第188話 スタート地点があそこで良かった
駅の中に入ると、奥に受付があり、若い女性が座っているだけで他は誰もいない。
ただ、右の方が開けており、黒い列車が見えている。
多分、駅のホームだろう。
「いらっしゃいませー」
奥の受付にいる女性が声をかけてきたので近づく。
「こんにちは。ちょっと聞きたいんですけど、大丈夫ですか?」
「ええ。何でしょう?」
女性がニコッと微笑んだ。
「この列車で土の国に行けるんですよね?」
「はい。暗くなる前の夕方に出発し、到着は朝になります」
「VIP席ってあります? 寝るところがあるやつです」
「もちろん、ございます。当列車は一般のボックス席とVIP席の個室があります。VIPと言ってもベッドとソファーがあるくらいですけど」
十分だ。
風呂なんかは帰ればいいし。
「いくらですか?」
「一般席は金貨1枚で個室は金貨10枚になります。これは席代ですので何人でも料金は同じです。ただ、ボックス席は乗れて4、5人ですし、個室にベッドは2つしかございませんのでそこは注意です」
俺達は4人だから大丈夫だ。
「今日、出発したいんですけど、大丈夫ですか?」
「はい。当列車は1日ごとにこの王都と土の国の聖都を往復しています。今日はちょうどこちらにありますので問題ありません」
1日ごとなのか。
じゃあ、昨日や明日だったら列車が聖都の方にあったから乗れなかったわけだ。
「VIP席をお願いしたいんですけど、空いてますかね?」
「空いてますよ。利用するお客さんはあまりいませんからね」
「そうなんですか?」
「少ないってわけではないですけど、住民はそんなに頻繁に移動しませんから。この列車も本来なら荷物を運搬するのが主目的なんです。こう言ったらなんですけど、人はついでです」
だから利用客がそこまでいなくても毎日動かしているわけね。
「えーっと、じゃあ、VIP席をお願いします。あ、受付は夕方からですか?」
「いえいえ、今でも結構ですよ。ギルドカードはお持ちですか? 土の国に行くということは外国ですので一応、審査があります」
それもそうか。
「ギルドカードもありますけど、フロック王国でもらった通行証があります」
そう言って、通行証を提出する。
「ほうほう……」
女性は通行証を受け取ると、読み始める。
「隣国のものですけど、大丈夫ですかね?」
「いえ、大丈夫ですよ。というか、フロック王国の王様の名前が入ってるじゃないですか。これで怪しいって言ったら全員、怪しいですよ」
そうか? 逆にそんなものを持っている方が怪しくないか?
「大丈夫です?」
「はい。問題ありません。でしたらVIP席の料金の金貨10枚をお願いします」
女性がそう言って通行証を返してくれたので代わりに金貨10枚をカウンターに置いた。
「じゃあ、これで」
「はい、確かに。では、こちらがチケットになります」
チケットを受け取り、見てみると、土の国の聖都行きって書いてあった。
「これを乗る時に提出すればいいんですか?」
「ええ。時間になればそこに係の者が立ちますので渡してください」
女性が列車の方を指差す。
「わかりました。夕方に来ればいいんですね?」
「ええ。あまり遅れないようにしてくださいね。先にチケットを買ったお客様がいれば多少は待ちますけど、さすがに限度がありますので」
そりゃそうだ。
「夕食は?」
「持ち込んでください。車内販売はないので忘れると明日の朝までひもじい思いをしますよ」
「わかりました。あ、それと最後にいいですか? あの列車はなんで黒いんです?」
「あの砂漠の中で黒い列車が走っていたらかっこいいだろうってしょうもない理由です。何がしょうもないってそんなもんを誰が見るんだってことですね」
砂漠だもんね……
「ねえねえ、事故ったことはないの?」
心配症のタマヒメ様が聞く。
「ありませんね。メンテナンスはちゃんと行われていますし、砂漠の盗賊共も列車だけは狙いません。ここを狙ったら出資した周辺各国への宣戦布告ですし、女神様への巡礼の邪魔をする背信者認定を受けます。盗賊よりもずっと怖い人達が出てきますよ」
「それなら安心ね」
タマヒメ様がうんうんと頷く。
ただ、それは列車で行かないと盗賊達の餌食になるということだ。
土の国ってやっぱり聖都以外は危ないんだな。
「安心して夜の砂漠をお楽しみください」
「わかりました。じゃあ、また夕方に来ますので」
俺達は無事にチケットを購入できたので駅を出る。
「今日、出発できそうで良かったね」
「はい。1日ずれてたら明後日になってました」
運が良かった。
日頃の行いが良いせいか、神様の加護のおかげだろう。
「ラッキー、ラッキー。じゃあ、当初の予定通り、夕方まで観光する?」
「そうですね。でも、夕方前には一度戻って準備をしましょう」
確かに色々と準備がいるだろう。
まあ、サクヤ様とタマヒメ様の転移で取りに戻れるんだけどね。
「夕食はどうする? 戻って食べる?」
「私、電車でご飯を食べてみたいです」
駅弁的なやつか。
確かに憧れる。
「じゃあ、作っていくか、どこかで買うか……」
どうしようかな?
「ハルト、ハルト」
サクヤ様が服を引っ張ってきた。
「どうしました?」
「我に名案がある」
名案……食のことになると、よくひらめくと評判のサクヤ様の名案か。
「何でしょう?」
「ほれ、ルイナの町の名産のボアのバター焼きがあるじゃろ?」
「ありますね」
めちゃくちゃ美味いし、今でもたまに食べているやつ。
「あれのメニューにボアのバター焼きサンドがあったじゃろ? あれをテイクアウトし、持ち込もうじゃないか」
「テイクアウトなんてやってますかね?」
「異世界は日本と違ってそんなにうるさくないじゃろ。それに我らは常連じゃぞ。頼めばやってくれるじゃろ」
まあ、あの可愛いウェイトレスさんも『お客さん、よく来るねー』って言ってたしね。
「ジュリアさん、どう?」
「良いと思います」
そっかー。
「じゃあ、そうしますか」
あのバター焼きサンドを列車で食べるのも一興だろう。
単純に美味いし。
「うむ。それに酒を合わせようじゃないか」
「サクヤ、私が思うにできたてが良いと思うわけ。持ち込むというより作ってもらってそれを列車で食べましょうよ。それができるのが転移よ」
「それもそうじゃの。よし、そうしよう。ハルト、ジュリア、夕食は我らに任せるがいい」
神様って食に関しては積極的なんだよなー。
「では、お願いします」
俺達は夜の予定を決めると、王都を観光する。
特に見るところはないと聞いていたが、城は綺麗だったし、お店が多いので巡っているとあっという間に時間が過ぎていった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
月曜、木曜に投稿している本作ですが、更新日を日曜に変えさせていただきます。
今後ともよろしくお願いします。




