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腹痛確定イベントと旅立ち

 ドレスのような寝間着ねまきに身を包み、眠る寸前まで緊張していたアカネだったが、一度夢に入り込んでしまうと今度は変に熟睡じゅくすいしてしまって、起こしにやって来たメイドたちを困らせた。


 結局、キチンと身だしなみを整えたミドリに叩き起こされ、強制的に着替えさせられて朝食の会場まで連行された。


 白く長いテーブルの上には、バスケットに入った焼き立てのパンや美しい飾り切りを施されたフルーツの盛り合わせ、オレンジや紫のお洒落しゃれな色をしたソースがかかった白身魚のソテーなど、実に様々な食事が並んでいる。


 スープも数種類あり、デザートも各種並んでいるのだが、用意された椅子はアカネとミドリの分だけである。


 確実に二人では食べきることの出来ない量であり、残りがどこへ行くのか、小物なアカネはもちろん、根が小心者なミドリだって気になってしまう。


 また、二人の皿の内、アカネの方にはスプーンやフォークなどの他に箸もおいてあった。

 テーブルマナーは特に気にせず、自由にしてよいということなのだろう。


 普段のアカネならば、この豪華な会場を見ただけで喜びと緊張に胸を跳ね上げ、

「高級過ぎて味が分からない! 私はしょせん庶民。ジャンクなバーガーが恋しいわ」

 と、涙目になるところだが、今はすっかり寝惚ねぼけているので、雑に椅子に座り、手づかみでフルーツを食べている。


 口元や指先が汚れており、幼い子供のような仕草だ。


「全く、アカネ殿は相変わらず朝がダメダメでござるなあ。初日の出を見に行こうって言いだしたくせに起きられず、アオイ殿と一緒にアカネ殿宅へ押しかけたあの日が懐かしいでござるよ」


 ミドリがプクッとむくれながらサラダをかじった。


 口調などは高校時代のものに戻っているが、美しい姿は維持したいようで、ベジファーストを心がけている。


 怒られているアカネはこぼしながら水を飲み、ダアンと雑にグラスを置くと、寝ぼけ眼をこすった。


「ん~? うん。起きてるってば。でも、アラーム以外に起こされるの、久しぶりだなぁ」


 アカネは就職してから一人暮らしをしていたため、起床を他人に頼ることはできなかった。


 そのため、三分から五分刻みに細かく設定した大量のアラームによって心地よい布団から脱出し、仕事に向かっていた。


 おかげで、この世で最も嫌いな音は、けたたましく誇張されたにわとりの鳴き声である。


「という訳で、ちょっとミドリに甘えたい~」


 一人暮らしの寂しさと大変さを語りつつ、ミドリの背中にダレーンと抱き着いたのだが、

「却下でござる!」

 と、引き剥がされてしまった。


「全く、そろそろいい加減に目を覚まして、しゃんとするでござるよ。朝食を食べたら、王の間に行って、今後の話し合いをするんでござるから」


「え!? 何それ、何の話!?」


 大人しく席に着いてバターの塗られたパンをかじっていたのだが、唐突に腹痛確定イベントの存在を知らされ、一気に目が覚めた。


 目を丸くして、アワアワと無駄にパンを振り始める。


「やっぱり聞いていなかったんでござるな。もう何度もお話ししたでござるに」


 ミドリはヤレヤレとため息をつくと、アオイを探すために今後しばらくは城を留守にすることについて、朝食後に話し合いが行われる予定なのだと話した。


 だが、話し合いといっても、ミドリ側の主張は専属メイドを通して伝えており、向こうでも既にミドリたちの扱いについて決定がなされているため、アカネたちにはあまり決定権が無いらしい。


 双方の体面を守るための話し合いの場であり、アカネたちにとっては、挨拶をし、決定された事柄を確認する時間という認識でよいのだそうだ。


 王は、欲はあるが賢い人間であり、また、メリステム神をあつく信仰しているため、アカネたちにとって著しく不利な条件を与えたり、城から出さずに囲い込んだりすることは無い、というのがミドリの予想だった。


