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05 屍姫のお人形

 驚愕するレイアスト達の前に現れたのは、異形の一団。

 光無く濁った瞳に、流れる温かみを無くして付着した血痕、そして意思の感じられない緩慢な動作。

 それは文字通り、動く屍達の群れであった。


(ア、アンデッド……)

(なんでこんな所に……)

 死者どもに悟られぬよう、小声で呟く二人の視線の先をアンデッド達はのろのろと歩を進める。

 もしかして、野良アンデッドの集団と偶然かち合ったのかとも思えたが、この人為的な物が感じられる不自然な霧の発生とが無関係とも思えない。

 案の定、しばらくすると魔獣のアンデッドが大量の荷物を運んでいる様子が伺えた。

 これで、この死者の群れが魔族側の補給部隊なのだと確信したレイアスト達は、おぞましさに小さく身を震わせる。


(まさか、アンデッドをこんな風に使うだなんて……)

(だけど……敵の部隊が、邪人や魔獣に襲われる心配が無い理由がよくわかりましたよ)

 モンドの言葉通り、死者の部隊が醸し出す濃厚な死の気配は、怖いもの知らずな境界領域の住人達でさえ本能的に忌避するだろう。

 だいたい、死臭漂うアンデッドに運ばせている物資という時点で、なんとなく嫌な気持ちにさせられる。

 しかし、それらに目をつぶれば死人達には、休憩も補給も必要ないのだから、合理的という点においてはこれ以上の物はないと言えるのかもしれない。

 ただ、これだけのアンデッドを作り出すには、どれ程の魔力と犠牲者が必要なのかを考えると、割に合わないという点でもこれ以上はないと言えた。


(あっ……)

(どうしたんですか?)

(モンド君、あれ……)

 無言のまま行進をしているアンデッド達の一部を、レイアストが指差す。

 モンドもその方向へと視線を凝らすと、とあるゾンビ達を見てハッとなった。


(あれは……行方不明になっていた、冒険者!?)

 そう、この任務を任される前に、目を通していた行方不明者リストの人相書きにあった顔が、そこにちらほらと見られたのだ。

(あの人達も、このアンデッドの補給部隊を発見して……)

(たぶん……)

 殺され、取り込まれた。

 そう推測はできていたが、口に出すのは憚られたレイアストはキュッと唇を噛んだ。


(……ひとまず、冒険者の人達が行方不明になった原因はわかりました。このままやり過ごして、先生に報告しましょう)

(そうだね……)

 濃霧に紛れ、アンデッド達が通りすぎるのを伏して待つ事にしたレイアスト達の前を、死者の一団は変わらぬ歩調で進んでいく。

 だが、その足音が突然に止まった!


「……あら、また生者の気配がするわね」

「っ!?」

 その時、まるで散歩途中で猫でも見つけたかのような弾んだ女の声が響く。

 それと同時に、乳白色の深い霧が嘘のように消え失せ、レイアスト達の姿を顕にする同時に、行進を止めた死者達の視線が一斉にこちらへと向けられた!

 生者への怨みのこもった死者達の眼差しに、レイアストは一瞬怯みそうなるも、隣にいたモンドが手を握ってくれた事で心を奮い起たせる!


「あらあら、随分と仲がいいのね」

 そんな二人に、この場にそぐわないのんびりとした口調で、荷馬車のひとつから姿を表した女が声をかけてきた。

 美しい……と言っても差し支えはないだろう。

 だが、病的な白い肌と長い黒髪、さらに纏う気配が退廃的で陰鬱な印象を与えてくる。

 見た目や格好だけなら、どこぞのご令嬢だと言われても納得しそうだが、本人の雰囲気や周囲のアンデッドという状況を踏まえると、ご令嬢の幽霊(・・・・・・)と言われた方が納得できそうだった。

