1.1 もふもふのために死にます、アーメン
不定期投稿になると思います~~~
本業の執筆の合間に書くので、そんな感じでお願いします~~~~~~~~~
「あなたは死にました」
出会い頭に言われたくない言葉ランキングで堂々の第一位をぶっちぎりで獲得していそうな言葉を、文字通り出会い頭に意気揚々とぶつけられた場合の対処方法を、今すぐにでも知恵袋に相談したかった――あるいは抒情的な描写たっぷりの文章で装飾して、SNSに投稿したかった。
しかして僕の手元にはスマートフォンと呼べるものがなく、というか衣服すらもなく、というか全裸であり、下着さえもなくなってしまっていたので、やむなく断念することにする。
断念することにして、そして――あらためて、あれ? どうして僕は全裸なんだ? という疑問に行きついた。
よもや先鋭的なパリコレの世界に転生を果たしたのか?
「いえ、違いますよ」
と、目の前の少女は言う。
シミひとつない綺麗な白色の肌に、純白のワンピース。
さらりと肩に流れている金色の髪はこまやかで美しい。
ありていに言って、そこに鎮座ましましていたのは、通り過ぎれば誰もが振り返らざるを得ないであろう白金の美少女であった。
青くて大きな瞳に、すらりと長い手足。
なぜかマスクを付けているので、口と鼻が見えないのが残念だったが、きっとマスクを外したとしてもその美貌が損なわれることは決してないだろう。
「あなたは死にました」
少女は念を押すようにしてそう繰り返した。
「あなたが全裸なのは、衣服があなたに含まれないからです。ここに来る人は全員そうなので、ひとまず落ち着いてください」
「これが落ち着けますか!」
僕は自らの胸をたたく。
僕の心は、今や東京全土を焼き尽くさんばかりの怒りの炎によって燃え滾っていた。
「な、なんですか」
「僕の服を返してください! 全人類が異性の前で裸になることに抵抗がないわけではないのですよ! これは人権の侵害だ! 」
「し、仕方ないでしょう・・・僕だってあなたの貧相な裸は見たくありません」
しかし仕事なので、と少女は、どこからか取り出したのか、分厚い書籍を手のなかに呼び出した。ばらら、と触れてもいないのにページがめくれていく。
「あなたの名前は、佐久間イツキ。大学生ですね? 三度の飯よりもふもふとした獣が大好き」
「な、なぜそれを・・・」
「昨晩の自慰は『九頭身の九尾ちゃんにこってりたっぷり』で行いましたね」
「本当になぜそれを!?」
背筋を冷たいものが這って行くのが分かった。
彼女の言う通り、僕は大のケモナーであった。猫耳やしっぽをつけただけのコスプレ少女も守備範囲ではあったが、彼女の言葉通り、毛並みの豊かな獣少女を溺愛している。
しかしながらなぜそのことを彼女は知っているのか、それはまったく分からない・・・。
僕がケモナーであるということは誰にも言っていないはずだ。
たまり場にしていたオタサーでも打ち明けていない。
僕は硬派なロボットオタクということになっていて、猫耳少女に対して「それ耳が四つない?」と尋ねてくる輩を片端からなで切りにしていることなど誰にも知られていないはず。
「この書にはあなたの人生のすべての出来事が描かれています」
少女は淡々とそう打ち明ける。
「ですので、あなたの守備範囲や、性癖もすべて知り尽くしています・・・あなたが僕のような、ロリペタ金髪美少女のことを、かわいいと見ほれこそすれ、性の対象としては見ていないということも」
「性の対象って・・・」
少女は自身の胸をたたいた。
「はい。僕はロリコンにとっては全財産をはたいてでも手に入れたい絶世の美少女なのです。この胸のなさ、手足の細さ、そしてまとっている儚さ、どこをとってもロリコンの性癖にベストマッチなのです」
「嫌な自己分析だな」
「さきほども言いましたが、あなたは確かに死亡しますた」
「スレを立てた!?」
「ようこそ、バーボンハウスへ」
「釣りスレか~~!」
腹筋しなきゃ。
僕は床に寝転がって、腹筋の体勢になったところでハッと我に返る。
「卑怯な・・・僕を寝かせてトドメを刺すつもりでしたね」
「あなたが勝手に腹筋しようとしただけじゃないですか」
少女は溜息をついて本を投げた。
「痛い!」
ストレートに顔にぶつかって後ろに倒れた。
「では続けます」
「はい、お願いします・・・」
淡々とした女の子だった。
「あなたは死亡したときのことを覚えていますか?」
「い、いえ・・・覚えていませんが」
「では説明するので、しっかり聞いておいてください。あなたは散歩中、かわいらしい白色のトイプードルを見つけました。」
「かわいらしいトイプードル・・・」
