07 作戦に向けて
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マストルアージから計画の概要を聞いてから二日が経過し、今日はいよいよ数日後に行われる強襲作戦参加者達による、顔合わせも兼ねた作戦会議が、王宮の一角にて密かに行われる事となった。
これにより、どのチームがどの辺りに配置されるか、そして襲撃開始の合図やタイミングなどの、具体的な説明がなされる予定である。
本来なら、冒険者達の代表者などと話を詰めたり式典じみた事も行われるのだろうが、なにせ彼等は冒険者。
パーティメンバー以外に、代表者を選考してまとまれるでほどの結束力など持ち合わせいないし、堅苦しい行事も嫌うだろうなと、マストルアージは予見していた。
なので、出発前に全員集めて説明会を行った方が効率的だと王に助言したため、こうして一同に集められた説明会が開かれたという訳である。
「ふわぁ……結構な人数がいるなぁ」
少し離れた所から、集められた冒険者達の数を見て、思わずレイアストは呟いてしまう。
今回、ギルドから依頼を受けた上位の冒険者達は、普段から境界領域内の探索や、モンスターや邪人を狩っているというが、それらが味方になるとなんとも心強い。
誰もが自信と強者の雰囲気を醸し出しており、眺めているだけのレイアストですら、まるで気温が少し上がっているような感覚を覚えるほどだ。
今回の作戦において、おそらく魔族の補給部隊の方が人数的には多いだろうが、ここに集まった者達ならば、こちらの想定しているだけの損害を相手に与えらそうである。
「……ところで、あの聖剣の後継者はどこかしら」
「そうですね……またレイアさんに絡んでくるなら、その前に止めないと」
レイアストの隣に陣取るモンドとフォルアが、彼女を守る騎士のごとく周囲の冒険者達に睨みを効かせながら、ライドスの姿を探す。
そんな二人を「まぁまぁ……」と宥めるレイアストも、やはりライドスが気になるのか、チラチラと冒険者の一団の中に彼の影を探っていた。
「心配すんな。いくら魔族嫌いなライドスでも、こんな集団の中で絡んできたりはしねえよ」
これから大きな作戦を行うという時に、わざわざ足並みを乱すような真似をするはずがないと、マストルアージは弟子達を落ち着かせる。
「それは、確かに……」
言われてみればライドスが魔族嫌いであればあるほど、この作戦は成功させたいだろう。
レイアストを守り隊なモンドとフォルアも、その理屈に納得したのか、ようやく刺々しかった雰囲気が和らいだ。
(ただ、それでも……)
ほんの少し、共感できる幼少期があった事を思えば、何か話してみたかった気がするとレイアストは思う。
もちろん、すぐに蟠りを捨てられるとは思わないが、それても和解できそうなら早い方がいい。
そして、いずれは彼の父や自分の母のように、肩を並べて戦えたら心強い事だろうなと思う。
……あと、できれば恋人同士としてモンドとの仲を進展させるための相談なんかを、ライドスのパートナーのリセピアとしてみたかった。
そんな、かなり個人的な想いを頭に浮かべていると、王城に積めている騎士が数人現れ、集められた冒険者達へ今作戦の内容説明会が始まる。
作戦立案者のマストルアージはすぐそばなにいるが、あまり詳しい内容を聞かされていなかったレイアストも、騎士から語られる説明に耳を傾ける事にした。
そんな、作戦の内容はこうだ。
魔族の補給部隊が通過するであろう道と時間帯は、すでに把握済みである。
奴等はそこを通り、ここからほど近い人間領域に侵入した後に分散して、各地で戦闘や破壊工作を行う魔族の部隊に補給物資を届けているらしい。
ここに集まってもらった者達の目的は、奴等の部隊が境界領域の道を通過するのをやり過ごし、人間領域に侵入する寸前で足止めと奇襲を行って、補給物資をまとめて奪取、ないし焼却する事だ。
なお、強襲のためのポイントが十ヵ所ほど設定されているのだが、場所によっては境界領域の奥の方になってしまう。
なので、そのポイントに配置されるパーティには特別手当てが出されるそうである。
そういった説明がざっと告げられると、ほとんどの冒険者達の目の色が変わった!