 その女は、レイアストの姿を認めるとニイィ……と口を歪め、笑みとも威嚇とも取れそうな表情となる。


「久しぶりね、レイアスト」

「もしかしたらとは思ってましたけど……本当に貴女だったんですね、アルビスお姉様」

 レイアストが自分の名を呼ぶ際、わずかに嫌悪感に滲ませていた事を察して、アルビスはさらに笑みを深めた。


「うふふふ……久しぶりに会った姉妹なのに、なんだか冷たいのね」

「姉妹……?」

 アルビスの言葉に、モンドはレイアストへ確認するような視線をチラリと向ける。


「……あの人は、私やフォルアお姉様の異母姉で、魔王軍の中でも単独かつ独断での行動が許されている幹部の一人です」

「先のジンガみたいな立場の人……ですか?」

 思っていたより大物らしい情報に、モンドが少し緊張しながら問い返すと、レイアストはちょっと思案した後「それは言い過ぎかな、そこまでではないよ」と答えた。


「アルビスお姉様本人はそこまで強くはないと思うけど、あの人の魔法が……最悪なの」

「この状況を見るに……死霊魔法とかですよね?」

「さすがモンド君!」

「いえいえ、さすがにそれは予想がつきますよ」

 さすモン!と褒めるレイアストに、モンドも照れながら謙遜するが、その表情からは大好きな人に褒められて嬉しい!といった感情が駄々漏れであった。

 しかし、すぐに気持ちを切り替えると、目の前の敵の情報を求める。


「アルビスお姉様の二つ名は、『屍姫(しかばねひめ)』。戦場で死亡したすべてを率いて次の戦場を目指し、アンデッドの数をねずみ算式に増やしていく恐ろしい人よ」

「『屍姫』……」

 レイアストの説明を聞き、改めてアルビスを見据えるモンド。


「あらあら、かわいい男の子に見つめられると照れちゃうわ」

 モンドの視線を正面から受けつつ、場違いな感想でアルビスは両手で頬を抑えるような仕草をするが、死体の群れに囲まれた中でそんなポーズを取られても異常さが際立つだけだ。


「けっこう、いい歳なのに……」

「何か言ったかしら、レイアスト?」

 少女のようなポーズをとる姉に対して、ポツリと呟いた妹の言葉にアルビスは敏感に反応する。

 案外、その辺りは気にしてるんだ……などと口には出さなかったものの、レイアストはとりあえずなんでもないですと返した。

 そんな彼女の態度に、アルビスはなにやら珍しい物でも見たような表情を浮かべる。


「魔族領域にいた頃の貴女は、もっと卑屈で常に怯えてる印象だったけど、随分と変わったものね」

「まぁ……色々と吹っ切れましたし、今の私にはモンド君がいますからね!」

 隣の少年をチラリと見ながら、レイアストは誇らしげにフフンと鼻をならす。

 確かに、アガルイアに始まりジンガに至るまで、落ちこぼれがエリートである兄達を撃退したという経験は、大きな自信に繋がっているのだろう。

 だが、それ以上にモンドの存在がレイアストを強くしているようだ。


(面白いわ……この堅い絆で結ばれた二人、どちらかが私のお人形になったら……どんな顔を見せてくれるのかしら)

 戦友、恋人、家族……今までアルビスが死者の軍勢(コレクション)に加えてきた中には、様々なドラマがあり、彼女はそれを演出しながら眺めるのが好きだった。

 目の前の戦意溢れる自分の肉親とその恋人は、いったいどんな言葉を吐きながら無様な泣き顔を晒すのか……想像するとアルビスの胸は、ワクワクとした好奇心に満たされていく。


「すぐには終わらないでね……たっぷりと抗って、楽しませてちょうだい」

 嗜虐的な笑みを濃くしながら、アルビスはスッと上げた手を振り下ろす。

 同時に、死者の群れがレイアスト達に向かって進み初めてきた!


「くるよ、モンド君!」

「ええ!とはいえ、さすがに多勢に無勢です!突破口を開いて退却しましょう!」

「そうだね!それじゃあ……短期決戦でっ!」

 モンドが呪符を構え、レイアストが魔術の詠唱を始める!

 それを合図としたかのように、死体達は勢いを増して二人に向かって殺到してきた!


聖少女領域(ホーリーフィールド)!』


 レイアストが完成させた結界魔術が、彼女を中心に広がっていく!

 その内に取り込まれたアンデッドの動きがたちまち鈍くなり、活動を停止させる者まで現れた!


「うおおぉぉっ!」

 雄叫びと共に、レイアストはアンデッド達へ切り込んで行く!

 そのまま嵐のように蹴りや拳を繰り出し、輪をかけて動きの遅くなっているアンデッド達の核となる心臓部位や頭部を破壊していった!


