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08 強襲・雷の魔王子

            ◆


 いったい、何が起きたのだろう……。


 激しい衝撃と、眩い光の嵐。

 先程まで荘厳な雰囲気に包まれていた玉座の間は、今は見る影もなくボロボロとなり、爆発で吹き飛んだ壁や天井の一部から外の景色が見える。

 そして、朦朧とする意識の中……レイアストは自分が倒れている事を自覚した。


(あ……みんなは……)

 頭をもたげて周囲を見回すと、壁際まで飛ばされたらしい人達の姿が発見できた。

 アスクルク王から衛兵に至るまで、爆発のダメージで呻き声を漏らしてはいるが、どうやらみんな無事らしい。

 よく見れば、自分を含めて全員が薄い光の膜で覆われており、そのお陰で致命的な状況は避けられたようだ。


(これは……防御魔法の光……多分、マストルアージさんが守ってくれたのね)

 死者が出ていない様子に、レイアストはひとまずホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、すぐに大事な事に気がついた!


(モンドくん!モンドくんはどこっ!)

 少年の姿を求めて視線を走らせるが、彼の姿は見えない!

 しかし、半分泣きそうな表情でモンドを探すレイアストの体の下で、小さな呻き声が聞こえた気がした。


「うう……レ、レイアストさん……大丈夫ですか……?」

「モンドくん!」

 彼女の下敷きになりながらも、モンドはレイアストの背中ごしに、微笑んで見せた。

 おそらく、レイアストが吹き飛ばれる瞬間に、彼女を庇ってくれたのだろう。

 身を挺して守ってくれた少年の姿に、レイアストの顔は熱く火照り、胸の奥がギュッと締め付けられるようなトキメキを感じていた。

 しかし、自分の尻が少年を押し潰している事に気づくと、慌ててはなれてモンドを起こそうとする。


「ほぅ……誰も死んでいないのか」

 しかし、ある人物の言葉が壊滅した部屋に響いた瞬間、彼女は心臓が凍りつくような恐怖を感じた!

 それは、この場にいるはずもない者の声!


「ふん、防御魔法か……人間の中にも、中々の手練れはいるものだな」

 つい先程まで、影も形も無かったというのに、吹き飛ばされた人間達を眺めるのは、どこから出現したのか十人ほどの魔族兵達。

 それは、魔族の軍において『雷神部隊』と呼ばれ、文字通り雷のごとき速さと突貫力を持って特殊作戦を得意とする者達だ。

 そして、その中心に立って彼等を率いる人物……。


 彼こそは、魔王デルティメアの次男、アガルイア・ハウグロード!

 すなわち、レイアストの兄の一人である!


「あ、あいつらは……魔族の中でも、雷系の魔法や戦法に特化している、『雷神部隊』!」

「知っているのか、お前!」

「ああ……魔王の息子である、『雷神』ことアガルイア将軍が率いる、強襲部隊だ」

「な、なんと……だとすれば!あれが『雷神』なのか……」

 比較的軽傷で、意識のある人間の衛兵達がひそひそと話す説明的な会話が、レイアストの元にも届いてくる。

 兄が父の下ですでに戦っている事は知っていたが、人間達からそんな二つ名で呼ばれていたとは……。

 人間から畏怖の目で見られている事に、心なしかアガルイアの表情は誇らしげだった。


(で、でもなんで、アガルイア兄様がここに……)

 思いもよらない爆発に続く兄の登場に、レイアストの頭はさらにパニくりそうになっている。

「魔族……」

 だが、そんな兄達を冷たい目付きで睨むモンドの呟きが、レイアストの耳に届くと同時に、冷や水を浴びせられたような感覚が彼女の身を震わせた!

 少年の声には、深く暗い憎悪のような物が感じられる。

 その気配を察したのだろう、こちらに顔を向けたアガルイア()レイアスト()の視線が交差した!


「なんだ、そんな所にいたのか。相変わらず愚図だな、お前は」

 肩を竦め、見下した顔でレイアストに声をかけるアガルイア。

 そんな彼に同調したように、魔族兵達からもクスクスと嘲笑する声が漏れていた。


「お前達……レイアストさんを知っているのか?」

 彼女を嘲られた雰囲気を感じたモンドが、さらに険しい目付きで魔族達を睨み付ける。

 そんな少年に、アガルイアは不思議そうな表情を見せた。


「なんだ、小僧?お前、こいつの事を知らんのか?」

 そう問うてから、思い出したようにアガルイアはそういえば、一応は隠密任務という(・・・・・・・・・・)体だったな(・・・・・)……と、謎の呟きを溢す。

 その呟きに、レイアストは嫌な物を感じていたが、それよりも兄が何を言い出すつもりなのかが不安で、気が気ではなかった!


