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操のほっぺた

「ミサオ、ほっぺた赤いよ。どうしたの?」


父親の源と買い物から戻った珠子が聞いた。

ここは源の部屋、201号室だ。珠子と祖母の操が住む101号室の真上の部屋で、ここでは源と珠子の母・鴻と生まれたばかりの珠子の弟・元太が三人で暮らしている。

珠子は訳あって、源たちと離れて操と生活をしている。

元太の玩具が入った袋をを下げた源が珠子の手を繋いだまま部屋の奥へいくと、元太を抱いた操がこちらを向いた。

頬の一部が赤く腫れている。

それを見て


「ミサオ、ほっぺた赤いよ。どうしたの?」


と珠子が聞いたのだ。


「元太にやられた」


操が情けない表情を浮かべる。


「元太、おまえなかなかやるなぁ」


操に抱かれ小さな腕を振り回す元太を見ながら源が笑った。


「こいつにペチッと叩かれたのか?」


「違う。この小さな手が私のほっぺたをギューッと握りしめたのよ」


操の文句が聞こえたのか、元太がまた操の顔を掴もうとしている。

源は急いで、さっき買った玩具のタグを取り除いて元太に握らせた。それを振り回すとカランカランと独特な耳触りの音が鳴った。その音色が気に入ったらしく元太が満足そうな顔になった。




翌朝、珠子が目を覚まし、隣で寝ている操に顔を向けた。珠子の視線を感じたのか、操も瞼を開き彼女を見た。


「姫、おはよう」


操がゆっくり起きあがった。


「ミサオ、おはよう」


珠子もベッドを離れ、最近お気に入りのスウェットワンピースに着がえた。

操はカーテンを開けながら


「朝ごはん、何にしようか」


珠子に聞いた。


「コーンフレークに牛乳かけたのが食べたい」


「わかった。用意するわね」


操が寝室を出ようとしたとき、


「ミサオ」


と珠子が呼び止めた。


「何?」


「ほっぺたが紫色になってる」


「ああ、やっぱり紫になっちゃったか」


窓から差し込んだ陽の光が操の顔を照らし、昨日の元太の握力の跡が赤から紫色に変化していた。

珠子が操の傍に駆け寄る。


「痛い?」


心配そうに聞く。


「触らなければ大丈夫よ。姫は顔を洗ってらっしゃい」


珠子を抱き寄せながら操は言った。

食卓でコーンフレークとドライフルーツに牛乳をかけてしんなりしたものを珠子が美味しそうに食べる。牛乳が苦手な操はヨーグルトを乗せたフレークを口に運んだ。


「ミサオ、今日も元太のところに行くの?」


「今日は源がいるから行かない。昨日はコウちゃんが一人になるから一緒にお守りをしたの。姫、元太に会いたい?」


「うーん、私のほっぺたも握られたら痛いんだろうな」


「元太は結構人を見て攻撃してるみたいだから、姫は大丈夫だと思うわ。会いに行ってくれば」


操が器を片しながら言った。珠子も食べ終わった食器を流しに持っていくと操に渡した。


「やっぱり行かない」


珠子は寝室からシロクマのぬいぐるみを持ってくるとぎゅっと抱きしめてソファーにぽすっと腰を下ろした。

食器を洗い終わった操が珠子の隣に座ると、彼女がこちらを見上げた。しばらく顔を見つめると、抱いていたぬいぐるみを操に渡し、珠子は寝室に走った。

何かガサガサ音がしていたが、やがて静かになりこちらに戻ってきた。


「何してたの?姫」


そう言った操と珠子が向き合った。


「姫…」


目の前の珠子の頬が赤黒くなっていた。


「ミサオの化粧品を借りちゃった。灰色の粉と茶色の粉をちょっと使っちゃった」


多分、鏡台の引き出しの中にあるパウダータイプのアイシャドウとアイブロウを塗りたくったのだろう。


「これで、ミサオとお揃いのほっぺたになった」


お揃いお揃いと珠子は笑った。


珠子は彷徨っている。操にはわかる。自分もそうだったから。

彼女は自分の居場所を探しているのだ。

珠子の両親である源も鴻も、もちろん彼女を愛しているし大切に思ってくれている。彼女もそれはわかっているのだが、それでもその中に入ることができない。なぜなら珠子は自分自身で普通の子どもではないと自覚しているからだ。

元気いっぱいな弟が生まれて、ますます両親のもとには自分の納まる場所がなくなった。

そこにいてはいけないと理解した。


操は珠子を抱きしめて


「ホントね。姫と私のほっぺたはお揃いの色だね」


と言いながら、ここがあなたの居場所なの、ずっとずっと姫はここにいて頂戴、と思いっきり心の中で言った。

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