「へぇ……これが報告にあった、あの子が覚醒したっていう結界魔法か……なるほど、普通のお人形達にはちょっと荷が重いわね」

 同じように『聖少女領域』の効果範囲にあったアルビスも、我が身の異常を感じて軽く手を握ったり開いたりしながら、弱体化の度合いを確認する。

 そうして呟きながら、アルビスは改めてアンデッド達を相手に暴れるレイアスト達へと目を向けた。

 動きがさらに鈍っているアンデッドを縦横無尽に蹴散らしながら、二人は手薄な方向へジリジリと後退している。

 おそらく、一定の数を減らしたら一気に逃げるつもりなのだろう。


「うふふ、もう少し遊んでいってもらうわよ」

 楽しげに呟きながら、アルビスは収納魔法を展開し、空間にぽっかり空いた魔法空間の中から新たなアンデッドを取り出した。

 他のアンデッドよりも巨体であり、全身鎧に身を包んだソレは、兜の奥で眼をギラつかせながらレイアスト達へ狙いをつける。


「さぁ、行きなさい……」

「ゴオオォォォッ!」

 主の命令一下、獣のような咆哮を上げながら鎧のアンデッドが突進していった!


「な、なにあれっ!?」

「アンデッド……にしては、様子がおかしいですよ!」

 雄叫びをあげ、他のアンデッドを踏み潰す勢いではね除けながら、こちらに向かって突っ込んでくる全身鎧姿の敵に、レイアスト達はギョッとしながらそちらへ構えを取る!

 しかし、モンドが言った通り、突進してくる鎧のアンデッドは確かに異様な感じがした。

 本来、死者達が向けてくる視線には限りない生者への恨みか、絶え間ない食欲に耐えかねた飢えといった感情が込められているものだ。

 だが、鎧のアンデッドがレイアストに向けているものは、明らかな性欲に根差したものだった。


「うおおぉぉっ!」

「ひいっ!な、なんかこのアンデッド、すごく気持ち悪いっ!」

 『聖少女領域』の影響で弱体化しているはずなのに、アンデッドらしからぬ俊敏な動きで襲いかかる敵の攻撃をかわしながら、女性に対する特別な執着を顕にする鎧のアンデッドにレイアストは嫌悪感を見せる!

 モンドも周囲のアンデッドを攻撃しながら、レイアストをサポートするように呪符を放ったりするのだが、異様な耐久性を誇る敵の動きを多少鈍らせる程度の妨害しかできなかった。


「くっ!なんなんだ、こいつは……!」

「その子はね、最近新しく作り出した新作なの」

「し、新作!?」

「ええ。死にかけていた人間の戦士から魂を抜き出して、その肉体に邪人の魂を込めてみたのよ」

「っ!?」

 思わず悪態をついたモンド達に、楽しげな口調でアルビスが口を挟んできた。

 しかし、それは親切心とかいったものからではなく、単に新しい玩具(オモチャ)を自慢したいというという物であるようだったが。


「通常のお人形(アンデッド)だと、時間が経てば経つほど脆くなるし動きも鈍くなるでしょ?だから、新鮮な死体に別の魂を入れる事で、生前に近い動きが長持ちできないか試してみたのよ」

「……」

「まぁ、吹き込んだ魂に行動は影響されるみたいだから、今のソレは女を襲う邪人の本能で動いてるって感じよね」

「ひえっ!ど、道理で……っ!」

 レイアスト達の反撃によって、半壊した兜の下からは現れた顔は人間の物だ。

 しかし、女を見る血走った眼や、よだれまみれで半笑いのように口元を歪める表情は、以前レイアストを襲った邪人達の姿を連想させる。


「そのお人形……生きてた頃は人間達から尊敬されていた名うての戦士だったらしいけど、今はただのレイパーアンデッドなんだから笑えるわよね。彼を知ってる人間を襲わせた時は、信じられないって感じで絶望してくれてたわ」

 クスクスと笑いながら語るアルビスへ、モンドは苦虫を噛んだように顔を歪めた。


「死霊魔術師にも色々いるけど……最低の手合いだ!」

 たとえ魔族といえど、死者へ何らかの敬意や哀悼というものは感じるものだろう。

 だが、目の前の女からは、そういった感情を一切感じる事はできない。

 レイアストの姉とはいえ、遊び感覚で死者の尊厳破壊を行うアルビスに対して、モンドは激しい怒りを覚えていた!


