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06 アルビスの策略

「お母さん!」

 叫びながら、レイアストは迫りくるアンデッドを蹴散らしながらアルビスの元へと駆けていく!

「レイアさん、落ち着いてください!」

 後方からモンドの制止する声も聞こえてはいたが、不安と再会に心を焼かれているレイアストの足が止まる事はなかった。


 幼少の頃からずっと実の父の策略で騙され続け、母親の存在が心の拠り所であったレイアストにとって、母の魂かもしれないという可能性が示唆された以上、確かめずにはいられない。

 死者の群れを抜け、母の魂が囚われているとおぼしきゾンビへ一気に駆け寄ろうとするレイアストだったが、その道を塞ぐようにアルビスが割って入った!


「退いて、お姉様っ!」

「そうはいかないわね、簡単に……って!」

 言葉の途中であったが、レイアストの鋭い蹴りがアルビスの頭部へと繰り出される!

 だが、華奢に見えた姉は軽々とその蹴りをガードして、ニヤリと笑みを浮かべた。


「舐めてもらっては困るわね、レイアスト。これでも私だって……あら?」

 レイアストの蹴りを止めたものの、アルビスはそのスラリとした妹の脚に更なる力が込められるのを感じ、わずかばかり驚いたような声を漏らす。


「え、ちょっと待って……」

「邪魔だと言ってるんですよ、お姉様ぁ!」

 再び吼えたレイアストは、止められた蹴りを渾身の力で振り抜き、アルビスをガードごと吹き飛ばした!

「きゃっ!」

 可愛らしい悲鳴にそぐわず、体ごと飛ばされたアルビスは、何度か地面を転がりながらも体勢を立て直す。

 しかし、レイアストの蹴りをガードした腕はダラリと垂れ下がり、どう見てもあり得ない方向へと曲がっていた。


「あーあ、これって完全に折れてるわ……こんな力任せで品の無い戦い方をするなんて、あの娘を鍛えた人物はめちゃくちゃね」

 常人ならば骨折の痛みに耐えるリアクションを取る所だろうが、アルビスはまるで痛覚という物が欠落しているかのように、平然とあらぬ方向へ曲がった自分の腕を眺めている。

 そんな彼女が顔を上げると、その視線の先では跪いたレイアストが例のゾンビへ必死に訴えかけている所であった。


「お母さん……お母さんなの?」

 涙の滲む顔で、レイアストは語りかける。

「あ……レイ……ア……」

「そうだよ!レイアストだよ!」

「レ……イア……」

 フルフルと弱々しく震えながら、アンデッドはレイアストへと腕を伸ばす。

 わずかながらにも自分の声に反応してくれた母とおぼしき者の行動に、感極まったレイアストはその冷たい体を抱きしめた!


「お母さん……」

「…………」

 骸に閉じ込められているであろう、母の魂に呼びかけるレイアスト。

 だが、そんな彼女を強い痛みが襲った!

「あうっ!」

「ううぅ……レイ、アァ……!」

 見れば、母のアンデッドは抱きしめたレイアストの肩口に、歯が折れるのも構わずに渾身の力で噛みついている!

 まさに生者に食らいつくアンデッドそのものといった行動に、レイアストは思わずショックを受けていた!


「お母さん……やめて、私だよ……レイアストだよ……」

「うぅぅっ、ぐるるっ……」

 なんとか引きはなそうと、アンデッドの頭を押さえながらレイアストは訴えるが、血の味に酔った屍は獣のような唸り声を上げ、彼女の肉を喰い千切らんとさらに深く歯を立てる!


「うう……ああっ!」

 更なる痛みと噴き出す血に、レイアストが悲鳴を上げたと同時に、いつの間にか飛び込んできたモンドがアンデッドを殴り付けた!

「レイアさんから離れろぉ!」

 火気を纏った拳で殴られ、レイアストから引き剥がされたアンデッドが地面に倒れ伏す!

