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こんな毎日なら欲しくはなかった。
◇ ◇ ◇
コンコン、とノック音がしてあたしは目が覚めた。
「……なに?」
「姉さん、朝だよ。起きてよ」
……どうやら1つ下の"弟"があたしを起こしに来たようだ。
全く、顔は似てない癖にこういうところは似てるのか。
苛立ちとほんの少しの嬉しさを隠しながら、あたしは布団の中に潜り込んだ。
「あと5分」
「昨日もそう言って1時間寝てたじゃないか。寝すぎだよ」
「……別にいいでしょ。"神子"様の言うことが聞けないの?」
「っ……!」
軽く舌打ちの音が聞こえた。
そうだ。そうやって嫌ってくれればいい。
お金目当ての偽善なんて、真っ平ごめんだ。
遠ざかる足音を聞きながら、あたしは再び目を瞑った。
◇ ◇ ◇
全ての始まりはあの日だった。
お母さんが、お父さんが、涼が。あたしの家族が死んだ、あの日。
その日は涼の高校の合格発表だった。
授業中に届いた[番号があった!]ってメール。
それが送られた数分後に交通事故に遭ったらしい。
[よかったじゃん。姉ちゃんがお祝いにケーキを買ってやろう]
……偉そうに打ったメールは結局彼には届かなかった。
どういう経緯で事故が起きたのか。……聞いたはずなのに全く思い出せない。
その日は、親戚の人を無視してあたしは家に帰った。
帰ると、あたしは家の中をうろうろとさまよった。
数時間前には台所で料理をしていたお母さん。
数時間前には洗面台で髭を剃っていたお父さん。
数時間前には受験番号を見ながら貧乏ゆすりをしていた涼。
その姿を思い出すことはできるのに。
今、ここにいない。そして、一生ここには帰ってこない。
永遠なんてないことは知っていたのに。
いつか別れがくることは知っていたのに。
まさか今日になるなんて、そんなの考えもしていなかったあの日。
それが全ての始まりだったのだ。
◇ ◇ ◇
眠ろうとしても眠れないあたしは、暗闇の中体育座りでぼぉっとしていた。
今思えばこのときあたしは精神的に病んでいたのかもしれない。
しばらくそのままでいると、突然声が聞こえたのだ。
【サミシイノ?】
ノイズが混じったような声。
人間のものとは思えないその声に、不思議と怯えはしなかった。
「……寂しい、よ」
だって、みんないなくなった。
零れそうな涙を拭いながら、あたしは答える。
【ボクトイッショダ】
「一緒?」
【ボクモサミシイ】
ノイズ混じりの声が今にも泣きそうな男の子の声に聞こえた。
「君も寂しいの?どうして?誰も傍にはいないの?」
【イルヨ。デモ、イナイ】
「いるのに、いない?」
【ミンナボクニハムカンシンダカラ】
何とも言えない答えに、あたしは口を噤む。
すると、そっと"何か"があたしの頬に触れた。
【ネエ、ボクトイッショニコナイ?】
「君と?どこへ?」
【ココトハチガウバショ。……ネエ、ナマエヲオシエテ】
「あたしの?あたしは……柚月。木下柚月」
【ユヅキ。ボクトイッショニイコウ。ソシタラサミシクナイ】
"何か"があたしの手を握る。
【イッショニイコウ、ユヅキ】
あたしは、少し迷いながらも……頷いた。
頷かなければよかった、なんて思っても遅い。
あたしは"何か"にぎゅっと抱きしめられる。
そしてそのまま。
そのまま、あたしは彼の言う"違う場所"に来てしまったのだ。
◇ ◇ ◇
最初、あたしは"違う場所"に自分がいることに気がつかなかった。
気づいたのは"何か"があたしから離れてから。
光がまぶしくて、思わず顔をしかめる。
そしてそのとき、"何か"の正体を見た。
「ユヅキ」
銀色の髪、藍色の瞳。
整った顔立ちの、同い年ぐらいの少年。
なのに、その表情には幼さが残っていた。
「ユヅキ」
ノイズ混じりではない声。人間の声。
それなのに、さっき聞いた声に似ているような気がした。
「あたしと話していたのは……君?」
恐る恐る聞けば、そうだよと彼は笑った。
「これでもう寂しくないね」
彼はそう言ってあたしを再びぎゅっと抱きしめる。
……ああ、違うんだよ。
あたしが寂しいのは、お母さんとお父さんと涼が死んだからなんだよ。
その寂しさは、君では埋まらないんだよ。
すると、彼はまるでその声に反応するかのようにさっきよりも強くあたしを抱きしめた。