「レイアストさんが、なんだっていうんだ!」

 しかし、モンドはさらにアガルイアに詰め寄ろうとし、そんな彼にレイアストはアワアワと狼狽える!

 だが、彼女達の様子を見下ろしていたアガルイアの口の端がクッと上がり、意地の悪そうな笑みが浮かんだ。

 兄のそんな顔に見覚えがあったレイアストは、すさまじく嫌な予感を覚える!


「知りたいなら、教えてやってもいいぞ。そいつの素性をな」

「いや、ちょっ、待っ……」

「そいつ……レイアストは、我が父である魔王デルティメアと、人間の女の間に生まれた末子にあたる。不本意ながら、俺の異母妹という事になるな」

 アガルイアの言葉に、シン……とした沈黙が、この場を支配する!

 そして、モンドのすぐ近くにいたレイアストは、彼が呆然とした口調で「レイアストさんが……魔王の娘……」と呟くのを聞いてしまった!

 その呟きに込められた、彼の様々な感情が耳から脳裏を駆け抜けて胸の奥に突き刺さり、レイアストは我知らず震え出してしまう。


(バレたっ!)

 バレてしまった。

 自分が魔族であり、しかも魔王の娘であるという事実が、白日の元に晒されてしまったのだ。

 大勢の人間の前で暴露されたのもショックだったが、何よりモンドの前で晒されてしまった事が、レイアストにとっては恐怖にも近かった。


 モンドは、なぜか魔族に対して冷淡な所がある。

 それが何に起因しているのかは分からないが、そんな対象と自分が同じ種族だと知れたら、彼はどう思うだろう。

 軽蔑されるのか、それとも騙したと恨まれるのか……なんにせよ、あの暖かい笑顔を自分にはもう向けてくれる事はないかもしれない。

 それがすごく恐ろしく思えて、レイアストはモンドの方を見る事ができなかった。


(くっ……なにをバラしてくれてるのよ、この兄はぁ!)

 血の気の引いた指先をグッと拳の形にして握りしめ、レイアストは顔をあげてアガルイアを睨みつける!

 普段なら兄に反抗的な態度を取るなど、怖くて仕方がない事だが、父からの指令をめちゃくちゃにされた事や、モンドの前で魔族だとバラされた怒りがレイアストを突き動かしていた!


「ア、アガルイア兄様……これはどういう事ですか!私は、父上から人間との和平の先触れとして、ここに来ているのですよ!」

「和平……?」

 人間達がレイアストの言葉に反応して、彼女の方に注目する。


「これは、明らかに父上の意に反する行為です!罰される前に、兵を引いて下さい!」

 これ以上、この場にいる人達に手出しはさせない!

 そんなレイアストの確固たる意思を感じ、しばしの沈黙が場を支配した。

 だが……。


「……くくく」

 アガルイアは、そんな彼女を嘲笑うように、笑い声を漏らす。

 魔王からの命令に逆らっていると指摘したにも関わらず、余裕の態度を崩さない兄の姿に、レイアストは嫌な物を感じてゴクリと息を飲んだ。


「な、なにが可笑しいのですかっ!」

「そりゃ、可笑しいだろ!なにしろ、自分が捨て駒だった(・・・・・・・・・)って事に、まだ気付いてないんだからよ!」

「え……?」

 言葉の意味がすんなりと理解できず、レイアストは一瞬、呆けたような顔になった。

 それを見て、アガルイアはさらに愉悦に満ちた邪悪な笑みを浮かべる!


「だから、捨て駒だって言ってるだろ?お前みたいな、半分人間の血を引いてる役立たずに、重要な仕事を任せる訳がないだろうが!」

 兄からぶつけられる罵声に、レイアストはの顔は青ざめ、身体はブルブルと震えだす。

 まさか、そんな……とは思いつつ、どこか頭の隅ではその可能性があった事を、否定できないでいたためだ。


「始めから、父上はお前が人間の国に侵入して、王城付近にまで近寄れれば、それでいい腹積もりだったのさ。偽の親書を渡そうと箱を開ければ、仕掛けられていた爆発魔法が発動して混乱を引き起こし、同時に手紙に施された転移魔法により送られた俺達が、城を落とす……それが本来の作戦内容だ!」

「そ、そんな……」

「まぁ、お前はその爆発に巻き込まれて死ぬだろうと思われていたし、城の中までは入れないと計算されていたんだが……クソ雑魚すぎて、逆に警戒されなかったか?」

 雑魚には雑魚の利点があるんだなと、アガルイアは高らかに嗤う!

