どうか私にチートとハーレムを!!
本作はキリの良いところで一度完結するという形をとっています。
続編を出す場合、「2 私は(略)」のような形で新規投稿するため、読者様が分かりやすいようシリーズ化しています。
今年中には続編を出すつもりですので、よろしければ暇な時にシリーズを覗いてみてください。
親友二人の墓参りからの帰り道、迫りくる凄まじい速度の自家用車を見て、
『ああ、あの二人と同じ死に方をするのも悪くない』
と思った。
遠野茜は、もう五年前からずっと、人生がつまらなかったのだから。
体を包む空気は温かくはないが、冷たくもない。
けれど、妙に眩しい気がして、アカネはパチリと目を覚ました。
ムクリと起き上がって自分の身体に外傷がないことを確認すると、クルリと周囲を見回す。
すると、辺り一面真っ白で、どこまでも続いていそうな異様な空間が視界に飛び込んできた。
死後の世界というにはあまりにも素っ気ない。
『地獄じゃないけど、天国でもなさそう。というか、自動車に轢かれて死んだはずなのに目を覚ましたのが謎の白い空間って、これ、転生パターンなのでは!? 転生チート無双ライフに直行なのでは!? よし、神様を探しに行こう!』
アカネは高校時代の親友に影響を受け、それなりに立派なオタクになっていた。
社会人となった今でもそれは変わらない。
暇さえあればスマートフォンで転生系の小説や漫画を読み漁り、私だったらこんな能力が良いな、生まれ変わるなら異世界のモブ風貴族になって周囲からちやほやされたいな、なんてことを妄想し、ニヤニヤする日々を送っている。
二十二歳という若い身空で亡くなってしまったわけだが、さほど親しい友人もいなかった上、碌にモテたことの無いアカネには恋人など存在しない。
というか、恋愛をしたことがない。
ブラックではないが決してホワイトでもない職場で、大したやりがいも感じず、可もなく、不可もなくといったポジションで日々を消費していた。
ただ生きているだけというのは、なんだか寂しくて、つまらないものだ。
そのような生活を送っていたからだろう。
両親や同僚は死を悼んでくれているだろうし、仕事の引継ぎも大変だろうから急逝してしまって申し訳ないとは思うが、あまり現実での生活に未練が無かった。
妄想シミュレーションのおかげもあり、あっさりと己の死を受け入れると、アカネはセカンドライフを手に入れるため、意気揚々と一歩足を踏み出した。
「あら、貴方は随分と肝が据わっているのですね。死んでしまったかもしれないのに、パニックの一つも起こさずに探検とは。ふふ、やはり、人間というものは面白いですね。流石、私の愛し子です」
シャンと鈴が鳴るような涼やかな声がして、アカネは反射的に振り返った。
そこには、美しい、女性のような姿をした何かが凛と背筋を伸ばして立っていた。
全体的にぼんやりとした輪郭で人間のシルエットを映し出しており、シュルリと腰よりも長い髪は、毛先がハラハラと解けて光の玉をつくり出している。
光の玉は少し揺れると弾け、やがて空中に霧散していく。
また、髪や体全体が金、銀、白の中間のような不思議な色合いで発光しており、その異様さは、とても言葉では言い表せそうにない。
切れ長で冷ややかな印象すら与える瞳に、スッと通った鼻筋、弧を描く薄桃色の唇と美人の要件を取り揃えており、確かに美しいのだが、美しすぎた。
明滅する体も合わせて非常に眩しく、視覚と脳をダイレクトに攻撃してくる。
『なんか、ビカビカと光る迷走ぎみの芸術作品みたい』
美しいのだろうが、一般人に理解できる範囲を超えてしまっている。
アカネが眉間に皺をよせ、バッと目を背けると、彼女はコロコロと笑った。
「貴方は素直なのですね。嫌いじゃありませんよ。それに、すぐに目を背けてくれてよかったです。あのまま私を見続けていたら、脳が焼ききれていたかもしれませんから」
おっとりと微笑むが、アカネの方からすれば笑い事ではない。
失礼に当たるかもしれないが、このまま彼女の方は見ずに会話することにした。
「貴方は、私にスペシャル転生生活をくださる神様ですよね!? 世界も救いますし、のんびりスローライフ系でも何でも受け入れますから、私に凄めのチートと美貌をください!! ゴージャスなチーレムライフを送りたい!!」
チートとハーレムを足すとチーレムになる。
それを前に、人間の尊厳など意味をなさない。
アカネは早口に捲し立てると、ガバッと潔く土下座をした。
舐めろと言われれば、靴も舐められる。
ユリステムは瞳をパチパチと瞬いた後、苦笑いを浮かべた。
「ああ、なるほど。貴方はオタクさんですものね。そういう答えに行きつきますよね。そういった内容の小説も書いているようですし。けれど、ごめんなさい。貴方の言葉には、いくつか不正解があります。きちんと事情を説明するためにも、私の話を聞いてもらえますか?」
趣味でこっそりと書いていた小説がバレていることに激しく動揺しつつ、アカネはコクコクと頷いた。
「ありがとう。たくさんおしゃべりをしたいのですが、時間が少ないので、手短にいきますね」
