第058話 贅沢な人生
日が沈み、暗くなってきたので湯船を出て、脱衣所に戻る。
そして、身体を拭き、部屋着に着替えると、階段を昇った。
リビングでは灯りがついており、温かさのある程よい明るさである。
サクヤ様とジュリアさんはそんな灯りのもと、ソファーに腰かけ、漫画やカーティスさんの本を読んでいた。
「今さらだけど、この灯りも魔法なんですかね?」
ジュリアさんの隣に腰かけながらサクヤ様に聞く。
「じゃないか? 電気なんかなさそうだし」
魔石をエネルギーとかにしてるのかね?
「落ち着く灯りで私は好きですね」
ジュリアさんは笑顔で頷いた。
「確かにね。心が休まる感じがする」
「ですよね。お風呂はどうでした?」
「すごく良かったよ。夕日も綺麗だったし、外気が気持ち良かった」
「すごかったですよね。冬に人気っていうのも頷けました」
確かに冬はさらに楽しめそうだ。
「冬が楽しみだね」
「はい」
俺達はその後も時折り話をしつつも読書を続けていく。
すでに夜になり、温かい灯りと静寂が心地良かった。
趣味が合ったこと、一緒に異世界に行けて楽しいこと、もちろん、見た目も人間性も好ましいということもあるが、ジュリアさんと上手くやれそうだなと思うのはこの雰囲気が重くなく、ただ心地良いことだ。
「ハルト、明日はどうするんじゃ?」
サクヤ様が顔を上げて、聞いてくる。
「明日はギルドに行ってみようと思ってます。ただ、その前に王都に戻って、冒険者ギルドですね。配達の依頼を受けようかなと」
本当は王都を出発する前に受けておくべきなのだろうが、転移があるからすぐだし、ついてからでいいやって思ったのだ。
「そういえば、そういうのもあったのう……じゃあ、その後はこちらのギルドか?」
「ええ。魔法ギルドと冒険者ギルドですね。仕事をするかは時間や内容を見てから決めますが、まずはどんな仕事があるかを聞いてみようかなと」
「ふーん、まあいいんじゃないか? ジュリアは?」
サクヤ様がジュリアさんに確認する。
「私もそれで良いと思います。住居区も気になりますしね。こっちの世界のお金って今、どれくらいあるんです?」
「金貨60枚くらいかな? これに例のドラゴンの素材料が加わる」
結構ある。
陛下が魔石を金貨50枚で買い取ってくれたから。
「かなりありますね。今日の夕食も銀貨数枚程度でしたし、食に困ることが当分なさそうで良かったです」
実はいまだにこの世界における貨幣価値がよくわかってなかったりする。
ご飯にしかお金を使っていないからだ。
「そこは大丈夫。ただ、仕事はしておこうと思うんだ」
「魔法が使えますし、お金はいくらあっても困りませんしね」
魔法が使えるのはすごく嬉しい。
「そうそう。それにさ、今、こうやって泊まっているけど、地図を見る限り、この世界も広いし、他にも観光地や避暑地があると思うんだよ」
次に行く予定の水の国もそうだろう。
「多分、そうだと思います」
「これからもそういうところを回っていくわけだけどさ、一度行けばサクヤ様の転移で行けるわけ。今回はこんな感じで別荘をもらっちゃったわけだけど、他の町とかの宿泊施設とかに泊まるのも良いと思うんだ」
「良いと思いますね。旅行って言うのかはわかりませんが、今みたいに休みの日にゆっくりするのも大事だと思います」
ホントにそう。
俺達はただでさえ、移動が制限されているわけだし。
「そういうこともあるし、お金は定期的に貯めていこうと思うんだよ」
「ハルトさんはお強いですし、良いと思います。私もお手伝いしますし、やっぱり今まで学んできた魔法を活用できるのは嬉しいです」
ねー。
「サクヤ様はどう思われます?」
サクヤ様にも確認する。
「良いんじゃないか? これまでは毎回家に帰っておったが、こういうところで泊まるのも良いと思う。さすがに平日は厳しいかもしれんが、現代社会で疲れた心身を癒すと良い。それに金を貯めるのは良いことじゃ。おぬしらのあっちの世界における収入は月に20万前後といったところじゃろ?」
手取りだと……そんな感じかな?
