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10 共闘

           ◆


「げえぇぇぇっ!ジンガお兄様っ!?」

「な、なんでジンガお兄様がここにっ!?」

 愕然としながら、レイアストとフォルアは兄の名を呼ぶ!

 そんな二人の妹と再会したジンガの方も、意表を突かれたようならしからぬキョトンとした顔を見せた。


「なぜ、お前らが……いや、レイアストは親父を裏切ったんだったな。ならば、こんな所にノコノコ出てきてもおかしくはないか」

「お、親父……!?」

 普段ならば、父であり魔王でもあるデルティメアに対して、ジンガはもう少し丁寧な呼び方をしているはずだ。

 それに、魔族領域で父の側近として控えていた頃は、どこか無愛想で無気力にも見えていた。


 だが、レイアストの記憶にある姿とは裏腹に、今の兄からは言葉使いだけでなく、全体的にワイルドな……いや、それ以上に危険な雰囲気が漂っている!

 これはまさに、戦場で敵味方の区別無く斬り裂いていたという、『剣鬼』の本性に違いないと、レイアストは息をのんだ。


「……で、なぜフォルアが、裏切り者のレイアストと一緒にいるんだ?」

 射貫くような目で見られたフォルアが、一瞬ビクリと震え、身を強張らせる。

 まぁ、そこはつっこまれるだろうなと覚悟はしていたものの、やはり恐ろしい兄に詰問されれば畏縮してしまう。

 しかし、そんな姉を心配そうに見つめる妹の視線に気づくと、フォルアは無理矢理に口角を上げて笑みの形を作った。


「き、決まっているわ、お兄様……ワタクシは、レイアに味方する事を選んだからよ!」

「ほぅ……ガキの頃からレイアスト対してに甘い奴だとは思っていたが、共に親父を裏切るほど入れ込んでいたとはな」

「えっ!?」

 ジンガの口にした言葉に、思わずフォルアとレイアストが驚きの声を漏らす!


 かつて、フォルアがレイアストにつけていた魔力の修行は、端から見れば虐待に等しいレベルに厳しい物で、端から見ればただ痛め付けているだけと思われたとしても、おかしくなかっただろう。

 もちろん、あえて厳しくする事で他の者がレイアストを必要以上に傷付けないようにという、フォルアなりの思惑はあったのだが、当のレイアストでさえ気づけなかった姉の密かな配慮に、長兄が気づいていたとは露とも思わなかった。

 そんな驚きと、予想外の洞察力を持っていた兄に対し、改めて警戒のアラームが頭の中で響き渡る。


「まぁ、いい……聖剣使いの相手をするのも、飽きてきた所だ。代わりに、お前らに遊んでもらうとするか」

「わ、私達に……ですか?」

「そうだ。アガルイアを撃退し、フォルアがお前に付いたからには、それを成しえるに相応の力があるのだろう?」

 ニッ……と、裂傷にも似た笑みをうかべながら、ジンガは自身の持つ刃へ舌を這わせた!


(じ、じ、実の兄ながら、ヤバい人すぎるぅ!)

 明らかな狂気を纏う長兄に、レイアストもかなり引いてしまっていたが、初見となるマストルアージやモンドに至っては、完全に危ない人を見る目になっている。

 だが、一歩下がりそうになった彼女の耳に、苦しげな呻き声が届いた!


 見れば、ライドスを攻めるジンガのとばっちりを受けたのか、倒れている冒険者や魔族達の何人かは結構な傷を負っている者もいるようだ。

 もしも今、レイアストが後ろに下がれば、再びジンガは他の者達に構わず追撃してくるだろう。

 そして、戦いの邪魔になるのなら、容赦なく障害物(・・・)を切り捨てるハズだ!


(下がれない……それに、倒れてる人達も助けなきゃ!)

 そんな、苦しんでいる冒険者達と魔族を救うため、レイアストは母から譲り受けた術を発動させた!


聖少女領域(ホーリーフィールド)


 術の発動と共に、レイアストを中心とした魔力結界が形成され、結界内の味方達に強化と癒しの力が降り注ぐ!

 ただ前回と違うのは、戦闘不能に陥った魔族達まで、回復の対象となっていた事だ。

 先ほどまで呻き声を漏らしていた連中が、少しずつ安らかな表情へと変化していく。


「こ、これは……」

 ライドスに回復魔術を施していたリセピアも、レイアストが展開する『聖少女領域』の恩恵を受け、いつも以上に自分の魔術が強化されて、ライドスの傷口が柔らかく癒していく手応えを感じていた!


