お宮参りとウエディングフォト
操が風邪で寝込むひと月ほど前、神波家は少しばかりバタバタしていた。
操の孫で珠子の弟、元太のお宮参りと、操の息子の柏と孝の母の月美がウエディングフォトを撮影するので、その打ち合わせや準備に追われていたのだ。
神波家の長男・源の部屋を訪れた操と珠子は、鴻に抱っこされているご機嫌斜めな元太のほっぺたをつんつんしたり、小さな足の裏をこちょこちょっとくすぐったりした。
「ゲンタ、お姉ちゃんだよ」
珠子が小さくてぷくぷくとした顔を覗き込む。黒目がちな元太の目が珠子を捉えた。
二人はしばらく見つめ合う。
あーあー、と微かに声をあげた元太が静かに目を閉じる。
「あれだけぐずってたのに、珠子の顔を見たら、すやすや寝てくれた」
源が珠子の頭を撫でる。
「やっぱり、おまえは凄いな」
「元太、ずっと機嫌が悪かったの?」
珠子が聞くと鴻が頷く。
「珠子の時と違って、すぐぐずるの。泣き声も大きいし。源ちゃんがいてくれるから何とか私、頑張ってるの」
「パパ、ママから頼りにされてるんだね」
珠子が源に言うと、源は操と珠子にお茶を出しながら
「そのための育休だからな」
と笑った。
珠子はその様子を見ながら、幸せそうな三人家族だなと思い、ちょっぴり寂しい気持ちになった。
そんな彼女を不憫な想いで操は見ていた。
柏の部屋では、月美が着用するウエディングドレスを選んでいた。
タブレットでドレスのカタログを見ながら柏がこれが可愛いとか、こっちの方が月美に合ってるとか、ぶつぶつ言いながら比較している。
ドレスを着る本人は、たまに画面を覗きながらキッチンで料理の下ごしらえをしている。孝は柏の隣でチラチラと画面を見ている。
「タカシ、月美はどんなドレスが似合うと思う?」
「あんまり飾りのないやつがいいと思う」
孝は母のウエディングドレス姿を思い描いた。柏は相変わらずヒラヒラがたくさんついたお姫様ドレスが気になっているようだ。
「美雪ちゃんが着ていたレースがふわっと広がったドレス可愛らしかったな。ああいうのもいいんじゃない」
「おれはね、お母さんはスタイルがいいから、やっぱり飾りのないのが似合うと思うよ」
月美が夫と息子を見て、
「私は若くないんだから、できるだけ地味なのにして」
と言うと、柏が首を横に振った。
「月美は華やかなデザインが似合うって」
最終的に四着に絞って、フォトスタジオに連絡を入れた。
「私のばかり見てたけど柏君のスーツは決まったの?」
「早めにスタジオに入ってドレスに合うのをスタッフに選んでもらうよ」
お宮参り当日の朝、源は元太を抱きかかえて鴻と共に部屋を出るとゆっくり階段を下りて、一階の操の部屋に連れて行った。
そこで元太の支度を操と鴻で一緒に始めた。
「そろそろ行けるか」
源が声をかける。
駐車場から玄関前に横付けした源の車に荷物を積み、リアシートの真ん中にパンツスーツの操が乗り込むと、柏から借りたジュニアシートによそ行きのワンピースを着た珠子を座らせた。新生児用のチャイルドシートに白いお包みの元太を寝かせて、源と鴻も乗り込み車は発進した。
操たちが住んでいる地域の氏神様が祀られている神社に着いて、操が元太を抱き祝着を着け身支度を整えると、社務所で手続きを済ませ、ご祈祷をしてお宮参りは滞りなく終了した。
境内で巫女さんに写真を撮ってもらい、お礼を言って神社を後にした。
最後に写真館に行き記念写真を撮影した。
普段、よくぐずる元太が珠子と一緒にいたせいか始終ご機嫌で源も鴻もほっとする。
借りていた祝着を返却し家路についた。
「元太お利口さんだったわね」
ずっと元太を抱いていた操は、緊張から解放されて首をぐるぐる回しながら言った。
