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ロッペルテールの踊り食い

 朝食を食べ、すっかりと準備の完了したアカネはアオイと観光へ向かった。


 今日は遊ぶから、ということで、アオイは肩につく程度の髪をストレートに下ろし、可愛いヘアピンをつけているのだが、メイド服以外の服を持っていないらしく、アカネの黒いパーカーとジーパンを借りて身につけていた。


 何故あまり私服を持っていないのかと問えば、マナの世話に熱中しすぎて外出の頻度が減ったことと、メイド服に慣れ過ぎたことにより、他の衣服を用意するという考えが頭から抜けていたのだという。


 それを聞いたアカネは、いくつか自分の衣服をアオイに分け与えることにした。


 今の季節は秋で、日差しは強いが暑すぎるということもなく非常に快適だ。


 隣にアオイがいると、アカネも随分と落ち着いて町の様子を眺めることができた。


 地面はレンガで舗装されていて、家屋もレンガ造りのものが多い。


 そのため、一見した雰囲気は物語上で描かれる西洋風なのだが、ウェンディナーと同様に、通路を彩る屋台では焼き鳥や中華まんが売られていたり、町ゆく人々の中には着物を着ている者がいたりと、和、洋、中が混ざった不思議な空間だ。


 加えて、人々の中には人間の他に獣人やドワーフ、妖精などといった様々な種族の者がおり、おまけに木箱の上で寝そべる猫には角や翼が生えている。


 まさに異世界、まさにファンタジーという雰囲気にアカネはすっかり興奮して、頬を真っ赤にほてらせた。


 キラキラとした笑顔を浮かべ、アカネはその場で深呼吸をする。


「香りまで異世界!! いや~、やっと、思い描いたファンタジーを摂取できたわ! ねえ、アオイ! これぞ異世界! っていう食べ物とかスイーツは無いの? どうせなら、凄いのを食べてみたいわ」


 ありがたいことに、大抵の食材は日本のものと似通っており、口にするのに抵抗の無い物ばかりだ。


 そのため食には困らないのだが、面白みも無い。


 どうせなら食べる瞬間まで火がついている果物や、目がつぶれるほどの輝きを放つ魚など、珍しい食材からできた料理を食べ、全身で異世界を味わい尽くしたい。


 そう期待を込めて問えば、アオイは困ったように頭を掻いた。


「そう言われても、もうこっちに来て五年くらい経つからな。異世界っぽいって言われても……あ! 一個あったかも、珍しいスイーツ。食べたいなら食べさせてやるけど、後悔すんなよ!」


 パチリとウィンクするアオイに連れていかれたのは、異世界版の猫カフェだった。


 日常的に獣人たちと接し、かなり好きなようにケモを摂取する生活をしているのだが、それでも足りないのか、あるいは求めるものが違うのか。


 動物系のカフェに通うというアオイの趣味は健在のようだ。


 木を基調とした店内では、猫に気遣ってフローラルな香りを放つ芳香剤などは用いてはいないようだが、どことなく森の中を思わせる温かな匂いがする。


「いらっしゃいませ~。あら、アオイさん、お久しぶりですね。後ろの方はご友人ですか?」


 受付の女性が、二人の方を見てニコリと微笑んだ。


 彼女は三毛猫の獣人で、愛想の良い笑顔が大変可愛らしい。


「久しぶり、イカナさん。相変わらずいい毛並みだな。そうだよ、こっちはアカネで、古い友人なんだ。転移者でさ、珍しいものが食べたいって言うから、ここに連れてきたんだよ」


 アオイは気さくに話しかけると慣れた手つきで財布からポイントカードを取り出し、カウンターの上に置いた。


 カードが金色であり、中が猫のハンコでギッシリと埋め尽くされていることから、彼女がこの店に通い詰めていたのだと推察できる。


「あら、ふふ、それで選んでいただけるとは光栄です。それでは担当スタッフに用意させますので、少々お待ちください。コースの方はいかがなさいますか?」


 イカナがポフポフと肉球で料金表を叩いた。


 基本的には滞在時間によって料金が決まっており、そこに猫用のおやつや客用の飲食物などの料金が足されて最終的な金額が決まる、というシステムのようだ。


 料金表には注意事項も載っている。


 猫には、猫用おやつ以外の飲食物を与えてはいけないことなど、常識的な内容が多いのだが、アカネはその中にある「中型以下の猫には、おやつは二つまで」という文言と、「大型猫用! 骨付き肉、好評発売中!」という文言が気になった。