「これが……父さんから聞いていた、前聖女(フレアマール)の特殊領域魔術か……」

「これはすごいよ!これほどの強化と回復を同時に行える領域魔術なんて、初めて見たもの!」

 興奮気味なリセピアを横目に、ライドスはチラリとレイアストへ視線を向けた。

 確かに、レイアストはフレアマールの娘……ならば、同じ術を使えたとしてもおかしくはないだろう。

 しかし、実際にその効果に触れてみると、話に聞いていた以上の力に驚きしかなく、同じリセピアからの回復魔術を受けたというのに、癒しの力は段違いに強化されている。

 まさに、『聖女』などと呼ばれるに、相応しい力だと言えるかもしれない。

 だが、それによって助けられた事実が、ライドスのプライドをチクチクと刺激してい言葉に摘まる。


「くっ……この俺が、魔族の血を引く女に助けられるとは……」

「ライくん……」

 悔しそうに、ギリリッ……と、歯を食い縛るライドス。

 そんな彼に、幼い頃からライドスの事情を知るリセピアが何事か声をかけようとした、その時だった。


「まだ、そんな事を言ってるんですか、あなたは」

 横合いからかけられた少年の声に、ライドス達は弾かれたように顔を上げる!

 彼を見下ろしていた少年……モンドの視線を受け、ライドスは再び苦虫を噛むような苦渋の表情を浮かべた。

 この少年は、旧知であるマストルアージの弟子だというから、ある程度はこちらの事情も知っているのだろう。

 なればこそ、知ったような顔で自分を叱責するモンドに腹が立った!


「あの女にべったりのガキが……お前に何がわかる!」

「わかりますよ……僕だって、一部の魔族に恨みを持ってますからね」

「なにっ!?」

 意外な返答。

 まさか、魔族の血を引く女(レイアスト)と仲の良さげな少年の口から、そんな言葉が出てくるとは思ってもなかった。

 思いがけず驚くライドスに構わず、モンドは自分の事情を彼に語る。


「僕の故郷は、ある魔族と結託した簒奪者に乗っ取られ、家族は皆……行方不明になりました」

 「行方不明」と言葉を濁してはいたものの、おそらく家族は生きていないだろう……彼自身が薄々それに気づいている事は、モンドの口から放たれる言葉のわずかな震えに表れていた。

 そんな過去を背負いながらも、魔族の……いや、魔王の血を引くレイアストと共にいる少年に、ライドスは衝撃を受ける!


「だ、だが、あの女は敵対している魔族も救おうとしているぞ!」

「確かに今は敵対しているかもしれませんけど、レイアさんはいずれ新たな魔王になろうとしているんですから、未来の国民を助けたっておかしくないでしょう」

「あ、新たな魔王!?」

「ええっ!?」

 またも、ライドスとリセピアが驚きの声をあげる!

 どうやら、レイアストがデルティメアに反旗を翻した事だけしか、ライドス達は知らなかった様で、モンドの言葉に呆れとも驚きとも取れる顔をになっていた。


「あ、あいつは……何のために、魔王なんて物になろうとしているんだ!?」

「それは、魔族と人間の共存共栄を目指して……ですかね」

「すごい……スケールが大きいのね……」

 リセピアにレイアストの器を褒められ、モンドは我が事のように笑顔を浮かべて胸を張って見せた。

 そんな彼の様子からはレイアストとの強い絆が感じられ、自身の怨みに囚われるのではなく、本当に彼女との未来を目指しているのだなと、ライドス達は実感させられる。


(俺は……父さんの受けた境遇から、魔族を恨む事しかできなかったというのに、この少年は……)

 自分よりも重い過去を持ちながら、未来を見据えて前へ進むモンドの姿と心に、ライドスは矮小な己の頬を張り飛ばされたような思いだった。

 そして、思い出す。

 今は亡き父が、何のために戦っていたのかを。


(そうだ……父さんは、いつも力無き人達の代わりに戦っていた)

 例えば、いま倒れている者達を助けようとしている、レイアストのように!

 その事実を思い出したライドスは、顔を上げてジンガと対峙する彼女の背中に顔を向ける。

 その視線の先で、レイアストがなにやらポーズをきめながら、高らかに叫んだ!