 更なる追撃をしようとしたモンドだったが、それをレイアストが制止した。


「待って、モンド君……お母さんに、これ以上は……」

「レイアさん……」

 傷口を押さえ、青ざめた顔で彼を止めようとするレイアストの姿に、モンドは追撃よりも回復が先だと判断し、回復用のポーションを使用する。

 さすがに師匠達から預かった高品質のポーションだけあって、彼女の傷は瞬く間に消え去った。

 だが、蒼白な顔を歪めたままのレイアストの様子から、痛みだけでない異変をモンドは察する。


「これは……毒か!」

 アンデッドの中には、毒や麻痺を引き起こす個体がたまに存在するが、高品質なポーションであればそれらも打ち消す事ができるはずだ。

 それにも関わらず解毒できない所を見ると、相当に強力な毒なのだろう。


「くっ……とりあえず、この呪符とクズノハの力で毒の進行を抑えます」

 自分の力では解毒しきれないと判断したモンドは、応急措置を施していく。

「あ、ありがとう……でも、お母さんを……」

 自分よりも母の心配をするレイアストの姿はあまりにも悲痛で、モンドも自分の心配をしてほしいと思いながらも、その言葉を飲み込むしかなかった。


「……プッ」

 しかし、そんなレイアスト達を嘲笑う声が響く。

「アッハハハハ!も、もうダメ!我慢できないわぁ!」

 腹を抱え、楽しげに笑うのはアルビスだ。

 陰鬱な印象の彼女が見せたその明るい姿に、レイアストとモンドは一瞬呆気にとられてしまった。


「な、何が可笑しいんだ!」

「あら、失礼。あまりにも思った通りに事が進んだから、うっかり笑ってしまったわ」

 笑いの余韻を漂わせながら、アルビスは地面に倒れ呻いている母のアンデッドへ近づく。

 そうして、髪の毛を乱暴に掴むと、無理やりにアンデッドの顔を上げさせた。


「安心しなさい、レイアスト。このお人形に込めてある魂は、貴女の母親じゃないわ」

「え……」

 アルビスの言葉に、レイアストとモンドはまたもポカンと呆気にとられた表情になる。

 そんな反応をニヤニヤしながら眺めていたアルビスは、種明かしを始めた。


「このお人形に込めてあるのは、ある鳥の魂なの」

「と、鳥!?」

「そう。ほら、人の言葉を真似するタイプの鳥がいるでしょ?アレにレイアストの名前を覚えさせて、その魂を使ってみたのよ」

「な、なんでそんな真似を!?」

「面白そう……だったからかな?まぁ、いい実験にもなったわ。やっぱり、人間には情に訴える罠が有効ね」

 人の情を利用し、弄んでおきながら満足そうに微笑むアルビスに、モンドはゾッとした悪寒を感じる。

 だが、そんなモンドよりもショックを受けていたレイアストは、思わずアルビスに問いかけた!


「そ、それじゃあ、本当のお母さんは!?」

「さぁ?」

「さ、さぁって……」

 あまりにもあっさりと知らない事を吐露するアルビスに、レイアストは言葉を失う。

 そんな妹を楽しげに眺めながら、アルビスはペラペラと語り始めた。

「いくら私でも、十年以上も前にどこで野垂れ死んだかわからない人の魂は確保できないわよ」

「そんな……やっぱり、お母さんは……死んで……」

「それはそうでしょう。人間がたった一人で魔族領域に放逐なんてされれば、三日も持たないなんて分かりきった事だわ」

 そう、それが現実だ。

 だから、レイアストもそれは受け入れていたはずだった。

 それでも、どこかで母の死がハッキリとするまでは信じたくない気持ちもあったのだ。

 そして、母の魂に出会い、再会の喜びとせめて安らかな眠りを与えたいと思って先走ってしまったレイアストだったが……全てはアルビスの掌の上の茶番だった。


「くっ……うう、ううぅっ……」

 まんまと騙された悔しさ、母への無念、己の迂闊さ、そしてモンドへの申し訳無さで感情がぐちゃぐちゃになったレイアストの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 そんな啜り泣く妹をうっとりと眺めながら、アルビスはレイアストに近づこうと歩を進めようとした。

 しかし、そんな彼女をモンドが放った炎の術式が包み込んだ!

「もう……これ以上、あなたはレイアさんに関わるな!」

「その娘の実の姉に向かって、随分な言い種ねぇ」

 肩を竦めながら、アルビスは自分を囲む炎に目をやった。

 すると、訝しげに首を傾げる。


「あら、これは……変わった魔法ね」

 通常の魔族の魔法や、人間が使う魔術とは違った気配を感じ取った辺りはさすがと言うべきか。

「土に還らず、土から返った屍は『木』の気を纏う……それらを統べる屍の姫には、浄化も司る火気の術式がより一層効くでしょうね」

 レイアストを心身共に傷つけられ、怒りに燃えるモンドが放った術式は、ジリジリとアルビスを焼いていく。

 しかし、アルビスはそんな炎に迫られながらも、余裕の態度を崩さなかった。


「ふふっ、確かにちょっと変わった魔力で構築された魔法みたいだけど、私も回復力には自信があるの」

 その言葉通り、レイアストに折られたはずの腕は、いつの間にか何事もなかったかのように元通りになっている。


「この程度の炎に、私が耐えられないと思ったのかしら?」

「その点なら大丈夫ですよ……屍の気を纏う、あなたの肉体のものが(・・・・・・・・・・)燃料ですから(・・・・・・)

「え?」

 モンドの言葉に、一瞬だけキョトンとしたアルビスの体を、発動した炎が包み込む!

 周辺の木々に燃え移らぬよう、より一層に集中させた術式は、巨大な火柱となって天を焦がす勢いでアルビスを焼いていった!


「あっ!があぁぁっ!こ、これはぁ……!」

 五行相克で言えば、木生火。

 文字通り木気となる屍の姫の肉体を燃料に、炎は消える事無くその勢いを増していく!

 高い魔力を持つアルビスといえど、構築式そのものが違う技術で組まれたモンドの術を打ち消す事はできず、肉体そのものが燃料となっているため魔力抵抗(レジスト)する事も不可能だった!


「ゴボッ……う、(うぞ)でじょ……ま、まざが……私が、ごんな子供(ごども)に……」

 炎で顔や気管が焼かれ、濁った声で叫びながらアルビスはモンドに腕を伸ばそうとする!

 そんな手を振り払うように、一閃したモンドの水の魔術(・・)がアルビスに叩き込まれた!


「五行術式では、こうはならないんですけどね……高温の炎と相応量の水分をぶつけると、爆発を起こすそうですよ」


 それはフォルアから教わった、裏技のひとつだった。

 本来なら水と火の魔法を同時に発動させる際に、気を付けるべき注意事項であったが、それを利用した攻撃。

 二つの属性を同時に扱える彼女だからこそ発見したそれ(・・)は、水蒸気爆発と呼ばれる物だった!


「あっ……」

 アルビスの断末魔の声を掻き消して、巨大な爆発音と振動が境界領域の森に響く!

 激しい爆風が吹き抜け、やがてそれに巻き込まれた土や木々、さらにはアンデッド達の破片がパラパラと舞い落ちる。

 それらが収まった後、魔力障壁を展開して身を守ったモンド達の眼前に広がっていたのは、大きなクレーターと無人の野であった。

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