当然ながら、彼等は報酬が目的であり腕に自信も持っている。
そんな連中が、『特別手当て』の甘美な響きに反応しないはずもない!
境界領域の奥地で魔族の部隊が通過するまで潜伏するという、危険度が高い任務であるにもかかわらず、そこへ陣取る候補者に我も我もと手を上げる冒険者が多かった。
「危険は増すのに、希望者は多いのね」
「まぁ、ヤバい橋を渡らなきゃデカいリターンもないって事を、何よりも知ってる連中だからな」
我先にと奥地のポイントを望む冒険者達を尻目に、フォルアとマストルアージはのんびりと彼等の背中を眺めている。
そんな動く気配のない二人の様子に、違和感を感じたレイアストは、自分達はどうするのかと尋ねた。
「ああ、俺達の配置場所は、最初から決まっているからな」
「そうなんですか!?」
「ああ、俺達が陣取るのは……ここだ!」
そう言って、マストルアージが指差したポイント。
それは、人間領域スレスレの地点であり、魔族の補給ルートの出口付近……つまりは、いの一番に魔族の部隊と真正面からぶつかるポイントだった!
「え、ええっ!?」
「ん?どうした?」
「ど、どうしたって……ここのポイントって、敵部隊の目の前に現れて、足止めする場所ですよね!?」
「さすが、レイアね。その通りよ!」
ニコニコしながら、フォルアがレイアストの頭を撫でる。
それ自体は嬉しいものだったが、いくら何でも数百人はいる魔族の前に堂々と姿を晒すような真似は、危険過ぎないだろうという不安は残った。
しかも、先頭集団にはその部隊の護衛と露払いを兼ねた、手練れの兵が付いている事も多いだろう。
確かに今のレイアストは強くなってはいるが、基本的に少人数との短期決戦仕様に特化しているために、相手の数が多くて持久戦となると不利になるのは目に見えていた。
だが、そんなレイアストの不安を見抜いたフォルアは、妹を安心させるために再び優しく彼女の頭を撫でる。
「安心なさい、レイア。ワタクシを誰だと思っているの?相手の数が多いなら、それに応じた魔法を使えばいいのよ!」
「そうだぜ。それに、俺達の役目は足止め以外にも作戦開始の狼煙でもあるからな」
「狼煙?」
「おう。つまり、俺とフォルアがでかい魔術をぶっぱなして先制攻撃を決めて、浮き足だって部隊の足が止まった所で各ポイントから冒険者達が襲うって寸法だ」
そのためにも、マストルアージ達は相手の目を引くように、あえて真正面から仕掛けるのだとの事だった。
「ついでに、フォルアが正面から姿を見せれば、あいつらは相当混乱するだろうしな」
「まぁ、ワタクシがこちらに付いた事は向こうに知られていないでしょうから、度肝を抜く事は間違いないでしょうね」
ふふん……と、溢れる自信を見せつける姉だったが、レイアストは一抹の不安が拭いきれないでいた。
「もしも……お姉様が戻らない事を危惧して、他のお兄様やお姉様が動いたら……」
「それこそ望む所だわ!ワタクシとレイアのタッグなら、ジンガお兄様でも来ない限りは、返り討ちにできるもの!」
「……それもそうですね!」
大きく胸を張るフォルアの態度に感化され、ようやくレイアストの表情にも笑顔が見えた。
しかし、一方でモンドとマストルアージは微妙に眉をしかめる。
「フォルア……確か、ジンガってのはお前達の一番上の兄貴だったよな?」
「ええ、そうよ」
フォルアが人間側に渡した情報には、兄妹達の事も含まれていた。
それ故に、彼がジンガの名を知るのはおかしくはないのだが、やはりマストルアージは怪訝そうに質問してくる。
「長兄のジンガってのは、剣士なんだろ?もちろん弱いとは思わんが、そんなに戦局を変えるほどの強さなのか?」
「そうね……それだけの強さはあると思うわ」
頷くフォルアの答えは何かの冗談にも思えたが、彼女の表情にはまったくふざけた雰囲気がない。
その真面目な顔つきに、モンド達は小さく息を飲んだ。
「ジンガお兄様は、魔族領域において『剣鬼』という異名を持っているんですけど、他にも『皆殺しのジンガ』だとか『災害剣士』などとも呼ばれていたとか」
「なんだよ、その物騒な異名は?」
「文字通り、ジンガお兄様は一度戦い始めると、周囲の敵もろとも味方すら斬り捨てるような人なのよね、それこそ自然災害みたいに……」
「なっ……」
異名の由来を聞いて、マストルアージは絶句する!
