」
珠子が孝を連れて戻ってきた。
「おばあちゃん、あがるよ」
「タカシ君、悪いわね。姫と一緒に飾ってくれる?」
操が顔を出すと、任せてと言った後、孝は目を見開いた。
「おばあちゃん、タマコも、ほっぺたどうしたんだ?」
苦笑いを浮かべながら操が答える。
「一昨日、元太にほっぺたをぎゅうっと握られちゃったの。ちょっと痣ができちゃって、それを見た姫がね、自分のほっぺたにアイシャドウを塗ったのよ」
「ミサオとお揃い」
珠子が笑った。
がさがさと珠子と孝がダンボール箱に手を突っ込んで何かを掴んでは人工の針葉樹にぶら下げている。
「適当でいいのか」
ツリーの上の方を飾っている孝が聞いた。
「うん。今年は時間もないし、去年みたいにみんなで集まらないんだって。だから、飾りが全体的に見えればいいってミサオが言ってた」
珠子が下の方を飾りつける。
二人が手を突っ込んでいる箱に入っていたのは、クリスマスツリー用のオーナメントだ。
いつもは十二月に入ってすぐにツリーを飾っていたが、秋以降いろいろな行事があったり操が体調を崩したりで、ツリーを立てるのが下旬に近い今日になってしまった。
「タカシ君、手伝ってくれてありがとね。誰かと遊ぶ約束とかしてたんじゃないの」
操がそう言いながら、ロールケーキとココアのカップをお盆に乗せてソファーのテーブルへ運んだ。
「おれの優先順位はタマコが一番だから」
オーナメントを枝に引っかけながら孝が言った。
「姫は幸せ者ね。さっ、きりのいいところで、おやつにしましょう。二人とも手を洗ってらっしゃい」
珠子と孝が洗面所に消えると、操は庭に面した窓から外を眺めた。冬晴れの日射しが暖かい午後だ。
今年の姫は、いろいろあったわね、と操は思い出していた。年始には珠子を憎んで亡き者にしようとした人物を珠子本人が改心させた。珠子にとって初めての潮干狩りと海水浴を経験し、柊の結婚式ではベールガールを任されて、秋には弟が生まれ、少し前には大きな事件に巻き込まれ命の危険に晒された。今ではすっかり元気になって胸をなで下ろしている操であった。
ただ彼女がずっと気にかけているのは、珠子は物心ついた頃から今もずっと自分の居場所を探していることだ。元気いっぱいな様子を見せながらも、どこか遠慮している。操にさえ、顔色を窺っているときがある。珠子にとって唯一心のよりどころなのは孝なのかも知れない。操としては自分を頼ってくれないのは切ないのだが、それでも孝の存在、そして出会えたことは本当にありがたいと思った。
「ミサオ、ロールケーキ」
「二人ともソファーに座ってゆっくり召し上がれ」
「いただきます!」
ぱくっと孝がケーキを食べたのを見て、珠子が聞いた。
「美味しい?」
「うん。すっごく美味しい」
孝の感想に満足した珠子が言った。
「それね、パパが買ってくれたの。一昨日、パパとデートしたんだ」
その時のことを思い出して微笑む珠子を見た孝が、彼女の目を見つめて言った。
「タマコ、今度はおれとデートしよう」
珠子は顔を紅くしながら嬉しそうに、うん、と言った。