 車じゃあるまいし、小型、中型、大型とはいったい何なのか。


 悩むアカネの隣で、アオイはサクサクと入店準備を進めていく。


「今日は一時間で。アカネを連れて町中を歩くから、そんなに長居はできないんだ。でも、アカネが食べてる間は、ブラッシングするよ」


「かしこまりました。いつもありがとうございます。アオイさんが手入れをすると、少なくとも一週間は毛が輝かんばかりで、助かってます」


 ここでは、客が猫にブラッシングを出来るというサービスも提供している。


 猫は毛並みが整って満足であるし、客はいやしを得られて満足するという、互いに素晴らしい利益を得られる人気のサービスなのだが、アオイほどの腕前になると「ブラッシングの人」で店員に顔と名前を覚えられるようになる。


 また、通常の客は扱いきれないからと、短毛用の万能ブラシと長毛用の万能ブラシの二本しか渡されないのに対して、アオイには、毛の長さや性質に合わせた専門のブラシが複数個用意される。


「いやいや、正直ブラッシングなんて趣味だし、むしろさせてもらえる方がありがたいよ。ほら、アカネ。ボーっとしてないで行くぞ」


 アオイはイカナからブラシの入ったカゴを受け取ると、意気揚々と席へ向かった。


 猫たちとの触れ合い兼、飲食コーナーでは、靴を脱いでくつろげるようになっている。


 普通は餌で釣り、何日も通わなければ、カフェの猫たちは懐いてくれないどころか近寄ってすらくれない。


 だが、猫たちはアオイとその手に持つブラシを見た途端、凄まじい勢いで彼女に駆け寄った。


 なぉーん、なぉーんと鳴き、「早くブラッシングしてくれ!」と全力で主張している。


 アオイが嬉しそうに顔をほころばせ、モサモサと毛玉をとるのに便乗して、アカネも近寄ってきた猫を撫でた。


 光沢のある柔らかな毛越しに伝わる、モチフワなお肌が気持ちいい。


「やっぱ、猫ちゃんは可愛いわ。それにしても、異世界版の猫は一味違うわねえ」


 アカネが今撫でているのは虎と同じサイズのハチワレ猫だ。


 凶悪な爪と牙、それにむちのようにしなる大振りの尻尾を持っていて、額には一本角が生えている。


 この猫ならば骨付き肉を食べるだろうし、注意書きの所に「当店の猫による怪我等について、当店及びスタッフは一切の責任を持ちません」と、赤で書かれていたのにも納得がいく。


 アオイの元でうっとりと喉を鳴らしていなければ、このような凶暴そうな猫をアカネは撫でられなかっただろう。


 ところで、ほとんどの猫たちが一斉にアオイの元へやって来たわけだが、ずっと彼女が猫を独占しているかというと、そうでもない。


 ブラッシングが終わった猫たちは、お前など用済みだ、とばかりに、おやつを持っている客や遊ぶのが上手い客の方へと去って行ってしまうのだ。


 この現金さが猫好きの心をつかんで止まず、無条件で尽くしたくなってしまう。


 それは他の客たちも同じようで、皆、思い思いに猫を可愛がっているのだが、その客たちの約半数は獣人だ。


 思い返せばイカナも猫獣人であったし、スタッフにも獣人が多いようだ。


 こそっとアオイに耳打ちし、

「お客さんに獣人が多くて、ちょっと意外じゃない?」

 と、聞いてみた。


 しかし、アオイは「そうでもないぞ」と首を振る。


 アオイいわく、獣人の動物への考え方は人間のものとほとんど同じらしい。


「人間だって、ゴリラやサルを自分たちと同じ存在だとは考えないだろ? 素晴らしい毛皮は持っているが、脳は人間と何ら変わらないんだよ。だから、意外でもないな。ここみたいに獣人も人間も住んでいるところは、皆そういう風に見てるよ」


 あっさりと笑うアオイの言葉に納得して、アカネは頷いた。


 なお、人間が顔や髪の美しさをめられても大抵は気分を害さないように、獣人たちもモフモフとした毛皮などをめられ、耳が可愛い! などと言われても、無礼に感じないことが多いそうだ。