無差別に剣を振るう凶戦士、それが『剣鬼』ジンガの正体か。
「元々は戦場に駆り出されていたのだけど、あまりにも味方への損害が大きくなりすぎた為に、お父様の側近という形で監視下に置くしなかったのよ」
「なるほど……そりゃ、そんなおっかねえ奴は、目の届く所に置いておくに限るわな」
有能でも、手綱が握れない場所にはやれない危険人物の存在に、マストルアージは嫌そうな顔でため息を吐いた。
(……というか、下克上を果たそうとするなら、そんなお兄様とも戦う時が来るんだろうなぁ)
自分でジンガについて説明したレイアストだったが、そんな兄ともやがて戦わねばならないのだろうと思うと、今から気が重くなる。
(うう……せめて、そんな辛い現実が来る前に、モンドくんと関係を進めたい……)
半ば現実逃避に近いものではあったが、そんな先の希望が持てれば、これからも頑張っていける……などと思いながら天を仰いでいると、レイアストの様子に気づいたモンドが、そっと彼女に手を伸ばした。
「大丈夫ですよ、レイアさん。僕も傍にいますから」
そう言って、モンドがレイアストの手を握る。
そんなキュッと結んだ手のひらから伝わってくる少年の体温が、冷えてきていた彼女の胸を熱く満たしてくれた。
(ふわあぁぁ……モンドくんのお手てあったかい……好きぃぃ……♥️)
まるでレイアストの心情を察してくれたようなモンドの行動に、心臓がキュンと締め付けられ、心地よい痛みが暖まった血液と共に全身を駆け巡る!
さらに、ときめきでふわふわ軽くなった彼女の心と身体は、モンドの温もりを求めて無意識のうちに身を寄せていく。
言葉には出さずとも、お互いが大切な存在だと確信できる心の絆を感じて、幸せな感覚がさらに増していくのを、レイアストは心底嬉しく思えた。
「あっ!こら、モンド少年!今は、ワタクシのターンでしょう!横から出てきて、レイアの手を握るのは反則だわ!」
「っ!?」
めざとく手を繋ぐ二人の間に割って入るフォルアの声に、ハッとしたレイアストは身を固くする。
だが、レイアストの手を握るモンドは意に介さず、しっかりと手を繋いだままでフォルアへ笑顔を向けた。
「どっちのターンとか、関係ないですよ。僕は、レイアさんに安心してもらいたいだけですから」
「ぬぅ……な、なんなの、その余裕の態度は……!?」
嫉妬する姉と、正面から受けて立つ愛しい少年。
そして、それを苦笑しながら見守るマストルアージの姿に、いつも通りの日常を感じたレイアストの心は軽くなる。
(……うん!お姉様の言う通り、今の私達ならそうそう負けるはずもないわ!)
大きな作戦を前に、少しばかり不安が先行していたのかもしれない。
自分だって強くなったし、頼れる仲間達もいるのだから、もっと気楽にいこう!
そして、ライドスとリセピア達のようにモンドと……。
浮かび上がる妄想と共に、ちょっぴり湿度の高い視線を少年に向けながら、力を込めて握られる手に力をこめるのだった。




