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リヒトの存在をどう表現すればいいのか、あたしにはわからない。
神殿にいるんだから神様なのかもしれないけど、どうもしっくりこない。
だって、彼は普通の男の子だった。
寂しがり屋の、普通の男の子だった。
「あのね、ユヅキ」
あたしが"神子"と呼ばれるようになってから数日後、リヒトはあたしを抱きしめたまま話してくれた。
最初は、どうして彼はこんなにくっつくんだろうと不思議に思っていたけど、いまならなんとなくわかる。
彼は、今までずっとこの寂しい場所に独りだったんだ。
……周りに人はいたのに、それでも彼は独りだったんだ。
「僕は、外に出られないんだ」
「……どうして?」
「そういう掟だから。……でもね、ユヅキ。ユヅキはそうじゃないんだ。ユヅキは外に行ってもいいんだよ」
耳元で言う声は微かに震えていた。
そして、あたしを抱きしめる腕も同じように。
「……ねえ、ユヅキ。そしたら君も、僕から離れていくのかな?」
"君も"
「僕をまた、独りにするのかな?」
"また"
「……ユヅキは、そんなことしないよね?」
ずるい。彼は、とてもずるい。
"行ってもいいよ"って言うくせに、遠まわしに、"行かないで"と言う。
知らない振りなんてできないほど、わかりやすいその言葉の意味。
「……あたしはリヒトを独りになんてしないよ」
そう言えば、彼は嬉しそうにあたしを強く抱きしめた。
◇ ◇ ◇
外に出たい、と言ったのはもっと日が経ってからだ。
飽きずにあたしを必要とするリヒトにうんざりしてきた頃だった。
もちろん素直に、うんざりだとは言えなかった。
言えば、きっと彼は悲しむ。それに寂しがるだろう。
それには、うんざりしているとはいえ抵抗があった。
「……ユヅキも、僕を独りにするの?」
藍色の瞳が微かに揺れる。あたしはすぐに首を横に振った。
言い訳はずっと前から考えていた。
「あたし、リヒトに外の世界を教えてあげたい。……だから、リヒトの代わりに外に出たいの」
「ユヅキ……」
藍色の瞳から、雫が零れ落ちた。
……ほんの少しの罪悪感。
けれど、あたしはとにかく少しでもココから離れたかった。
じっと彼を見つめると、突然彼はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、ユヅキ。ユヅキは優しいんだね」
……あたしは「ごめんね」と心の中で謝った。
◇ ◇ ◇
『神託』が終わり、クルトさんに睨まれながら神殿を出る。
外はまだ日が高く、今日は早い日か、と思っていると「姉さん」と声を掛けられた。
……ココであたしのことを"姉さん"と呼ぶのは1人しかいない。
「……子どもじゃないんだし、1人で帰れるわよ」
ぶすっとした顔で言えば、"弟"はけらけらと笑う。
「とか言って、さっき間違えそうだっただろ?」
「余計なお世話」
あたしの冷ややかな言葉も気にせず、"弟"は行きと同じようにあたしの隣を歩く。
「最近は晴れが続くね、姉さん」
「そうね」
「明日も晴れ?」
「……ええ、今日は"晴れの間"に居られたから」
「ふうん、でもそろそろ雨が降ってほしいってみんな言ってたよ」
「そう。じゃあ、明日そうお伝えする」
「うん。……このあと姉さんは何をするの?」
「……近所の子どもにお話を話すって約束をしてるから」
「へえ、俺も姉さんの話好きだよ。一緒に行ってもいい?」
「……勝手にすれば」
あたしの素っ気ない言葉に飽きもせず"弟"は話しかけ続ける。
話してても楽しくないだろうに、どうしてこの"弟"はあたしに話しかけるのか。
……結局お金なわけ?
知らず知らずのうちに"弟"を見る目が鋭くなっていたのか、"弟"は顔をしかめた。
「姉さんって……」
「なに?」
「……んーん、何でもない。とりあえず帰ろ。母さんが昼食作って待ってるし。……そうだ、クッキーも作るって言ってたっけ。姉さん甘いの好きだろ?」
「……まあ、好きだけど」
もっと上手く話をそらすことは出来なかったのか。
あたしは、"弟"が何を言おうとしたかったのかが気になった。
……でも、どんなに考えてもあたしは見当もつかない。
それが当然のことだと思っていながら、同時に寂しいとも思う。
「あー、楽しみだなぁ。姉さんの話」
楽しそうに笑う"弟"。
本当はその笑顔を本物だと思いたかった。
……でも。
あたしにある"神子"という立場はそれを許さない。
早くこの毎日が終わってほしいと心の底からあたしはそう思った。