 もしも予想が外れ、話が良からぬ方向へと転がった際にはミドリが懸命に交渉してくれるらしい。


 詳細を聞いたアカネは余計に緊張し、取り敢えず片端から食事をとって心を誤魔化ごまかすのだが、王との対面時に腹を下したり、尿意をもよおしたりしないか不安だ。


「ミドリ様、アカネ様、お迎えに上がりました」


 開け放たれたドアの向こうから、丁寧な所作しょさでメイドが室内に入って来る。


 背筋を伸ばして凛と歩くミドリの隣で、アカネはオドオドとしながら王の間に入った。


 そして、ガタガタと震えながらも一生懸命に話を聞いたはずなのだが、アカネは緊張のし過ぎで、内容を何も覚えていなかった。


 記憶が大きく飛んでしまっていて、覚えているのは、王の衣服が真っ赤なマントに縦縞たてしま模様の入ったカボチャパンツであり、背の小さく立派なひげを蓄えたおじさんだったため、小さめのコインを集めてそうだな、と思った事のみである。


 気絶したり、奇行に走ったりしたのでは? という恐怖がよぎる。


 だが、ミドリが言うには、アカネは顔面をどす黒くして目の端に涙を浮かべ、王に何かを問いかけられるごとに、ブンブンと首が千切ちぎれるほど激しく頭を振って頷いていたらしい。


 無礼ぶれいではなかったが、体調を問う言葉にすら必死に頷いていたので、途中から誰もアカネには話しかけず、話し合いもかなり素早く終わった。


「とはいえ、拙者も話の内容は理解しきれておらんでござる。誰かさんのせいで、詳しい話しはレイド殿から聞くように、と言われてしまった部分もかなり多いでござるしなあ」


 ギロッと責めるような目線を向けられ、アカネは肩をすぼめてちぢこまった。


「うう、しょうがないじゃない。私にあの空間は無理よ。というか、本当に護衛はレイドなのね。てか、今なんの時間? レイド待ち?」


 ミドリの部屋に戻ってきたアカネは、すっかり調子を取り戻して高級なソファーに寝転がっている。


 今は上等な衣服に身を包んでいるからソファーを汚す心配もない。


 むしろ、今のうちに一生分の高級感を堪能するつもりのようだ。


「そうでござるよ。レイド殿が細かい引継ぎと同僚たちへの挨拶をし、金銭などを受け取って準備を整えたら、ここにやって来るでござる。なんだか、あまり親しくない人間と旅をするのは緊張するでござるなあ」


 ミドリは不安げに目線を下げ、小さくため息をつくのだが、アカネはキョトンとして、

「え? でも、レイドってミドリのチーレムメンバーだったじゃん。ちょっとは親しいんじゃないの?」

 と、首を傾げた。


 そうすると、今度はミドリの方が不思議そうな表情を浮かべている。


「へ? レイド殿が? いや、拙者、さきほど王の間で会った時が初対面だと思ってござったが」


 どうやら、レイドは積極的なハーレムメンバーによって存在をかき消され、ミドリに認識されてすらいなかったらしい。


 メンバーの中で唯一まともに彼女を愛し、気遣っていただけに、かなり不憫である。


 アカネは思わず眉をひそめた。


「ちょっと、ミドリ、アンタ最低よ。やはり、ハーレムというのは、ここまで人をおごり高ぶらせるのね。その境地にたどり着きたい、じゃなくて、まさか、自分を助けてくれた恩人まで忘れちゃうとはね……」