「といっても、相手は人だからさ、動物をかわいがるみたいにしちゃ、駄目だよな。それに、いろんな考え方の人がいるから、不用意な事は言わない方が良いと思うぞ」


 最終的に、アオイはこのように話をまとめた。


 きっと、様々な獣人と出会い、人間を含めた色々な考えを持つ者と関わることで見つけた、アオイなりの答えなのだろう。


 アカネがフムフムと頷きながら話を聞いていると、

「お待たせしました。ロッペルテールの踊り食いセットになります」

 と、笑顔の狼獣人が、ブルブルと揺れるゼリー状の何かが乗った皿を持ってきて、アカネの前に置いた。


「これ、今日は僕が作ったんですよ。うまい具合に調理したので、食べられるか否かを攻めたギリギリの半殺し具合になっています! 凄くイキが良くて、ドゥルンドゥルンでバッチバチのはずです! ぜひ、あま~いシロップをかけながら、お召し上がりください」


 ワッフワッフと上機嫌に尻尾をらし、

「もしも食べにくかったら、これで弱らせてからお召し上がりください」

 と、スタンガンを渡して奥の厨房へと帰って行く。


 ロッペルテールは一見すると美しい青色の上質なゼリーだが、よく見ると、触れてもいないのに小刻みにビクビクと揺れていて、表面には磁石にくっついた砂鉄のようなモゾモゾとした触手が浮いている。


 また、透き通った青の中で金平糖こんぺいとうのような光がバチバチと弾けていた。


 見た目には美しいが、一切食欲が湧かない。


 加えて、コレは一つの生命体であり、しかも、まだ生きているのだ。


 余計に食べたくない。


「アオイ~!」


 確かにアカネは、異世界を感じるファンタジーな食べ物を食べたいと言った。


 だがそれは、材料が少し面白みのあるものだったり、大きな骨付き肉だったり、食べる瞬間まで凍っていたり、炎に包まれていたりするような、夢とロマンのある食事だ。


 ゲテモノを食べたいとは言っていない。


 肩をゆさぶってアオイに泣きつくが、彼女は、

「だから後悔するなって言っただろ。ほら、取りあえず食べてみろって。大丈夫、私も食べたことあるし。それに、腹の中で暴れたりもしないよ。通はそのまま飲むらしいが、素人は、噛んだ方が良いと思うぞ」

 と、いい笑顔で親指を立てるばかりだ。


 仕方なく付属のシロップを上からかけると、ボディーがブルブルと揺れて全てを弾いてしまう。


 じっとアオイの顔を見つめると、親切な彼女は、

「スプーンで千切った部分は一時的に弱るから、そこを狙って、シロップをすくいつつ食べるんだよ」

 と、丁寧に食べ方を説明して、一口分を作ってくれた。


 ありがたいが、そういうことではない。


 観念したアカネは勢いよくスプーンを口に突っ込んだ。


「うぐぉ!? う、ぐむ……ん? ん? ん~? んぐぃ! ゲホッゴホッ!!」


 口に入れた瞬間、ロッペルテールが口内でドゥルドゥルと暴れ出したのだが、反射的に噛むと大人しくなった。


 そして、しばらくは甘いだけで味の薄いゼリーを食べているような感じになり、首を傾げていたのだが、飲み込む直前になって、散り際は派手に! とばかりに、奥で光っていた金平糖こんぺいとうが弾けだした。


 イキが良いと言っていただけあって、そのバチバチ感は口の中で弾ける駄菓子だがしの数倍の威力を誇る。


 それが口内と喉を唐突に刺激したものだから、アカネはむせてしまい、涙目で頬と喉を押さえた。


 だが、酷い目にったからこれ以上は食べないのかと思いきや、彼女は二口目を頬張る。


 そして、悶絶しながら三口、四口と食べ進め、あっという間にロッペルテールを食べきってしまった。


「アオイ! これ、中毒性があるわね! バッチバチが良いわ。イキが良ければ良いほど最高よ! やはり異世界! これくらいの強さがなくちゃね!!」


 おひやまで飲み切ったアカネがハイテンションに片手を差し出せば、

「さっすがアカネ! 分かってるな。全然スタンガンも使ってなかったし、アカネなら気に入ると思ってたぜ!」

 と、アオイがその手をとり、固い握手をわした。


 アカネの好物がロッペルテールになった瞬間だった。

ロッペルテール……

ただのスイーツならまだしも、生きている一つの生命体という部分が不穏だな

ただのバチバチするゼリーなら食べてみたいけど


そんなことを思いながら書きました。

無駄にロッペルテールの描写にこだわった冬。

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