「これ以上、尊厳を汚されるのは不憫すぎる……レイアさん!」

 レイアストの名を呼ぶと、鎧のアンデッドに追われていた彼女がモンドへ顔を向ける。

 その一瞬でアイコンタクトを交わした二人は、行動を開始した!


「火剋金!」

 モンドの火気の術式から発生した炎が、鎧のアンデッドを包む込む!

 本来なら森の中で炎など、下手に燃え移れば自分達も危険に晒すために使う事を躊躇われるが、金属への指向性を持たせた五行術式の炎はアンデッドの鎧のみに纏わりついていく!

 それによって金属の鎧が溶け始め、アンデッド本体も焼いていった!


「木生火!木気より生じよ、火気の浄炎!」

 さらにモンドは燃え移った炎に術式を放ち、木気に属するアンデッドの本体(・・・・・・・・)を利用して一気に火力を上げ、焼き尽くそうとした!


「お……ごぉぉ……」

 炎に巻かれ、よろめきながらもアンデッドはレイアストを求めて動こうとする。

 しかし、痛みは感じなくても筋組織が燃えてしまえば、まともな行動などできるはずもない。

 ヨロヨロとふらつくアンデッドへ、レイアストは止めの一撃を叩き込んだ!


 脆くなった金属鎧を砕き、さらに脆くなっていた本体が大きく破損して、アンデッドは膝から崩れ落ちると、そのまま動かなくなる。

 間もなく浄化の炎がその肉体を消滅させると、焼け残った鎧の残骸を一瞥したレイアスト達は、再びアルビスへと厳しい視線を向けた!


「あらあら……結構な自信作だったのに……壊されてしまうと、悲しいわ」

 わざとらしく目元を隠して顔を伏せるアルビスだったが、その声に悲壮感といったものは感じられない。

 むしろ、まだまだ遊べそうだといった、子供じみた喜びのようなものすら感じられた。


「……できれば、あのアルビスは仕止めておきたい所ですけど……さすがに潮時ですね」

「そうだね……こっちの消耗も大きいし、脱出するだけの力も残しておかないとね」

 やる気は見せておきながらも、冷静に脱出の期を伺っていたレイアスト達は、アルビスの虎の子であるアンデッドを倒した今がその時だと判断した。

 しかし、二人が動く前にアルビスは再び収納魔法を発動させ、またも新手のアンデッドを持ち出してくる!


「新手っ!?」

「でも、あれって……」

 またヤバいアンデッドが現れたのかと警戒したものの、アルビスが呼び出したのは痩せこけた女性にしか見えない個体だった。

 しかも、まともに立つことすらできないようで、ガクリと膝をつくと四つん這いになると弱々しく頭を上げる。


「なん……でしょう、あのアンデッド……」

「さぁ……あんまり強そうじゃないけど……」

 予想外すぎる新手の存在に、さすがのレイアスト達も困惑を隠せない。

 そんな二人を眺めながら、アルビスはニチャっとしたいやらしい笑みを浮かべた。


「ねぇ、レイアスト。このアンデッドにはね、ある人間の魂が入れてあるの」

「あ、ある人間……?」

 唐突な、アルビスからの言葉。

 正直、彼女の異常な趣味に付き合うつもりはないのだが、何か引っ掛かる物を感じて思わず問い返してしまう。


「そう、レイアストがとっても会いたがっていた人間」

「わ、私が……」

「うふふ……十年以上も会ってないから、すぐにはわからないかしら?」

「十年……ってまさか!?」

 いやな予感が、レイアストの全身を貫く!

 十年以上も前に別れ、そして彼女が会いたがっている人間など、心当たりは一人しかいない。

 手足が震え、呼吸が乱れる。

 どくどくと心臓が高鳴る中で、確かめるように恐る恐る新手のアンデッドの方を見た時、こちらを見ていたその女の口がわずかに動いた。

 『れい……あ……』と。


「お母さん!」

 かすかに、だがハッキリとそう呟く姿を見た瞬間、止めようとしたモンドを振り切ってレイアストは叫びながら走り出していた!

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