残業の有無で前後する。
「それくらいですね」
「私は手取りですと、20万を超えてはいませんね」
「つまりおぬしらの収入は月に40万じゃ。少ないとは言わん。じゃが、多いとも言えんじゃろ」
「それはそうですね」
地方は家賃も安いし、住みやすいと思う。
でも、給料はその分低いし、何よりも車が必須なため結構な出費がかかる。
「これから上がる目途もなかろう?」
心がズキズキするぜ。
「生活が変わるような大幅なアップは見込めないでしょうね」
「私もです。小さいわけではありませんが、中小企業であることに変わりありませんから」
そうそう。
「それはそれで良い。岩見にも多少の財産は残っておるし、浅井も援助はしてくれよう。おぬしらはおぬしらの収入に見合った家庭を築け。贅沢じゃなくても良い。ただ幸せな家庭を築けば良いのじゃ」
「そのつもりです」
「私もそうありたいと思います」
当然のことだ。
「じゃが、一方でこっちの世界ではどうじゃ? 岩見家最高の魔法使いであるハルトはもちろんじゃが、ジュリアも魔法使いとしては上等じゃし、剣の腕も見事じゃ」
「どうも」
「ありがとうございます」
頭を下げつつもジュリアさんと顔を見合わせる。
「おぬしらはこの世界で大成できよう。この前もドラゴンを楽に狩ったし、いくらでも儲けられる」
「そんな気はしますね」
魔石に魔法を込めるだけで金貨が何枚ももらえる。
「本来ならこっちの世界に移住することも考えても良いレベルじゃ。じゃが、ハルトは岩見家の当主であり、ジュリアも浅井の子じゃ。それは許されん」
「もちろんわかっています。それに友人もいますし、あの地に愛着もあります」
「私もそうです」
ジュリアさんは家族もいる。
「うむ。当然じゃな。我もテレビもない世界は嫌じゃ」
俺も嫌。
科学が発展したことで魔法使いが衰退したが、それは仕方がないことだと思っている。
だって、科学ってすごく便利だもん。
「サブスクも見られませんしね」
「そうじゃの。だからこそ、以前にこっちの世界で稼ぎ、豪邸でも買ったらどうじゃと勧めたわけじゃ。例えばじゃが、ハルトの部屋はともかく、ジュリアの部屋で2人で住むことも可能じゃろう。あ、我もおるし、なんかゲームしとるのもおるがな」
ノルン様ね。
「言いたいことはわかります。一部屋あればそこでゲームしたり、料理したりできますからね」
寝室なんか寝るだけだし、本くらいがあればテレビなんかいらない。
たとえ、1DKくらいの安アパートでもサクヤ様の転移があるからいくらでも部屋は増やせるわけだ。
実際はもう1部屋くらいはいると思うし、もう良い感じの家をもらったけど。
「稼げ。こっちの世界では大富豪にでもなって、うんっと贅沢をせい。おぬしらはそれが楽にできるだけの力を持つ魔法使いじゃ」
贅沢に際限はないか……
宝くじでも当たらない限り、日本における俺達の上限は見えている。
でも、こっちはそんなことない。
もちろん、危険なことをする気はないし、地に足のついた仕事をする。
そして何よりも、魔法を使ったりすることが主なため、それが苦ではないし、むしろ楽しいのだ。
「わかりました」
「頑張りましょう」
好きな魔法を使い、ゲームのような冒険ができる。
そして、それで贅沢ができるのだからやる以外の選択肢はないだろう。
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