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あれから1時間後、あたしはベットから出ると服に着替えた。
法衣と呼ばれるそれを着るのは本当は苦痛だった。
それはあたしをこの世界の異端者だと示す。
それでもあたしはこれを着続けるのだろう。……彼のために。
「おはよう、ユヅキ。朝ごはんここに置いておくわね」
"お母さん"がテーブルに朝ごはんを用意してくれる。
まるで、本当の子どもに接するかのように。
……本当に嫌になる。
あたしが朝ごはんを食べ始めると、隣の部屋から"お父さん"が来た。
"お父さん"はあたしとは異なった色、型の法衣を着ている。
「ユヅキ、私は先に神殿へ向かうが……道はもうわかるな?」
「……うん」
「そうか。不安だったらラウルに案内してもらえばいい」
「……大丈夫、1人で行ける」
さすがに1カ月も同じ道を通っていれば覚える。
"お父さん"は心配性だ。
……まあ、自分のためだと思うけど。
温かいスープをスプーンで掬うと、自分の口へ運ぶ。
美味しいと認めるのがなんとなく癪だった。
◇ ◇ ◇
彼のいる神殿に向かう道。
あたしの隣には"弟"がいた。
「……1人で行けるって言ったじゃない」
「姉さんに迷子になられたら困るんだよ」
「迷子になんかならないわよ」
ぎろり、と睨んでも"弟"は澄まし顔。
……あたしのことを迷惑に思ってるくせに、なんでついてくるのよ。
あたしになにかあったって、彼は貴方達を咎めることはできないんだからほっとけばいいのに。
お金がもらえなくなるぐらいなら、我儘な小娘を家に置くほうがマシってこと?
いっそ、走っていこうかと道を左に曲がると"弟"が馬鹿にするように笑った。
「姉さん、ここ右だよ」
「……うっかり間違えたのよ」
◇ ◇ ◇
「ユヅキ様。今日は晴れの間で"シュヴェルツェ"様がお待ちしております」
"お父さん"と同じ法衣を着たクルトさん。
丁寧な口調に似合わないその鋭い目をあたしは気に入っていた。
嫌悪感が滲むその瞳が、金に目がくらんだ他の神官と違っていて。
だから、彼に頼んでこの神殿であたしに接触する神官はクルトさんだけにするように頼んだ。
そしたらますます鋭い目で睨まれるようになった。
前のあたしだったらきっと耐えられない鋭さ。
けれど、今のあたしはそっちのほうがマシだった。
「……ユヅキ様。早くしてください」
「言われなくても今から行くわよ」
その言葉に男は微かに眉をひそめた。
……気にしなくていいのに。
別に舌打ちだってしていいのよ?
罵声だって浴びせてもいいのよ?
何をやっても彼に言いつけたりしないのに。
◇ ◇ ◇
「ユヅキ」
晴れの間について、目が合うとすぐに彼はあたしをぎゅっと抱きしめた。
ココに存在していることを確認するように、強く。
毎日するその行為に、よく飽きないなぁと感心する。
「ユヅキ、僕の名前を呼んで?」
これもいつものことだ。
「"リヒト"」
どうしてか、彼は"シュヴェルツェ"ではなく"リヒト"とあたしに呼ばせる。
最初は戸惑ったけど、すぐに慣れた。
あたしが名前を呼ぶと、抱きしめる力が強くなる。
そして、もう一回と何度も何度もせがむのだ。
「"リヒト"」
「もう一回」
「"リヒト"」
「もっと、もっと僕の名前を呼んで。ユヅキ」
彼がそう望むから、あたしは。
「君が望むのなら、何回でも呼んであげるよ。"リヒト"」
だから、早くこの毎日から解放して?