 その声に押し潰されそうで、レイアストは顔をあげる事すらできなくなっていた。


「そういう訳で、お前が死ぬ事も想定内だから、ここで人間どもと一緒に死んでおけば……」

「……さん」

「ああっ?」

 自分の言葉を遮るように、何事かを呟いたレイアストに兄は不快そうな視線を向ける。

 しかし、そんな事に一切取り合わず、レイアストは必死の表情で顔をあげた!


「お母さん……私のお母さんは、私が死ぬ可能性が高いこの作戦に、何も言わなかったのっ!?」

 父からの命令を果たせば、十数年ぶりに母と直接再会できるのが、彼女への報酬だったはずだ。

 しかし、最初からレイアストが死ぬ事も折り込み済みなのだとしたら、そんな約束は始めから守るつもりもなかったのだろう。

 そして、月一で顔を合わせていた母は、そんな作戦の内容を知っていたのだろうか?


 聞くのが怖い、しかし聞かずにはいられない。

 血の気が引き、ガクガクと震えながらも縋るような目で、レイアストはアガルイアからの答えを待つ。

 だが……返ってきた答えは、まったくの意外な物だった。


「ああ、お前の母親な……さて、知らんな」

「え?」

 それは、どういう意味の答えなのだろうか。

 アガルイアの顔には、興が削がれたといった白けた雰囲気が張り付いている。

 そして、本当にどうでもいいといった様子で、腹違いの兄は思いもよらぬ事を口にした。


「お前の母親は、とっくの昔に城から放逐されている。それこそ、お前から引き剥がしてすぐにな」

 兄の言葉に、レイアストの目が見開かれ、顔は驚きの表情に歪む!

「まぁ、魔族領域に放り出された人間が一人……とっくに死んでるんじゃないか?」

 どうでもよさそうに彼は言うが、それが本当ならば確かに生存している可能性は、皆無といっていいだろう。


「そ、それじゃ、ずっと私が鏡越しで会っていたのは……」

「あれは、父上が飼ってるエルフの一人が化けてた物だ。お前の母親は才能ある人間だっただけに、やる気を出させてみれば強くなるかもしれんから、しばらく様子見るため……って事でな。まぁ、結局落ちこぼれのままだった訳だが」

 呆れるように吐き捨てる、兄からの侮蔑の言葉も耳に届かず、レイアストの意識は暗く沈んでいきそうになっている。


 何もかもが……彼女がささやかな希望として大切にし、それが報われるかもしれないと奮い立った想いの全てが、父によって作り上げられた虚構だった。

 そして、その父から彼女はいらないと判断され、茶番劇に幕が降りようとしている。

 自分の人生は、なんだったんだろう……。

 骨が折れ肉が千切れるような肉体の鍛練も、炎や雷に焼かれるような魔法の訓練も、全ては無駄な努力でしかなかったのか。

 体の奥で、心を支えていた何かがプツリと切れた気がして、深い絶望がレイアストにのしかかる!

 その重さに耐えきれず、彼女は伏すようにしてシクシクと泣いた。


「何を一丁前にショックを受けてやがる。全ては、父上の求める結果を出せなかった、お前が悪いからだろうが」

「わたしが……わるい……?」

「そうだ!強ければ全てを手に入れ、弱ければ全てを失う!それがこの世の掟だろう!」

 ああ、確かにその通りだろう。

 現に、レイアストは弱かったから、このように打ちひしがれている。

 溢れ落ちる涙と共に、気力さえも失っていくレイアストは、雨に濡れる小さな子猫よりも弱々しく見えた。

 そんな妹を、目障りだといった風に一瞥したアガルイアの右手に、雷撃の魔法が発動し始めて周囲の大気を焦がしていく!


「せめてもの情けだ、父上にはお前が少しは役に立ったと報告しておいてやろう」

 光に群がる羽虫を焼き殺す時のように、バチバチといった音を立てて、雷撃がレイアストに向かって放たれる!

 必殺の威力が込められたその魔法を受ければ、苦痛を感じるのも一瞬で絶命する事だろう。

 だが、身動きひとつしない彼女が、それに貫かれる直前、紫電の輝きは空中で爆ぜるように霧散していった!


「なにっ!」

 驚きの声を漏らしつつ、アガルイアは自分の魔法がレイアストに直撃する寸前で、横槍を入れてきた人物の方へ視線を向ける!

 その先には……!


「レイアストさんは……殺らせないっ!」

 手印を構え、アガルイアを睨み付けるモンドの姿があった!

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