そう前置きして、宣言通り彼女は淡々と言葉を紡ぎ始めた。
彼女の言葉をまとめると次のようになる。
まず、彼女の名前はユリステム。
いわゆる神様で、アカネたちの世界「コチラ」を作り、その管理や運営を行っている。
そして、ユリステムには双子の姉であるメリステムがおり、彼女も自分の世界である「アチラ」の管理、運営をしている。
「コチラ」が物理などの様々な法則に縛られる物質的で安定した世界であるのに対して、「アチラ」は魔法や魔力などによって、「コチラ」では考えられないような奇跡を行使できる代わりに、不安定で可変的な世界なのだという。
二柱は非常に仲が良く、以前までは互いの世界で出た死者の一部を送り合い、自分の世界の人間として転生させ、それぞれの世界の中で知識や文化の交流をさせていた。
しかし、魔法というわかりやすい恩恵を人々に与え、今もなお「アチラ」で多くの信仰を集めているメリステムに対し、ユリステムの与える恩恵というものは人々の目には見えず、非常に分かりにくい。
そのため、ユリステムは人々から忘れられ、信仰に基づく神の力の行使が出来なくなってしまった。
それでも、世界を維持するための力や神としての権限は消えないため、「コチラ」やユリステム自身が消滅したり、存在が不安定になったりするということはないのだが、今まで行っていた死者の転生や送り合いが出来なくなってしまった。
繫がりは完全には消えていないので、稀に「コチラ」の死者が向こうへ渡り、メリステムに転生させてもらえることがあるらしいが、ユリステムはそれらに一切干渉ができず、「アチラ」から迷い込んできた死者を転生させることもできない。
おまけに最近では、二柱が互いの世界へ行き来することもできなくなってしまった。
しかし、アカネが書いていた小説において、双子の神の設定だけがユリステムたちに酷似しており、それによって、ごく微小な繫がりが、アカネ、ユリステム及びメリステムの間に生まれた。
そうして生まれた繫がりを元に、ユリステムは自動車に轢かれる寸前だったアカネを自室に招いて、その命を救い、「アチラ」に転移させる権限を得られたのだという。
なお、転生の場合は対象者の肉体を一度壊さなければならないし、ユリステムが消費するエネルギーの量も桁違いになってしまう。
そのため、転生とそれによるチートは与えられないとのことだった。
「転移を拒絶することもできます。貴方の望むチートや類稀なる美貌などは与えてあげられませんから。意に添わぬというのならば、私の提案を拒否していただいてもよろしいのです。その場合は爆速の車に轢かれて死んでしまいますが、それでも、そちらを選ぶと言うのならば、私はそれを否定いたしません」
ユリステムは申し訳なさそうに目を伏せた後、慈愛の笑みを浮かべて恐ろしい選択肢を提示してくる。
「いやいやいや、何言ってんですか!? 転移します! 転移しますよ!! 私はオタクですよ!? まだ死にたくないし。全然、転移したいんで、よろしくお願いします、神様、ユリステム様!!」
バッと勢いよく跪くと、ユリステムが上機嫌にコロコロと笑って自身と同じ色の光をアカネに纏わせ、転移の準備を始めた。
「そういえば、貴方のお友達の田中翠ちゃんと、斉藤葵ちゃんも五年前にアチラで転生しているようですよ。まるで、奇跡ですね」
「本当ですか!? ギャッ! 目が!!」
高校時代の親友二人の名前を出され、反射的に顔を上げるとアカネは眩しさに目をやられてジタバタと転げ回った。
「あらら、忙しい方ですね。ですが、本当ですよ。よろしければ、お二人の近くに転移させて差し上げましょう。その代わり、お願いがあるのです。どうか、『アチラ』で私のことを布教してはいただけませんか? 『コチラ』では、それはもう望めそうにありませんから。信仰心を貯めて、もう一度、メリステム姉さんに会いたいのです。窓から外を覗くように、ただ皆を眺めているのは、もう、嫌……」
ずっと穏やかだった声に悲痛さが滲む。
いつから完全に繋がりが途絶えたのかは分からないが、少なくともアカネはユリステムなどという神の名前を聞いたことがないし、歴史や倫理の授業なんかにも一切出てこない。
きっと、ずっと昔に忘れ去られ、数百年単位で独りきりの生活を送ってきたのだろう。
そう思えば、アカネの心もギュッと締め付けられた。
それにアカネは五年前に親友二人を失った。
アカネが病気で欠席した修学旅行先で、彼女たちは交通事故に遭い、亡くなってしまったのだ。
二人の訃報を聞いた時、目の前が真っ暗になって絶望した。
その後の人生が酷くつまらなくて、あの二人の隣が自分にとっての大切な居場所だったのだと気が付いた。
何度も再会を願い、登校すれば、いつものように自分の席でたむろしてるんじゃないかという淡い幻想を何度も打ち砕かれて泣いた。
大切な人に会いたいという気持ちは痛い程に分かるのだ。
「分かりました。転移の恩もありますし、この遠野茜、ユリステム様の使者として、一生懸命働いて見せますよ!!」
ドンと胸を叩いて誓う。
転移して己の身体が空間から消える刹那、ユリステムが泣きながら微笑んでいるのが見えた。