それを見た珠子が
「ミサオ座って」
小さなげんこつで操の肩をトントンと叩いた。
「あー、姫、体が軽くなるわ」
操は瞼を閉じて脱力する。
「今日は珠子のおかげで元太がご機嫌なまま、お宮参りができてよかったよ。ありがとな」
源が珠子の頬にチュッとキスをした。珠子が擽ったそうな顔をする。
元太のお宮参りから数日後、柏一家と珠子と操はウエディングフォトのスタジオへ向かった。
「月美さん、ウエディングエステとか受けたの?」
柏の車の中で操が聞いた。
「いえ、そんなの受けません。一回二回受けたって変わりませんもの」
月美が言うと柏が不満気な顔をする。
「俺はエステオプションつけたいって言ったんだけどね」
フォトスタジオに到着し、スタッフが出迎えてくれた。
月美はメイクルームに、柏と孝はフィッティングルームに案内され、珠子と操はロビーで待つことにした。
「月美さんのドレス姿、楽しみだね」
珠子が言った。
「ミユキちゃんのドレスは可愛らしかったけど、月美さんはどんなデザインにしたのかしら」
操も興味津々だ。
二人が今日の主役の支度ができるのを待っているところに、女性スタッフがやって来て珠子の前に屈むと
「神波珠子様、ご案内します。こちらへ」
と言って手を差し出した。
「ええと、私たちは見学と言いますか…」
操が慌てて言った。スタッフはお手本のような笑顔で
「柏様と月美様からの依頼で、珠子様を撮影させていただきますので。お祖母様は今しばらくこちらでお待ちください」
と言うと、珠子の手を取ってどこかに行ってしまった。
しばらくすると
「神波珠子様のお祖母様、お待たせいたしました。スタジオにご案内します」
スタッフの後に続き撮影スタジオに入った。その途端、操が目を見開いた。
背景用スクリーンの前に立っていたのは、緊張した顔の珠子と孝だった。
柊と美雪の結婚式でベールを持って行進した時に二人が着ていた衣装を着けている。
「月美様のご依頼で、孝様と珠子様を撮影させていただきますね」
カメラマンが言うと、操が見守っている中、早速フラッシュが光を放った。
さすがプロカメラマンは雰囲気作りが巧みで、あっという間に珠子も孝もいい表情でファインダーに納まっているのを、パソコンのモニター上で操も見ることができた。
子どもたちの撮影が終わったところで、月美と柏がスタジオに入ってきた。シンプルなドレスは月美のスタイルの良さを際立たせた。隣の柏も高身長でスーツ姿が決まっていたが、花嫁を見て緩みきった顔になっている。
それでも、撮影が始まると素敵なツーショットになった。そして、スーツに着替えた孝が加わって家族の写真も撮ると、全ての撮影が終了した。
帰りの車の中で、
「月美さん素敵だったわ。その姿を見てたカシワの鼻の下が伸びきっていたのが笑ったけど。ツーショットもスリーショットも、とても良かった」
操が言うと、
「月美のドレス姿は最高だった。うん、素晴らしかった」
柏が、また鼻の下を伸ばしていた。
「驚いたのは、姫とタカシ君よ」
「私たちは、撮影を見てないから写真の仕上がりを早く見たいわ」
そう言う月美に、操が聞いた。
「姫のワンピース、体にぴったりだったんだけど、直してくれたの?」
「ええ、孝のと一緒に全体的に丈を伸ばして、いい感じにフィットしました」
車はアパートに戻り、柏の部屋で仕上がった写真をみんなで見た。月美の希望で、シンプルなフレームに納まった写真の月美と柏はとても美しかった。
「家族の写真も、とても温かいわ」
操は優しい表情で見入った。
そして、珠子と孝の写真を見て柏は驚きの声をあげた。
「俺と月美のより、ウエディングっぽい」