5
今日もあたしは神殿に訪れる。
「ユヅキ様。今日は雨の間で"シュヴェルツェ"様がお待ちしております」
いつものようにクルトさんは鋭い目であたしに言う。
もう慣れた。
さあ雨の間へ行こう、と思った時耳元で誰かが囁く。
『 俺の好きだった姉ちゃんはどこに行ったの? 』
ずきり、と頭が痛む。
姉ちゃんは何も変わってないって言うのに……いい加減しつこい。
『 俺の好きだった姉ちゃんはどこに行ったの? 』
うるさい。
あたしは何も変わってない。
変わってないんだから。
『 俺の好きだった姉ちゃんはどこに行ったの? 』
しつこい囁きに、あたしは唇を噛みしめた。
「……なら、あんたの好きだった姉ちゃんはどこにもいなかったんだろうね」
「ユヅキ様?」
「……こっちの話よ。聞き流して」
あたしは1度舌打ちをすると、しつこい囁きを無視することにした。
『 俺の好きだった姉ちゃんはどこに行ったの? 』
◇ ◇ ◇
「……キ?……ユヅキ?」
「っ!……なに?リヒト」
ぼぉっとしていたあたしは、話しかけられたことに気づかなかった。
なんたる失態。急いで彼に笑顔を向けると、彼はしょんぼりとした顔をした。
「さっきから僕が呼んでるのに、ユヅキが無視するから……」
「そ、そうだった?ごめんね。今日、疲れてるのかなぁ」
あはは、と笑ってごまかしても彼の表情は暗いまま。
どうしよう、と思っていると彼は突然あたしの手を握った。
「……ユヅキは」
「……リヒト?」
どこか様子のおかしい彼に、あたしは首を傾げる。
彼の爪があたしの手にくいこんで、少し痛い。
「……ユヅキは、僕のこと、嫌いなの?」
「……そんなことないよ」
「じゃあ、好きってことだよね」
虚ろな瞳が、あたしを見つめる。
話が飛躍しすぎではないかと思っていると、目の前に彼の顔が現れた。
彼の藍色の瞳とあたしの黒色の瞳が合う。
それは、突然のことだった。
「……っ」
唇に生温くて柔らかい感触。
驚いて引こうとしたのに、彼の華奢な腕があたしの頭を固定していてできない。
キスをするときは目を瞑れ、と言っていた彼氏持ちの友だちのアドバイスが頭を過るがそれどころじゃない。
一体何がどうなってこんな展開になったのか。
さっきの雰囲気はそんな雰囲気だった?いいえ、そんなことはなかったはず。
彼氏いない歴=年齢のあたしでもそれはわかる。
意味がわからない、本当、意味がわからない。
そんなことを考えてる間に、そっと柔らかいものが離れていく。
ああ、終わったと思っていると今度は角度を変えてまたやってきた。
何が楽しいのか、彼はそれを何度も何度も繰り返す。
しばらくして、満足したのか彼は嬉しそうにあたしに微笑む。
その笑顔に、あたしはどうしてかひやりとした。
「ユヅキ、大好きだよ」
まるで、逃がすものかと言われているようで。
どうすればいいのかわからず、ただただあたしは頷く。
そしてまた、彼はあたしの唇に彼のそれを合わせた。
◇ ◇ ◇
これはやばいのではないか、とあたしは思う。
抱きしめる、という行為までならまだ許せた。
でも、キスは駄目。あれは好きな人同士がする行為だとあたしは思ってる。
そりゃあ、リヒトを嫌いだなんて思ったことはない。
……うんざりだとは思ったけど。
好きか嫌いかなら、当然好きだとも思う。
でも、それを恋愛感情かと聞かれたら、多分NO。
きっとリヒトもそうだと思う。
というか、間違いなくリヒトのあれは、寂しさからの感情だ。
「……っん」
一体何度目だろうか、彼は飽きもせずにあたしの唇をむさぼる。
今日でファーストもセカンドも全部彼が持っていってしまった。
されるたびに顔が熱くなるのを感じて、あたしは確信した。
……やばいのではないか、と言ってる場合じゃない。
これは、やばい。絶対、何かが間違ってる。
どうにかしないと。
決意を胸に、あたしは何度目かのキスを受け入れた。
基準もよくわからないし、何が起こるかわからなくなってきたので、念のためR15にしておきました。