 ヤレヤレと首を振るが、ミドリは相変わらず釈然しゃくぜんとしない様子だ。


「まあ、五年前の話ですし、忘れられても仕方がないとは思っていましたが、初対面とまでとられているのは、いささか心外ですね」


 唐突な男性の声に驚き、アカネとミドリが同時に振り返る。


 どうやら、いつの間にかレイドが室内に入ってきていたようだ。


 旅に合わせて衣服を変えたようで、シンプルな白いシャツに黒い長ズボン、スニーカーを履き、大きな肩かけバッグを下げていた。


 また、布の袋を二つ、両腕で抱えている。


「わっ! レイド、いつからここへ? というか、ノックくらいしなさいな」


 アカネが呆れて叱ると、レイドは苦笑いになって頬を掻いた。


「仲間として接するのに、少しくだけてみようと思ったのですが、くだけすぎてしまったみたいですね、すみません。それに、随分とお待たせしてしまったみたいで。ところで、今後の予定ですが、まず、隣町のルメインへ行くこととなっています。途中までは魔車ましゃで向かいますから、細かい説明は車内で済ませましょう」


「ましゃ? なんか言いにくい名前ね。何それ」


 城があったり、町並みがヨーロッパ風だったりと、王都からは西洋ファンタジー風の雰囲気を感じとっていたので、てっきりアカネは馬車で移動するのだと思っていた。


 聞き間違いではないかと思い、「馬車?」と問いかけたが、やはり魔車ましゃで合っているらしい。


「えっと、要するに魔力で動く自動車でござるよ。この国は、今までに現れた転生者の影響を受けて、色々と拙者たちの世界に近しい物が存在しているんでござる。新幹線はござらんが、列車も通ってござるよ」


 衣服のデザインには現代日本風の物があるし、未発達ではあるがインターネットのようなものも存在している。


 また、クレジットカードによる金銭のやり取りも可能であり、かなり便利な生活を送ることができるのは、そういったことが関係しているらしい。


 また、ミドリもいくらかは知識の伝達者として働き、メール機能だけが存在する携帯機器の開発に協力していた。


 ミドリが話し終えたタイミングで、レイドは布の袋を一つずつ二人に手渡した。


 袋には何やら柔らかいものが詰まっているようで、フカフカとしている。


 中身は何だろう? と興味津々のアカネがモフモフと袋をもてあそんでいると、レイドが中には衣服が入っているのだと教えてくれた。


「今アカネ様たちが着ている衣服は、旅には向きませんから。まあ、用意された物も、庶民が着るには豪勢ごうせいですが。着替え終わったら城の外までお越しください。魔車ましゃの準備をしておきます」


 そう言い残して、レイドはミドリの部屋から去って行った。


 あまり待たせるのも申し訳が無いので、二人はサッサと着替えを始めた。


 アカネは、シンプルなシャツの上にフードのついた桃色のパーカーを着用し、ストレッチ生地のジーンズと赤いスニーカーを履いている。


 髪は赤いリボンでくくり、左上にサイドポニーテールを作った。


 ミドリの方はフリルのついた純白のブラウスに身を包み、クリーム色の生地に白い花柄のロングスカートと茶色のかかとの低いブーツを履いている。


 また、髪はそのままストレートに下ろしており、茶色の小さく花模様の入ったカチューシャで前髪をまとめている。


 衣服のデザインは庶民的であり、特にアカネの方はそれが顕著なのだが、その材料は高級品なのだろう。


 ツヤツヤと光沢があり、一目で高価な品なのだと分かってしまう。


 初めはその着心地の良さやデザインに喜んでいたのだが、段々、

『これ、治安が悪いところに行ったら追い剥ぎにうんじゃない?』

 と、不安になって来た。


 アカネの中で、異世界の王都といえば恐ろしく治安の悪いスラムがあり、隣町に行けば孤児の少年に財布を盗まれ、さらに、田舎いなかに行けば天に見放されて凶作にあえぐ貧困の村がある、というイメージだ。


 実際のメリクラスム国が、アカネの心配するほど荒れた国であるかはさておいて、確かに、あまりにきらびやかな衣装で出歩いていてはトラブルのもととなりかねない。


「ミドリ、隣町で身の丈に合った服を買おうね」


 アカネは、一人でうんうんと頷いた。

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