「転身!」


 宣言と共に、なにやら腰に巻かれていたベルトから閃光が放たれ、レイアストの身体を包む!

 同時に、彼女の姿がみるみると変化していった!

 黒のボディスーツ、蒼の軽装甲に続いて、白衣と緋袴がその身を覆う!

 さらに、レイアストの黒髪が豊穣の稲穂のような黄金色に変わると、大きく伸びてカールを巻き、狐の尻尾を思わせる九本の縦ロールとなった!

 仕上げとびかりに半面の狐面型バイザーを装着し、まるで別人へと転身したレイアストが顕現する!


「五行闘士・レイアスト!」


 そう名乗りを上げた彼女の背後に、なぜか大爆発を見たような気がした!


「…………なんだ、それは」

 目の前で、別人のような姿に変わった末の妹を前にして、ジンガはなんとも言えない表情でポツリと言葉を漏らす。

 やったー!かっこいい!とばかりに盛り上がる、モンドとフォルアを除けば、それはこの場にいる全員の総意だったかもしれない。

 もちろん、ライドス達も微妙な表情を浮かべていた。


「これは……私の戦闘スタイルです!」

 まだ少し照れながらも、レイアストはキッパリと言い放つ!

「そのふざけた格好が、か?」

「見た目で判断しないでください!これでも、アガルイアお兄様を撃退しているんですから!」

 そんなレイアストの言葉に、ジンガの目が興味深そうに細められる。

 明らかな実力差があった落ちこぼれの妹が、『雷神』と呼ばれた弟を退けた秘密がそこにあるのなら、試さずにはいられない!


「面白い……」

 ポツリと呟いたジンガから、再び濃密で強大な殺気が噴き上げる!

 そして、見る者すべてを斬るような殺意の渦を纏い、剣鬼が動いた!


 斬りかかるジンガと、向かえ討つレイアスト!

 両者の距離が縮まり、互いの間合いに入った瞬間、激しい剣撃の音と火花が散った!

 並みの者には光と影が交差したようにしか見えなかったであろうが、実力者達の目は激しい攻防があった事を捉えている!

 そうして両者が再び間合いを取って仕切り直しになると、見ていた者達も止まっていた呼吸を再会して、文字通り一息つく事ができた。


「いいな……想定以上の強さだ」

「褒めてもらえて、恐縮です」

「フッ……まだ褒めてはいないが、な!」

 突然、会話の途中から放たれたのは、ノーモーションからの神速の突き!

 しかし、完全に虚を突かれたレイアストの喉元に、ジンガの刃が食い込む寸前で、それを阻むように伸びてきた聖剣の刀身が攻撃を弾いた!


「えっ!?」

「ちいっ!」

 舌打ちするジンガの視線の先には、剣を投げて彼の攻撃を邪魔したライドスがこちらに向かってくる姿があった。

 そのまま駆けてきた青年は、弾かれた聖剣を空中でキャッチすると、レイアストとの間に入るようにしてジンガと向き会う。


「ラ、ライドスさん……」

「ライドスでいい」

 ぶっきらぼうに答えた青年だったが、レイアストの危機に思わず動いてしまった自分に驚きつつも、なんだか悪くない気持ちも覚えていた。

 そういえば、いつの間にかジンガの殺気に飲まれて畏縮していた心身も、(ほぐ)されているようだ。

(これも、レイアスト(こいつ)のお陰か……)

 ほんの少しだけ、魔族に対するわだかまりを捨てる事ができたライドスは、聖剣を担ぎ上げてレイアストの隣に並ぶ。


「お前が、実の父親と戦う覚悟があると、モンド少年から聞いた……マジで下克上をして、人との共存を目指す魔王になるというなら……俺も協力してやる!」

「えっ……?」

 ほんの少し前と、まったく逆の対応をしてきたライドスに、レイアストが目をパチクリさせる。

 しかし、彼の言葉の端から、どうやらモンドが説得してくれたらしいと汲み取る事ができて、レイアストは愛しの少年に向かい、「大好き❤️」の想いを込め拳を掲げた!


「気合いも入ったし、ここからが本番といきましょう!」

「おう!」

「……楽しみな事だな」

 『聖剣の英雄』と『聖女』。

 二人の二代目達は、先代のように肩を並べながら、不敵に笑う眼前の鬼に対して構えを取った!

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