「あなたは咄嗟にスマートフォンで写真を撮ろうと、そのトイプードルのほうへと全速力で走り出しました。ハアハアあえいでいてめちゃくちゃ気持ち悪かったです」
「いるかな、そこの報告」
「そのときでした。そのトイプードルが、ぱっと車道に飛び出したのです。しかもそこには、迫り来るトラックが!」
「なに! トイプードルが危ない!」
「あなたはトイプードルを救うべく、背負っていたリュックサックを投げだしました」
「すごい、がんばれ!」
「そして手にしていた腕時計を外しました。軽量化のために」
「大事だからね、スピードを出すために軽量化は」
「そして上着を脱ぎました」
「・・・軽量化大事!」
「そして下着を脱ぎました」
「全裸になってない?」
「あなたはまっすぐに走り出しました!」
「ねえ全裸になってない? 大丈夫?」
「あなたはトイプードルに手を伸ばします!」
「間に合え! がんばれー!」
「迫り来るトラック!」
「うわあ! まずいよ! 早く早く!」
「そこであなたは気付きます」
「え!」
「それはトイプードルではなく、ただのビニール袋であったと」
「・・・・・・・・・・・・・・ええ!?」
「迫り来るトラック!」
「やばい逃げて! マジ逃げて!」
「びっくりした顔のトラックの運転手!」
「ごめんね運転手さん! びっくりさせて!」
「風にそよぐ●●●!」
「その描写いる!? 全裸になったのは僕だけど!」
「小さいし生白いですねえ・・・」
「だからいるかなその描写! 心が痛いんだけど!」
「気味が悪い形ですね」
「ひどい!」
最悪だった。
「そういうわけで、あなたは死亡したのです」
「自分自身に失望だあ・・・・・・」
寝際に思い出してうめく時間が長くなりそうだった。
「しかし、僕は本当に死んでしまったんですね・・・●●●の描写がそれを示している」
「あ、そこで分かるんだ」
「では、ここは地獄の門ですか?」
僕が尋ねると、少女はにやりと笑顔になった。
「いいえ――あなたは勘違いとはいえ、何かを救おうとして死にました。その点は評価に値します。あなたの死は、価値のあるものだった」
「あんな死に方しといて?」
「はい。あなたの死には意味がありました」
少女はまっすぐな目をして言ってくれる。
「よって、あなたがこれから歩むはずだったその人生を、異なる世界で歩むことをここに許可します」
「異なる世界・・・異世界ってことですか?」
「そうですね。その表記でも正しいでしょう」
途端に気分が明るくなる。
そうだな、異世界・・・正直なところ、あまり異世界系の小説を読んできた僕ではなかったけれど、なかなかに夢のある話ではあった・・・そうだ、そうじゃないか。異世界に行けるということはすなわち、もふもふの毛並みのもふもふ美少女に出会えるということ。
いいや、もふもふであれば少女でなくとも、というか人型ではなくても、ただの獣であっても、どんとこい、という感じだ。
いっぱいもふもふを集めて、もふもふのお腹でぐっすりと眠りたい。もふもふに包まれてもふもふな生活を送りたい!
「では、異世界に転生する前に、何か授かりたい能力などはありますか? ・・・こほ、こほ」
少女は唐突にせき込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「はい。どうやら、先ほど転生の案内をした人に風邪をうつされてしまったみたいで・・・・・・けほ、こほ、こほ、あなたにうつすより前に、ちゃっちゃと転生させてしまいますね。改めて・・・なんの能力がいいですか?」
「ビーストテイム!!!!!」
僕は拳を突き上げて叫んだ。
「おばちゃん、ビーストテイムの能力一丁!!!!!!!!」
「誰がおばちゃんだ」
言いながら、少女はパラパラとページをめくり、何かをぼそぼそと呟き始める。
「ではこれより、・・・っくしょい! あなたの転生作業を・・・っくしょん! ・・・始めます」
少女は言って、僕の周りを囲うようにして魔法陣を描いた。
「汝、ビーストテイム・・・っくしょい! テイムの能力を得、これより異世界へと転生を果たさん・・・はあっ!」
途端、僕の足元が黄金色に輝きを放った。じわじわと光が僕を包みこんで・・・痛い! 痛っ! なにこれ!
「なにこれ!? すげえしびれる! どうなってるの!?」
激しい痛みに少女のほうを向くと、少女は沈黙したまま静止していた。
「え・・・なにそれ」
少女の唖然とした瞳と目があう。
「わかんない。なんでしびれてんの?」
「分からないって、どういうこ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言い終わるより前に、視界がブラックアウトした。
瞬間・・・僕は、転生した。